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ヒロインざまぁ?


 夕暮れの迫る庭園で、彼が、つい先ほどまで恋人だった人があたしに告げる。

 表情は良く見えない。ただ苦さをかみしめたような声があたしに告げる。

「もう、お前は愛せない。」

 そして彼は背中を向け去っていく。


 あたしはくずおれるように膝をつき、両手で顔をおおう。

 涙は出なかった。悲しいという気持ちも、出てこなかった。

 ただ、ほっとした。

 お付き合いしたのは半年間。結局、王子様の恋人なんて、あたしには無理だった。


 何で、こうなっちゃったのかな。

 そりゃ、あたしはこのゲームの、前世のことで唯一よく覚えているこの乙女ゲームのヒロインらしいけど。

 あたしはただ、ヒロインっぽい生活を楽しめればそれで良かったのに。

 

 何で、こうなっちゃったのかな。

 こういうのって、ヒロインざまぁとか言うんじゃなかったっけ?

 でもさ、このゲーム、ライバル令嬢はもちろん、悪役令嬢もいないのに。

 さくっと楽しめるがウリの、難易度もそこそこのゲームだったと記憶してるんだけど。


 で。

 この場合。

 ヒロインってどうなるの?


 ……。

 ヒロインのあたしってば、用済みじゃない。

 まさか、消されるなんてことはないよね?

 とはいえ、相手は王子様。目障りな相手なんか指先ひとつで指示を出して……、なんてことが朝飯前にできちゃう人よ。

 病気に見せかけて、毒殺。事故に見せかけて、撲殺。自殺に見せかけて、絞殺。

 手段なんてより取り見取り。

 いえ、待って。

 そんなわざわざ見せかけるなんて手段をとらなくても、さくっと暗殺。

 今晩にでも、この世界とさようなら。


 …………………………。それは、さすがにイヤ。


 何で、こうなっちゃったのかな。

 やっぱり、あたしのせいなのかな。


 でもね、あたしは別に、誰か攻略しようなんて初めから思ってないし。

 前世でその他大勢に埋没しまくっていたあたしが、キラキライケメンに囲まれて、逆ハーレムやっちゃいま~すなんて、そんなスキル持ち合わせてるわけないでしょ。

 一言、声をかけられるだけで、びくびくおどおど。

 二言、声をかけられれば、とりあえず硬直。

 それでもかなり慣れて、挨拶と、勉強の話題と、天気の話と、ちょっとした世間話くらいなら、できるようになれたのよ。

 あたし、よく頑張った!

 これができるようになるのに1年かかった!

 そしてようやく、会話するのが楽しくなってきて、キラキライケメンに囲まれて、ちょっとした会話がある毎日って、なんてステキなの~と思っていた矢先に。


 王子様から、お付き合いしたいとの申し出があった。

 婚約者がいなければ、学園にいる間の恋愛は自由。そんな雰囲気があるのはわかってた。

 だから、だから、ちょっとだけならいいかな~、と思っちゃったのよ。

 あたしといると新鮮、そんなふうに言われて、あたしにも価値があるように思っちゃったのよ。

 こんなあたしでもいいのかと、思っちゃったのよ。……思い上がりだったけど。

 これだから恋愛経験値がマイナスなあたしって、ダメなのよね。


 最初のうちは、それでもまだ良かった。

 一緒に過ごす時間が少し増えて、教室で会話するだけでなく、学園の庭園をいっしょに散歩したり、学園内のカフェでお茶をしたり、それだけで嬉しかった。

 ハニーブロンドにライトブルーの瞳、そんな完璧な王子様が、完璧な笑顔じゃなく、あたしに向かって小さく笑ってくれることが、嬉しかった。

 

