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流されヒロイン?


 キラキライケメンも、身分高い系も、攻略対象っていうだけでもう、なのに。

 王弟殿下って、あたしの記憶が確かなら、隠しキャラとかそういうのじゃ、なかったっけ?

 でも、どんなキャラか知らないのよ。

 今でさえ誰も手に負えてないのに、更に手に負えなかったら、どうすればいいの!?

 ああ、いったいどんなキャラ?ツンデレ?ヤンデレ?それともまさか……、


「人外とか?」

「あら、よくご存じですわね。あそこは時々、人外魔境と呼ばれております。」


 マジで!?

「あの、やっぱり、ちょっと、お考え直しいただけないかな、なんて?」

「往生際の悪いあなたに、裏事情を教えて差し上げましょう。

 本来あなたは、聖女として教会に祭り上げられるはずだったのです。

 ですが、今以上に教会の力が強まるのを王家は危惧し、あなたを王家預かりにして、王立学園に通わせるよう手を打ちました。

 そんなあなたを王子がポイ捨てした。王家は教会に対し、この失点を挽回しなければならないのです。

 それに最も適したのが王弟殿下であった、そういうことになります。」

 

 あたし、こんな裏設定知らないし!?

 でも、でも。

「婚約なら、結婚式は当分先だし、今すぐ何かしなくても、ゆっくりでいいはずですよね?」

「王妃殿下より、今すぐ婚約者に会いに行くように、とのご命令です。」

 

 でも、でも!

「さすがに今すぐは、王弟殿下にとって、ご迷惑じゃないかと?

 しかも、相手はこんなあたしだし。庶民で能力もいまいちで、第三王子殿下にはふられちゃってるし、それから、それから……」


 侯爵令嬢がすっとドアを指さした。

「つべこべ言わずに、行きなさい。」


 最終通告にあたしは天を仰ぐ。

 ……こういうの、流されヒロインって言うんじゃなかったっけ?




 あれよあれよという間に侯爵家の馬車に乗せられ、王宮に着けば別の馬車に乗り換えて。

 たどり着いたところは王宮の奥の奥の館の一つの、どこ!?


 出迎えてくださった執事さんが、あたしに一礼する、どうぞこちらにと。

 ホールから階段を上がり、案内されたのは二階の一室。

 

 この場合、人外の定番としては吸血鬼。あたしは吸血鬼の食糧として、いずれ。「光魔法はあらわれない~王宮の闇に消えた聖女~新米侍女は隠された聖女の謎に挑む」みたいな。

 

 執事さんがドアを開ける。そこには。

 明るい日差しの差し込む部屋に、散乱する本、埋め尽くす紙の束。

 大きな机にもやはり本やら何やらが積み重なり、そのすき間でペンを走らせている誰か。

 目の前に落ちていた紙には、血痕とか、殺人とか、凶器とか、毒薬とか、探偵とかそんな言葉が散らばる。

 確かに、人外魔境という表現もできるかも。作家先生の修羅場、みたいな?

 

 執事さんが声をかけるとその人が、よれっとした格好の誰かが顔を上げた。あたしと同い年くらいの人。

「ああ、悪い。話は聞いている。好きに過ごしていて。」


 それだけ言うと、作家先生はまた原稿用紙に向かわれてしまった。

 それを執事さんがフォローする。

「主は今このような状態でございますが。

 エリカ様がここで快適にお過ごしになれるよう、いいつかっております。」


 つまり。

「殿下はヒミツの小説家!?~ヒミツを知っているのはあたしだけ~」ひょんなことから殿下の婚約者になったあたしは、偶然殿下が推理小説家なのを知ってしまう。殿下はちょうどいいと、あたしをネタ探しに付き合わせ……、だんだん距離が近くなり、いい雰囲気になるあたしたち。かと思いきや、実は殿下にとってあたしは邪魔な存在だった。期限は結婚式までの一年間。あたしを亡き者にせんと完全犯罪を仕掛けてくる殿下と、誰も味方がいないなかその罠をかいくぐり、なんとか生き延びようとするあたし。そんなあたしたちの攻防と婚約者ライフ。 

 ……妄想してみたものの、生き延びられる気がしないね。

 

