第5話 第2王子 ブライト・エルゼン
「と、到着…してしまった…」
私が小さくつぶやくと、ルプが少し興奮した様子で近づいてきた。
「ブライト王子がお見えです、お嬢様!」
ただの政略的に決められた婚約者……
全く実感が湧かない。
馬車が静かに止まり、扉が開く。
降り立ったのは、エルゼン王国の第2王子、ブライト・エルゼン。
金色の髪が太陽に照らされて、キラキラと輝いている。
迎えに出た女性の使用人達の、うっとりとした声が聞こえる。
でも、窓から見てる私には、ブライト王子のその表情がどこか無機質に見えた。
窓からの視線に気付いたブライト王子がこちらに顔を向けた。
私は慌ててカーテンに身を隠した。
もうすぐ来てしまう!
必死に「キル恋」のシナリオを思い出すが、
エレステとブライト王子の細かい関係性までは描かれてなかった気がする。
でも、もう時間がない。
「ルプ、私と王子は仲は良かったの?」
咄嗟に思い付いた質問だった。
「仲…ですか。笑顔で会話はされていました。
ですが、どんな話をされていたかまでは…」
ルプは困ったように答える。
コンコンーー
部屋の扉が叩かれた。
「あっ、はい!」
また条件反射で返事をしてしまった!
本当に何をやってるんだ私は!!!
自分を責めていると…
ルプは急いで部屋の隅に移動し頭を下げた。
「エレステ・アレキサンダード、お目にかかるよ。」
落ち着いた青年の声が、部屋の中に柔らかく響いた。
扉が開き、ブライト・エルゼン第2王子が優雅に歩いてくる。
金色の髪が光を浴びてきらめき、端整な顔立ちと青い瞳は、まるで絵本の中から飛び出してきたような完璧な王子様の姿だ。
「倒れたと聞いて心配して来てみたが、元気そうだね。」
優しい柔らかい口調で話し掛けてくる。
この人がブライト王子……
キル恋で、圧倒的なビジュアルで大人気のブライト第2王子ルートは、ヒロインと王子が共に人狼にキルされるか、どちらかしか生き残れないバッドエンドが殆どだ。
ハッピーエンドに至るには最難関の攻略対象だったはず。
しかも、キル恋のシステムは全ての登場人物にランダムでスキルが付与されて、排出率が1%しかないスキルを獲得しないとブライト王子の攻略が難しいと言われていた。
それに付け加え、自分のスキルと攻略対象のスキルの相性が良くないと、人狼にキルされるハードな仕様。
攻略できなくても良いから、
何とかスチルだけでも集めたいと躍起になるファンも多かったなあ…。
そんな思い出に耽っていると…
「エレステ嬢?」
ブライト王子の声が私の意識を現実に引き戻した。
慌てて顔を上げると、王子は優しく微笑みながらこちらを見つめていた。
「…ええ…おかげさまで…はい…元気です。」
私はぎこちなく返事をし、なんとか笑顔を作ろうとする。
「なんだか、いつもと様子が違うね。」
その言葉に緊張し額に汗が滲む。
ブライト王子が私に近寄ろうとすると
部屋の扉が勢い良く開き、エレステの父親、ロベルト・アレキサンダートが入ってきた。
「いやあ、ブライト王子よく来てくださった!」
ロベルトさん!!!ナイスタイミング!!!
私はホッと胸を撫で下ろす。
いきなりの出来事だったが、ブライト王子はその微笑みを少しも崩さずロベルトさんに歩み寄り頭を下げる。
「ロベルト様、ご無沙汰しており申し訳ありません。」
「いやいや、王子も来月から『セント・ヴェイレア学園』の入学も控えているんだ。それは忙しいだろうとも。」
ロベルトさんが私を見つめる。
「エレステも王子と同じ学舎に入学出来て、とても喜んでいるんだ。」
急に振られた話しに戸惑いながらも、必死に話を合わせようとした。
「は、はい!…そうなんです。」
ブライト王子が私に向かって言う。
「そうか、僕も同じ気持ちだよ。」
ロベルトさんは嬉しそうに続けた。
「学園を卒業すれば、晴れて2人は夫婦となる。その日が寂しいようで待ち遠しくもあるよ!ははは!」
ブライト王子は変わらない微笑みをロベルトさんに送る。
「本日はエレステ嬢を見舞ったのですが、実はロベルト様にもお願いがあり参りました。」
「うむ、なんだね。」
「セント・ヴェイレア学園へ入学祝いの夜会を王国が主催で開催するのですが、
是非アレキサンダード領の薔薇庭園を会場としてお借りしたいのです。」
ロベルトさんの表情が一瞬強張った。
「しかし、なぜ我が領地で…」
変わらない微笑みのままブライト王子が答える。
「この薔薇庭園が美しいのは勿論ですが、王家とアレキサンダード家の深い結び付きはこの婚約だけではないと皆に知らせる良い機会だと…ロベルト様はそう思われませんか。」
ロベルトさんは、一瞬私に視線を向けたあと、一息ついてから答えた。
「わかった。素晴らしい夜会にしてくれたまえ。ブライト王子の力になれて嬉しいよ。詳しくはまた文にでも。」
ロベルトさんは私の頬を一撫ですると、ブライト王子に頭を下げ部屋を去った。
「体調がまた万全でないのに、長居をしてしまい申し訳なかったね。」
ブライト王子が気遣うように私に言った。
「エレステ嬢にセント・ヴェイレアの加護があらんことを。」
そう言うと、彼は歩み寄り私の頬に顔を寄せた。
その瞬間、ブライト王子の視線が鋭くなり、私だけに聞こえるように低い声で囁いた。
「誰だお前は。」
重苦しく刺すように冷たい声が鼓膜に響く。
私の心臓は激しく脈打ち、何も答えられずに凍りついていると、ブライト王子はゆっくりと離れていった。
「突然訪ねてすまなかったね。来月から学園で会えるのを楽しみにしているよ。」
顔を上げると、さっきまでの優しい微笑みを浮かべたブライト王子がそこに立っていた。
「それでは。」
ブライト王子は一礼し、何事もなかったかのように部屋を後にした。
扉が静かに閉じると、私は不安と恐怖感から解放され、その場に膝から崩れ落ちた。
「お嬢様!!!」
ルプが声を上げ駆け寄る。
「介抱するようにご命令下さい!」
ルプはそう言うが、先程の不気味なオーラが脳裏に焼き付いて命令なんて今後一切出来ない。
「大丈夫だよ!少し緊張しすぎただけだから。」
震える足でなんとか立ち上がり、ソファに腰かける。
「ローズティをすぐにお持ちしますね」
ルプは急ぎ足で部屋を出た。
マズイマズイマズイ
ブライト第2王子…ただ者じゃない!
それよりも、来月からセント・ヴェイレア学園へ入学!!!?
しかも、あの王子と毎日顔を会わせなきゃいけないなんて……
一体どうしたらいいの!?