 それが、少しずつ殿下からの要望が増えていった。

 あれができるようになった方がいい、これができるようになった方がいいと。

 初めのうちは小さなことだった。

 あたしができるようになればいいかなと思った。ちょっと練習すれば、できるようにもなったし。 


 そのうち、もっと要望が増えた。

 あれができなくてはならない、これもできなくてはならないと。   

 それも、頑張ればできるようになった。

 殿下が褒めてくれたから、嬉しかった。できるようになったことも、嬉しかった。

 庶民のあたしが殿下とお付き合いできるのは、きっとしばらくの間。

 しばらくとはいえ殿下とお付き合いしているのだから、これくらはこなせないと、とも思った。


 要望はそれでは終わらなかった。

 攻略対象で側近の皆さまが、それはやりすぎだと殿下に伝えた。

 あたしも、これは無理だと思った。

 侯爵令嬢並みの完璧なマナー、社交術、ダンス、楽器の演奏、乗馬、3か国語の読み書きと会話、それからもっと。

 2年とか3年とかかければ、できるようになるかもしれないけれど。

 これを全部、3か月とか半年で習得なんて。

 殿下は言った。やればできるし、やらなければならないと。

 やってみようとはしてみた。でも、やればやるほど、すぐにはできないことがわかるばかりだった。

 殿下の要望はまだ増える。

 ちょっと、苦しいと思った。

 苦しいと気づいたら、そう思うのが止められなくなった。




 殿下にあっけなくふられた翌日、殿下の婚約者の最有力候補と言われていた侯爵家のお嬢様に、お茶会に招かれた。

 実はそういうお嬢様がいること、あたし知らなったのよね。

 こういうところ、あたしってホントにダメだわ。

 攻略対象である王子様や側近の皆様と会話するだけで精一杯で、周りが見えてなかったというか。女の子と関わる余裕がなかったというか。


 その侯爵令嬢があたしに何のご用だと思う?やっぱり苦情かな?

 受けるけど。でも、これ以上傷口に塩をすりこまないでほしいけど。


 それとも。

 やっぱり。

 殿下にふられたあたしってば、用済みじゃない。消されるわね。

 病気に見せかけて、毒殺。事故に見せかけて、撲殺。自殺に見せかけて、絞殺。

 いいえ、これだと準備に時間がかかってしまう。

 お茶会の紅茶に毒。庶民の私がサーブされた紅茶を飲まないわけにはいかないもの。これで決まりね。手っ取り早い。

 王族や貴族の力が強いこの世界、侯爵家なら当たり前のごとく、後の処理もきっと簡単。

「乙女ゲームヒロイン失踪事件~そして死体は見つからなかった~」のできあがりよ。

 

 

「そう、おびえないでくださる?それほど怖い話ではございませんわ。」

 ……そう言われても。

 目の前には紅茶のカップ、高級品に囲まれた侯爵家のたぶん応接室で。

 もとからの性格、初対面の人と話すのは、緊張してしょうがないのよ。しかも侯爵令嬢がお相手。


「とにかく、今一度自己紹介しておきます。イデン侯爵家のアレクシアですわ、エリカさん。

 さっそくですが、本題に入ります。」

 ……ワンクッション置いてほしいんですけど。


「あなたの評判は、庶民が生意気にも第三王子殿下の恋人になって、というものですが。

 同時に、眉を顰める方もいます。王族が庶民に手を出しておいてポイ捨てするなど無責任だと。

 もちろん、王族や貴族が庶民をどう扱おうと、おもちゃのように扱おうと当然だという意見もあります。

 ですが、王妃殿下はそれを容認されませんでした。


 学園での自由恋愛はある程度許容されていますが、殿下には立場というものがおありです。

 立場がある以上、それなりの行動をなさらなければならなかった。

 合意の上お付き合いし、合意の上別れたというように。

 しかし今のままでは、殿下が一方的に付き合いを強制し、一方的に終わらせたようにしか見えません。」


 ええと、それは違うんじゃ。

「あたしもお付き合いに同意しましたし、強制ってことにはならないんじゃ?」


「半年前、殿下がムードもへったくれもなく、教室であなたにお付き合いするよう述べらたことは、その場にいた学園生、皆が知っております。」


 ……確かにそうだったけど。


「ついでに言うならば、その時あなたは魂が抜けたような状態になり、答えることができないほど混乱していたことも、その場にいた皆が知っています。」


 ……確かにそうだったけど。


「もっと言うならば、あなたがこの学園に来た当初、殿下をはじめ側近の方々に話しかけられるたび、死にそうな表情になっていたことも、皆知っています。」


 ……確かにそうだったけど!


「更に言うならば、これまた学園の庭園の入口、誰もが通りかかる場所で、配慮もへったくれもなく殿下があなたに別れを告げた時、泣き崩れたあなたに対するフォローが何もなかったことも、その場にいた学園生は皆知っています。」


 泣いてない泣いてない。でも、なぜそこまで状況描写が詳しいの!?


「加えてあなたは、光魔法という珍しい魔法属性をお持ちです。

 それはこの国の建国時に現れたという聖女の属性。それをないがしろにしたと見なすこともできます。」


 ええと、そこは違うんじゃ。

「あたしの出来が悪かっただけで、ないがしろとか、そんなことまではないと思うんですけど?」

 

 侯爵令嬢がじろりと、あたしを見た。

 いえ、反対意見を述べたいわけでは、ないです。


「あなたがどうであれ、王妃殿下の意向により、殿下の行動は王族としてちょっとね、という判断がなされることになりました。

 それにより、王妃殿下の命を受けて、わたくしがあなたとお話しています。

 あなたの性格から考えて、わたくしと会話する方がまだマシだろうという、王妃殿下のご配慮です。

 まず、殿下は急遽、隣国の視察に向かわれることになりました。

 王妃殿下は、殿下に問題ありとお考えになり、婚約者の候補について見直しを始められています。」


 た、立て板に水。

 ええと、ええと。

「待ってください、あなたが婚約者になるものだとばかり?」

「わたくしは外されています。まあ、さすがにあれはちょっとイャ、いえなんでもありませんわ。

 そもそもエリカさん、あなたは気づいていましたか。

 殿下があなたに、まるで妃教育のようなことをさせていたと。」


 あれが!?