 執事さんと階段を下りれば、一階の日当たりが良くて庭の見える部屋に案内された。

 そうだ、ちゃんとお礼を言わなくては。

「ありがとうございます。では少しばかりこちらで過ごさせていただきましたら、夕方には学園の宿舎に戻りますので。」


 執事さんが不思議そうにあたしを見る。

「失礼ですが、宿舎にはお戻りにならないと、伺っております。

 エリカ様のお荷物も、夕方にはこちらに届く手はずになっておりまして。」


 それはつまり。いやまさか。

「……同居?」

 執事さんが肯くように答えてくれた。

「エリカ様のおっしゃる通りでございます。」


 えっと、えっと。

「あの、婚約者が同居ってアリですか?

 殿下にとって、こう不利な状況になるような気がするんですけど?

 それに、学園に通うのはここからは遠い気がしますし?

 やっぱり、宿舎に戻った方がいいんじゃ?」


 何とか執事さんに話しかけている私のところに、侍女さんがやってきた。うやうやしく銀のトレーにのせた手紙とともに。

「侯爵令嬢アレクシア様からのお手紙でございます。」


 ……何てタイミング。開けるのが怖い。

 しかし、執事さんにも、侍女さんにもじーっと見守られているので。

 その視線に耐え切れず開封すると。


 “言い忘れていたことがありますので、手紙で捕捉させていただきますわ。

 あなたは、婚約者である王弟殿下と同居することとなりました。

 表向きは王宮内で妃教育となりますが、王家が認めているので何の問題もありません。

 ちなみに、婚約解消も、婚約破棄もあり得ません。一年後の結婚式という一択です。


 それにともない、学園は繰り上げ卒業となります。

 以後はそちらで、講師について学ぶように。

 無茶なカリキュラムにはしませんから、そこは安心なさい。


 王妃殿下から、わたくしがサポートにつくよう要請されております。

 何かありましたら、連絡していただいてかまいませんわ。こちらからも定期的に伺います。

 ここまで、理解なさったかしら?

 

 では裏事情をお話ししましょう。

 教会側からの接触者を徹底的に排除するための王宮内の滞在、つまり殿下との同居です。

 状況が落ち着くまで、殿下の宮から出ることはなりません。

 

 せっかくですので、静養なさい。

 髪も肌も、たぶん胃もボロボロでしてよ。

 宮の使用人には、あなたのことについて説明してあります。

 王族に仕える侍女や使用人たちのスペシャルな接待を、心ゆくまで受けられるとよろしいわ。」

  

 指から手紙が滑り落ちた。

 マジで同居、親どころか国の公認で!?

 そして、言い忘れていたのではなく確信犯でしょ!!


 さらにはアレクシアさん、どうしてそこまで知ってるの?

 確かに髪はパサパサ、肌は荒れ荒れ、目の下にはクマがありありと。

 それに、最近何食べても美味しくないし、量も食べられないし、食べたいものもないし。そういえば、昨日からほとんど食べてないのに、おなかすかないし。

 そうだ、アレクシアさんのところでいただいた紅茶だけは、美味しかった。


 落ちた手紙はいつの間にか拾われ、ローテーブルに。 

 あたしはソファに座るよううながされる。そこからは庭がよく見えた。それは夏の盛りを過ぎた庭。

 あれから半年たった。殿下に告白された時は春だった。いつの間にか季節は変わっていた。

 庭は赤紫色の花でおおわれている。


「あの花はヒースでございます。」

 じっと見ていたせいか、執事さんが教えてくれる。 


 静かにドアが開いて、侍女さんが何か持ってきた。トレイにはポットとカップ。

「ハーブティーでございます。」

 いい香り。それに誘われるように飲んでみれば、美味しいと感じた。肩の力も抜けてほっとする。

 

 執事さんは滞在する部屋の確認をしてくると出ていき。侍女さんはひざ掛けをお持ちしますと出ていき。

 明るい日差しのこの部屋はなんだか心地よく。

 このハーブティーにはきっと、胃に効くハーブとか、リラックスするハーブとか、それから、それから、なんてぼんやりと考えていたら……。



 気付けば、見知らぬ部屋のベッドの中だった。たぶん朝。

 慌てて飛び起きれば、侍女さんの一人にやんわりと声をかけられた。

「これから殿下にご挨拶いたします。その前に、身支度を整えましょう。時間はありますので急がれなくても大丈夫です。」

 お風呂に入ったり、ドレスに着替えたり、軽くメイクされたり、髪を結い上げられたり。

 そして侍女さんたちのOKが出て階下に降りていくと、王弟殿下はお出かけ直前だった。昨日のよれっとした服じゃなく、パリッとした王子様らしい恰好で。

 

