大場の指摘2
大場さんは今まで高村家で起こっている事実のみを伝えてきた。今、初めて大場さんは自分が思った、しかも確証のない意見を述べられた。
「何故、高村は典子さんの意見を聞き入れたのですか」
全ては典子さんの為に善かれと高村は奔走しているのに、それを黙って受け入れるなんて、祖父に云えば何か不都合な事でもあったのだろうか。
「それは先代の根幹を突くものですから」
これにはウッと言葉を詰まらせた。此の人は何処まで知っているのか、川面に眼を投じたまま語る彼の横顔を注視した。確信の言葉を突く前に大場さんはまたおとりに引っ掛かった鮎を手繰り寄せていた。坂部はまだ数匹なのに、あれほど高村家の内情を突きながらも、次々と釣り上げる大場さんの技量には感心した。
「高村家の遺訓に翻弄されているのは祖父の利恒さんでなく典子さんなのですか?」
彼女は表向きは祖父によって、手厚く保護されているように見えて、内情はあの忌まわしい遺訓の犠牲者じゃないのか。
「その澱んだ渦中から彼女を引き出そうとしているのが高村なんですか?」
確信の掴めない坂部は言葉を選んで訊ねた。
「裕介さんは先ほどもお話したように、実に厳格で厳しい博愛精神の持ち主ですが如何せんあの人には実行力が伴わないんです」
そんなことはない。大学の合格発表に向かう満員のバスの中で、高村は躊躇して動けない坂部をほっとかずに、率先して抜け出させてくれた。彼に実行力も決断力も備わっている。
「それはあなたの場合、いっときだけ巡り会った人だったからでしょう」
深く立ち入れば立ち入るほどに、裕介さんは周囲の和を気にするんです。せっかく積み上げた立派な積み木が、喩えそれが論理に反していても、一つの支えを潰す事によって全体が崩壊するのを良しとしない。この場合、典子さん一人が堪えられるように支えるのが、裕介さんに出来る精一杯の努力の限界なんです。またも大場さんは掛かった一匹の鮎を保管の網に入れていた。




