第7話 推理開始
「げ、現場検証!?」
さすがのフェルダー卿も、声を裏返しながら動揺していた。
まさか、箱入り娘で令嬢のエレステからそんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。
「はい、そうです。事件や事故には必ず原因と理由があるんです。その真実に向き合ったときにこそ解決すると思いませんか?」
私は一歩前に踏み出し、フェルダー卿を真っ直ぐ見据えた。
「んぐぅ…」
フェルダー卿は困惑しつつも、私の言葉に対して何とか平静を保とうとしているようだった。
しかし、彼の額の汗は頬を伝いポタポタと石畳に滴っている。
「そ、そうですな。確かに、真実を追求することは重要ですとも…」
彼は自分を落ち着かせるかのように、軽く咳払いをしながら言葉を紡ぐ。
その口調からは明らかな焦りが感じられた。
「それじゃあ、まずは何が起こったのか、詳細を教えてもらえるかしら?」
私はメイヤー君に向かって優しく声をかけた。彼は一瞬驚いた表情を見せたが、覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
「…はい、姉上。
実は…食器が搬入される際に、急に積み荷が崩れてしまったんです…。
皆で何とか積み荷を守ろうとしたのですが、どうにもならず、結果的にこのような惨事となってしまいました…。
僕の力不足のせいです、申し訳ありませんでした。」
「ほら、メイヤー様も謝ってらっしゃるじゃないですか。」
フェルダー卿がその場を取り繕おうと、やや強引に話を切り上げようとする。
しかし、その視線はどこか落ち着かない。
「…でも、何かおかしい。」
王国が貴重品と考える品々を、そんな簡単に崩れるように積むわけないよね。
「ねえ、メイヤー、積み荷はどういう風に倒れたの?」
「えっ…えっと……」
メイヤー君は握りしめていた指示書を確認した。
「指示書にあるように、始めに右側の積み荷から下ろしました。
その時は大丈夫だったのですが…左側の積み荷を降ろそうと、使用人が荷台に登ろうと足を掛けたら、荷馬車が傾き急に積み荷が崩れてきて…」
メイヤー君の声が曇る。きっと事故の瞬間を思い出してしまったのだろう。
でも、片方の積み荷を降ろそうしただけで、王国の荷馬車が傾くだろうか?
私は考え込むように視線を下ろし、荷馬車に近づきながらゆっくり一周する。
「あれ?」
僅かに傾いた左側の車輪に目が止まる。
私は膝をつき、その車輪をじっくり観察した。
左側の車輪のナットに不自然な亀裂が入っていることに気付く。
手で軽く触れると、車輪がゆるゆると動く。
続いて、私は立ち上がり荷台に残された積み荷を一つ一つ確認すると、重さや大きさが不均等であることに気付く。
指示書通り右側から積み荷を降ろすことで、一気に左側の車輪に過剰な負荷がかかり、ナットの亀裂も相まって荷馬車が不安定になり、バランス悪く積まれた積み荷が崩れてきたのだと理解した。
周囲では、使用人たちが心配そうにこちらを見守っていた。
私が荷馬車から降りると、荷馬車のきしむ音が響く。
荷馬車の揺れが止まったのを待ち、私は深呼吸をした。
「ふう…」
そして、一番気になっている事から聞くことにした。
「フェルダー卿にお聞きします…。
何故…今日この日を搬入に選んだのですか?」
目線をフェルダー卿に向けた。
彼の表情には一瞬の動揺が走る。
だがすぐに、その顔は普段の自信を装った冷静なものへと戻る。
「いやいや、もちろん偶然ですとも。たまたま今日が最も都合の良い日だっただけです。」
「そうですか。
夜会までにはまだ日程が十分にありますよね…今日、父が王国の議会に出席していることはご存知ではありませんでしたか?」
私はフェルダー卿をじっと見つめ続ける。
「おお!それはそれは、全く気付きませんでしたなあ!」
フェルダー卿は軽やかに笑って見せる。
しかしその表情は少し不自然に歪んでいる。
「ウソですよね…」
私の言葉が静かに響いた。