「急なことだったから、予定の調整ができなかった。今日から1か月の視察に行かなくてはならない。」

「……確かに、急なことで。」

 としか言いようのないあたしの顔を殿下がじっと見る。端正な顔立ちにさらりとかかるアッシュブロンド、ヘイゼルの瞳がじーっとあたしを見ている。

 後ずさりたい。全力で後ずさりたい、廊下の端の端まで。


「事情は聞いていたけれど、ずいぶん体調が悪そうだ。とにかく休んで。何もしなくていいから。」

「あの、何もしなくていいというわけには、いかないんじゃないかと?」

 何しろ王弟殿下の婚約者だし!?

 けれど殿下は。

「エリカ。」

「はい。」

「いいから休む。」

「……。」

「帰ったら、そうだね、婚約者らしい会話でもしてみようか。」

「はい、頑張りますので!」

「いや、頑張らなくていい。プレッシャーをかけたいわけじゃないから。

 頑張らなくてもできるような、お互い好きなものの話でもしてみよう。」


 そして、慌ただしく視察に向かわれてしまった。

 王弟殿下は噂どおりのイケメンで。

 でも、一言でもあたしと話そうとしてくれて。婚約者として忘れられてないことは、あたしにも分かった。



 それからの毎日は、侍女の皆さん、使用人の皆さんから、至れり尽くせりの応対を受けて。

 胃に優しい食事、肌の手入れ、全身マッサージ、リラックスするハーブの香りに、心地よく過ごせるよう整えられた部屋。天気が良ければ庭の散歩をすすめられ、夜になればよく眠れるようにとサポートが入る。

 ……これ、慣れたらダメなヤツじゃない?

 ほら婚約解消とか、婚約破棄とかあるかもしれないじゃない、いやその選択肢はないらしいけど。


 そして1か月後には、もとのあたしどころか、もと以上のあたしになった。

 肌はもちもちのすべすべ、髪はしっとりつやつや、胃どころか全身の調子がよく。

 やっぱり慣れたらダメなヤツじゃない!?と思いつつも、侍女や使用人の皆さまには感謝の気持ちでいっぱい。

 これだけ体の調子がよくキレイになったら、もとの調子が悪い状態には戻りたくない。今のあたしの方がいい。


 視察から帰ってきた殿下は、開口一番こう言った。

「ゴーストのようだったのが、マシになった。」

「……幽霊!?」

「自分で気づかなかった?」

「いや、あの、これくらい、まだ大丈夫かなあと、思って?」

「やりすぎ。」


 そして、あたしたちは今、庭の見える部屋のソファで、向かい合って座っている。

 ちなみにあたしは緊張している。とても、とても、緊張している。


 そんなあたしの緊張などものともせず、殿下が話し出した。

「1か月も放っておくことになったから、気になってはいたんだ。

 手紙やプレゼントを贈るこどもできたけど、エリカのプレッシャーになりそうだったから、やめておいた。」

 それは確かに。

 手紙をいただいたら、どう返信しようかと一晩どころか何晩も悩んだに違いないし。プレゼントなどもらったら、どうしたらいいか、ずっとおろおろしていたと思う。


 ローテーブルにお茶が用意される。美味しそうなパウンドケーキも。


 殿下が続ける。

「私はいずれ政略結婚のつもりだったから、相手が誰でも別にいい。」


 執事さんの動きが一瞬止まり、侍女さんの持っていたカップとソーサーがかちゃりと音を立てた。


 でも、その言葉を聞いて、あたしはむしろほっとした。そうか、だからあたしでもいいのかと。

 良かった。何か期待されていたらどうしようかと思った。あたしはきっと、期待には応えられない。


 けれど殿下は。

「悪い、こういう言い方は良くなかった。

 エリカが、私とそれなりに楽しく暮らしていきたいというなら、私もそれに応じるだけの覚悟はある、そう言いたかったんだ。」

  

