教師の試練
放課後、資料を取りに戻っただけだった。
まさか、自分の教え子が、教室のど真ん中で、全裸でポーズをとっているなどと思うはずもなく——。
「……っ!? な、なにをしているんだ、君たち……」
目の前の光景に、教師・三田村は完全に固まった。
放課後の教室。生徒が数人、机と椅子を端に寄せ、イーゼルを立て、スケッチブックを広げ、集中している。
だがその中心にいるのは、東雲 悠。
――制服を脱ぎ捨て、静かに立ち尽くしていた。
足をやや開き、両手は自然に腰に。目線は斜め上。裸のまま、まるで古典彫刻のように静止していた。
「えーと……悠、なぜ君は、今、その、服を着ていないのかな?」
質問として正しいのかも怪しいが、それでも問わずにはいられなかった。
「モデルだよ、先生」
軽く言ったのは、**相原 智尋。**筆を持ったまま、顔すら上げずにさらりと言い切る。
「この光、放課後の柔らかい空気、悠の肌の質感。完璧すぎる……!」
そう言いながら絵を描き続ける智尋の横顔には、真剣な芸術家のそれがあった。
そして当の本人・悠はというと、こちらに向きもせず、ただポージングを維持したまま、ふわりと笑った。
「大丈夫だ。慣れてる」
……なにが?と聞きたい。
だが何より、注意しようにも何をどう言えばいいのかわからない。
"フルヌードで教室に立つ生徒"なんて、教職課程でもマニュアルにも書かれてない。
(冷静に……冷静に考えろ、三田村……。これはその、現代美術の、前衛的な……? いやいやいや、違う、これは……!)
パニックになりながらも、なんとか咳払いをひとつして、言った。
「……次からは、せめて……場所を考えてやってくれ……!」
「了解」
「了解です」
全く同じ口調で返される教師の権威のなさ。
それでもなぜか、彼らの間には“本当に悪気がない”という空気があり、強く咎めることができなかった。
(どうしよう……明日の職員会議で、なんて報告すればいいんだこれ……)
そう思いながら、三田村はそっと教室のドアを閉めた。
もう二度と放課後の教室には近づくまいと、心に誓いながら——。