静止する、君にしか描けない一瞬
「――そのまま止まれ!!」
昼休みの屋上。ペットボトルのキャップをひねった瞬間、突然背後から叫び声が飛んだ。
主人公は振り向かず、ペットボトルを持ったまま数秒静止する。
「……またか」
低くつぶやき、ため息をひとつ。
それでも身体は微動だにしない。まるで彫像のように。
絵を描くことだけが生きる意味――そう豪語して憚らない友人が、両手いっぱいの画材とスケッチブックを持って走ってくる。
「頼む、今の影の入り方と目線の角度、完璧すぎて……!マジで一生のお願い!!」
「三分だ」
「愛してる!!!」
屋上の片隅、風が鳴る中、スケッチブックの紙がめくれる音が響く。
鉛筆が狂ったように走り、絵狂いの友人の眼がギラつく。
だが、主人公の表情は一切揺れない。
怒りも呆れも、面倒くささすら見せず、ただ無言でポーズを保ち続ける。
――ああ、またか。
そう思いながら、彼は空を見上げる。
屋上の金網越しの青が、ちょうど目の中に映る角度だった。
「……肩の力、抜け。硬い」
一言だけ、低く。
相原は「はっ……!」と息をのんでスケッチを修正する。
三分後、タイマーの音が鳴るより早く主人公は体をゆるめた。
スケッチブックを持って感涙している相原を横目に、何も言わず屋上の出口に向かう。
「なあ……なんでお前、そんな簡単に描かせてくれるの?」
後ろから問いかけられて、彼は一度だけ足を止める。
「……お前が描きたいなら、それでいい」
「理由、それだけ?」
「それ以外、必要か?」
いつも通り、静かな帰り道。
だけどその背中には、相原にしか描けない、何万枚もの瞬間が詰まっている。