第21話 番外編 メイヤー・アレキサンダード(上)
僕が、アレキサンダード家に引き取られて、丁度2年が経った。
僕には、父親がいない。
僕が生まれてすぐ戦争で亡くなったと母が教えてくれた。
母の兄であるロベルト叔父さんが、父親がわりに色々支援してくれている。
ロベルト叔父さんが、母をアレキサンダード領へ呼び戻そうと何度も声をかけてくれたが、決して母は首を縦に振らなかった。
叔父さんの奥さん、マリアンヌさんが『亜人』を領地に大勢住まわせていて恐ろしいからだと母が言っていた。
そんな母も、身体を患い呆気なく僕を置いて逝ってしまった。
その日のことだ…
母の葬儀は、アレキサンダード領の教会で行われた。
参列者や使用人の中には、獣のような瞳孔をもつ人たちが何人もいた。
だけど、誰もが会ったこともない母の死を悲しみ、涙してくれていた。
「メイヤー、彼らが怖いか?
彼らは亜人だと呼ばれるが、既に人狼の能力を封じられた一般市民なんだ。」
僕を心配して探しに来てくれたロベルト叔父さんが、呆然としている僕を見つけて話し掛けた。
「アレキサンダード領は広大だが、海は遠く、土壌は痩せており、生産には苦労していた。
しかし、亜人たちの移住を受け入れてから、彼らの努力と協力によって領地は急速に発展した。
その結果、王国からの高い評価を受け、エレステに王家との縁談が持ちかけられたのだ。」
「…そうなのですね。」
正直、僕には亜人の話はどうでもよくて、母を失った今これからどう生きていくのかで頭がいっぱいだった。
「メイヤー、私たちの息子にならないか?」
「え?」
ロベルト叔父さんの言葉に咄嗟に反応した。
叔父さんは真剣な表情でこちらを見ている。
「マリアンヌとも話していたのだが、我が家には領地を継がせる子がエレステしかいない。
しかし、あの子は王家に嫁ぐ予定だ。
だから、もし君さえ良ければ、養子として迎え入れたいのだ。」
その言葉は願ってもない申し出だった。
僕は間髪入れずに答えた。
「よろしくお願いします!」
一週間後…
僕と母が住んでいた家に、アレキサンダード家の立派な馬車が停まった。
御者に一礼してその顔を確認すると、その人は亜人だった。
ビクッ
反射的に僕の肩が跳ねると、その人は申し訳なさそうにハンチング帽を深く被り顔を隠した。
馬車がアレキサンダード領に入ると、活気あふれる賑やかな街並みが広がっていた。
美しい薔薇庭園を抜けると、アレキサンダード家の立派な門構えが目に入る。
馬車が停まり、僕はゆっくりと降りると、目の前には堂々とした屋敷がそびえていた。
その前には、ロベルト叔父さんが笑顔で出迎えてくれた。
「よく来てくれた!さあ、家族を紹介しよう」
ロベルト叔父さんに手を引かれて、僕はアレキサンダード家の応接間へと案内された。
大きな扉が開かれると、部屋の中には優雅で高貴な空気が漂っている。
目の前には、女性と少女が立っていた。
「メイヤー、ちゃんと紹介するのは初めてだね。私の妻、マリアンヌだ。」
叔父さんが紹介するその女性は、金髪に優しい微笑みを浮かべた、美しい人だった。
僕の視線をしっかりと受け止めながら、彼女は静かに一歩前に出て、柔らかな声で話しかけてきた。
「初めまして、メイヤー。
これからは私もあなたのお母さん代わりになるつもりよ。どうか、遠慮せずに何でも話してちょうだいね。」
マリアンヌさんの瞳は、まるで母のように温かくて優しかった。
「ありがとうございます…」
僕はその瞳に吸い込まれるような感覚を覚えながら、小さな声で答えた。
「そして、こちらが私たちの娘、エレステだ。」
ロベルト叔父さんがもう一人の人物に視線を向ける。
エレステは赤髪が印象的で、僕より少し年上そうだ。
まだ幼さが残る顔立ちだけど、とても美しかった。
その彼女も僕をじっと見つめていた。その目には警戒心が感じられ、僕を試すような鋭い光が宿っていた。
「……よろしくお願いしますわ。」
彼女の短い挨拶に、僕もどう返事をすれば良いか分からず、ただ頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「そうだわ!」
マリアンヌさんが急に思い出したように声を上げた。
「エレステの婚約も決まり、メイヤーも来てくれたから、家族の肖像画を描いてもらいましょう!」
彼女の瞳は明るく輝き、興奮を隠しきれない様子だった。
ロベルト叔父さんも、マリアンヌさんの提案に微笑みながら賛同した。
「そうだな。これからのアレキサンダード家を記念に残すのも悪くない。
すぐに、テオドール・ラモールを呼び寄せよう。」
僕は少し照れくさく感じながらも、彼らの温かい歓迎の気持ちが凄く嬉しかった。
それから数日後に、国が誇る芸術家のテオドール・ラモールさんが来て、僕たち家族の肖像画を描いてくれた。
その一ヶ月後、絵画が完成し、忘れもしないあの悲劇の日を向かえる事になった。