 殿下は本気で政略結婚するつもりがあるのだなと、そう思った。

 その相手が、ダメで、できないことがいっぱいあって、どうしようもないあたしでも。

 ほっとした。

 そして、ほっとしただけじゃない何か別な気持ちも、生まれた気がした。


 執事さんと侍女さんが部屋の隅に控えている。

 あたしはまったく慣れないけど、さすが殿下は気にすることなく話し続ける。


「さて、婚約者らしい会話でもしてみようか。

 何か、好きなものについて話してみて。」


 ……推理小説が好きです。

 なんて、推理小説を書いている作家先生に、そう得意げに話すのはどうなの、かえって失礼になるんじゃない!?


「殿下にお話しするほどのものはないかな、と?」

「殿下じゃなくて、アルバート 、アルでもいい。」  

「それはまだ、ちょっと失礼なんじゃないかな、と?」

「いいから呼んで。」

「……アル。」

「OK 。」


「で、何が好き?」

「……推理小説です。」

「へえ、推理小説好きなの?」

「好きですけど。」

「私が書いているのを見て、合わせているわけじゃなくて?」

「それは全然、関係ないです。」

「なら、何でも良いから話してみて。次回作の参考にするから。」

「ええっ!?何でもいいって言われても、参考とか言われても、困るっていうか?」

「いいから話す。」


 殿下が優雅に紅茶のカップを持ち上げる。

「ゆっくりでいいから、何か話してみて。」


 あたしは緊張している。とてもとても緊張している。それなのに、何か話せって!?


 もともと、あたしは推理小説も読んでいた。ファンタジーのほうが好きだったけど。

 あたしは転生者。別に転生を願っていたわけじゃない。この世界に転生したかったわけでもない。でも、気づいたら転生していた。

 それは、どうにもならないこと。あらがおうにも、どうすることもできないこと。

 だから、どうにもならないことに無理にあらがおうとするよりも、しょうがないなって、楽しいことを見つけてみることにした。あたしにとって、それはこの世界の推理小説だった。


 そう。この世界の推理小説って、なかなか楽しいのよね。

 殺害方法に魔法が入るのだもの。だから。


「その、トリックに魔法が入るのが、おもしろくて。

 最初は、物理トリックに見せかけて、実は魔法トリックだった。だから魔法使いが犯人だ。何て感じのが多かったですけど。

 最近は、ちょっとひねってあるじゃないですか。

 魔法を使える人がそれを隠していて、実は犯人だったとか。

 魔法が使える人を犯人にみせかけて、実は犯人は別にいたとか。

 ぜったい、きっと、魔法トリックって、もっと面白くなりそうじゃないですか。

 それに、トリックそのものもそうですけど。」


 あたしは紅茶を一口飲む。美味しい。もう一口飲む。


「例えばですね。

 魔法を使わなければできない殺害方法、けれど容疑者は皆、一般人。

 探偵が捜査を続けていくと、容疑者が一人また一人と、実は魔法使いだとわかっていく。  

 さあ、誰が犯人!?とか。


 あるいは、殺害方法が魔法なのは確かだけど、どうすればこんな複雑な魔法トリックができるのかわからない。

 容疑者は全員が魔法使い。けれど、皆たまたまそこに居合わせただけで何の関係性もないようにみえる。しかし実は裏でつながりが……!?で、容疑者全員が協力することで、不可能にみえる魔法トリックが完成するという、」


 殿下がカップを置いて、一言。

「メモを取るから待って。」

「……はあ。」

 

 すかさず、壁際に控えていた執事さんがペンと紙を用意する。

 殿下がさらさらとペンを滑らせる。

 その間、あたしはカップを手に紅茶を味わう。


 書き終えた殿下がペンを置いて、一言。

「エリカ、すごいね。」

「……はい?」

 王弟殿下が、真顔でおっしゃるには。

「なぜ第三王子が君を手放したのか、まったくわからないよ。

 エリカといると本当に新鮮だ。私は一生手放せる気がしなくなった。」


 …………。

 とりあえず、カップが手から落ちていった。幸い割れなかったけど。

 



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