「妃教育は、ちょっと違うんじゃ?」

「違いません。それを理解なさったところで、もう一つ。

 なぜ殿下が、早急にあなたに妃教育をさせようとなさっていたか。」


 ええと、ええと。

「考えもしなかったというか、殿下からもお話はなかったし。」

「やはり、そうでしたか。問題はそこにもあります。

 あれは殿下の権限が使える範囲内のことではありましたが、独断というところが問題です。

 実は、殿下は数か月後、隣国に留学することが決まっていました。

 これはもともと殿下が望まれていた留学です。期間は数年。

 殿下は留学先に、あなたを婚約者として同行されたかったのだと、思われます。」


 婚約者!?

「それはちょっと、違うんじゃ。あたしは一言も聞いてないし?」

「やはり、そうでしたか。だから問題なのです。

 殿下は決して愚かな方ではないと、わたくしは思っています。

 王族として求められるものを真摯に学ぼうとされ、それを身に付けてこられました。

 ただ、完璧さを求められるというか、すべて自分で完璧にしてしまいたいというか、人を頼らず自分でしてしまうというか、独断でというか、そして部下にも完璧さを求めてしまう、そういうところがおありでした。 

 王妃殿下はそれを憂慮されて、今まで婚約者を決められなかったのです。」


 なんとなく、分かるような……。


「だから、王妃殿下は光魔法の使い手として現れたあなたを、殿下のそばに置かれました。

 庶民のあなたが貴族ばかりの学園で過ごせるよう手助けをすることで、殿下に何らかの変化が起こらないかと期待されたのです。」


 ええと、結局。

「何かこう、やっぱり、あたしがダメというか、悪いんじゃ?」

 侯爵令嬢が大きくため息とついた。

「強いて言うなら、どっちもどっちですわ。

 無茶な妃教育をさせようとした殿下も、無茶な要望に応えようとしたあなたも。」


 アレクシアさんが侍女に合図する。カップに紅茶がそそがれる。

 アレクシアさんがあたしに紅茶をすすめる。覚悟を決めて、一口飲んだ。

 あ、これ、あたしの好きなお茶だ。


「そこで残った問題はあなたです。

 光魔法の使い手でありながら、殿下にもてあそばれた可哀そうな庶民。」


 紅茶にむせそうになったので、頑張って耐えた。

「別に、もてあそばれたわけでは、ないんじゃないかと?」

「あなたが、通常の授業のあと、マナーに社交術、ダンスや楽器、乗馬に語学などの習得にかなりの時間を費やし、疲労でふらふらしながら寮に戻るところを、何十人もの学園生そして学園の講師が見かけています。」


 ……あたしのプライバシーってどこ!?


 侯爵令嬢が完璧な所作で紅茶を飲み、そして続けた。

「なので、こちらから、あなたに婚約者を用意することになりました。」


 お茶にむせた。

 侯爵令嬢がじろりと私を見る。

 ええと、ええと、ええと!

「あたし、婚約とか、恋愛とか、そういうのはちょっと、今すぐはやめたいなあ、なんて?」

「あなたの意見は関係ありません。これは決定事項です。

 決まったことを、あなたに伝えているにすぎません。」


 ………………。

「わ、わかりました。婚約が必要なら、それはわかりました。

 できれば、相手は、選ばせて欲しいのですけど?」

「あなたの意見はまったく求められていません。

 婚約相手はすでに決定しています。」


 思わずカップを落としそうになった。

 侯爵令嬢が不思議そうにあたしを見る。


「あなたはまさか、ご存知ないということですか。

 この婚約を決められたのは王妃殿下です。

 王妃殿下は、今まで何十組もの縁組を行われており、令嬢や侍女、女官たちの間で、縁結びの女神と言われています。

 良縁といっていい結婚相手だと思いますが。」


 ……わかった。もうしょうがないね。縁結びの女神様にかけようっていうか。

 キラキライケメンでなければいいっていうか。

 商人の息子とか、男爵家の三男とか、できれば、あたしでもいいって言ってくれるかもしれない誰かとか、そんな感じで。


 侯爵令嬢が厳かに告げた。

「あなたの婚約者は、王弟殿下です。」


 …………………………………………………よりによって、なぜまたイケメンと評判の“殿下”なの!?

 



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