坂部の事情1
恋を三十八度線に喩えるとは坂部も面白い男や。確かにあそこは越えられん一線や。同じように男女も超えてはならない一線だが、それは似て非なる。どちらも周りの賛同が得られなければ親別れ子別れの悲惨な人生が待ち受けている。国と国を分けているように、一方では男女の性、関係を分けている。どちらもその一線を簡単に越える人と苦労して超える人が居るが、どちらも越えた後には人生の試練が待ち受けている。
なるほど、恋ほど曖昧な定義はない。それで幸福になれる人も不幸に苛む人も出来てしまう。
「親や周囲の反対で引き裂かれる恋ほど悲惨なものはない。でもそれを超越した強い絆が出来ると、それは時には死をも恐れない」
「なるほど、それが心中ですか」
「何だ、今更ながら知らんことはないだろう」
「知っていたが、周りの迷惑を考えない我が儘な連中だと思っていた」
すると高村は、お前は本当の恋を知らん奴だと笑った。
「身分制度の厳しい昔は、死んであの世で結ばれると思えばこそ、変わらぬ想いを伝える手段だった」
と言われても生きるのが精一杯の坂部には伝わらない。
「そやろか、そう言い切れる高村は、矢っ張り何不自由なく育ってるさかいや」
高村は真っ直ぐ坂部を見据えて、暫くは様子を見たがそこには怒りはない。ただ素朴で純粋な瞳だけが輝いていた。
「そんなにハッキリ言われたのは坂部、お前が初めてや」
「気分を害したか」
「いや反対に気分がスッキリした。姉にも同じ事を云われたがいつも俺は反発していたのに、お前が云うとそんな気がしないのは、ひょっとして相当苦労してるからやなァ、そんな恵まれない家庭やと学食で一緒になって解った」




