相原がいない教室で
放課後の教室。
相原が部室に道具を忘れて取りに戻った隙に、教室の空気がふっと変わった。
クラスメイトの数人が、なんとも言えない空気をまとって東雲 悠のほうへ視線を向けていた。
「なあ、東雲……」
代表して話しかけてきたのは、割とまっとうな感性を持つことで知られてる風間だった。
「お前さ……なんで相原にあんなの、描かせてんだ?」
「“あんなの”?」
「いや、だって……フルヌードだろ。お前の身体、全部、見られてんだぞ?」
少し怒ったような、呆れたような口調。
けど、それが悪意じゃなくて心配から来るもんだってのは、ちゃんと伝わってた。
東雲は窓際に寄り、開いた窓から吹き込む風を感じながら答えた。
「別に……見られて困る体じゃない」
静かに、それでいてまっすぐな声だった。
「……それに、俺は羞恥心がない。少なくとも、全裸の場合は」
「……なんだよ、その限定条件……」
風間がちょっと引いたように呟くのを無視して、悠は続けた。
「俺が嫌じゃない。それが一番でかい。
あいつが俺を描くのは、あいつなりの……なんていうか、愛だと思うんだ」
「え……愛……?」
「恋愛とかじゃない。もっとこう……『存在』への執着みたいなもんだ。
あいつにとって、俺の裸はただの形じゃなくて、“何か”を写すための入口なんだと思う。
だから、俺はそれを受け取ってる。ただの“友人”として、な」
一拍置いて、悠は振り返り、風間たちを見る。
「まあ、わかんねえのも当然だと思う。
けど俺は……嫌じゃないんだ。だから止める理由もない。
ただ、それだけの話だよ」
その顔は相変わらずクールで、言葉に感情は乗せてないように聞こえる。
けれど、悠のその無表情な顔の奥に、微かににじんだ“信頼”の色だけは、本物だった。
風間はしばらく何も言えず、目をそらして、
「……変なヤツらだな、お前ら」
とだけ吐き捨てた。
「慣れるさ。たぶん」
悠は軽く笑った。
窓の外には夕焼けが染まり始め、教室の空気は、ほんの少しだけ静かに澄んでいた。