第20話 『メインストーリー』へ出発
「お嬢様、おはようございます!」
ルプの明るい声で、私はゆっくりと目を覚ました。
カーテンが開け放たれ、朝の日差しが部屋に優しく差し込む。
今日はいよいよ、セント・ヴェイレア学園の入学式だ。
学生寮での新たな生活が始まる日で、夜会の日でもある。
「お嬢様、制服をこちらにお掛けしました!」
ルプが差し出すのは、学園の制服。
制服は深いネイビーの生地で作られていて、見るからに格式高い仕立てだ。
首もとには、学年を示す色のリボンを結ぶデザインだ。
一年生のリボンは清潔感のある白色。
シンプルながらも美しいその制服は、王国の有名な芸術家『テオドール・ラモール』がデザインしたそうだ。
正直、出発は気重だけど、この制服に袖を通すのは待ち遠しい。
「うぅーーん!」
私は大きく伸びをしてから起き上がり、心を決めて支度を始めた。
顔を洗い、長い髪をハーフアップに結ぶ。
制服に着替えた後、大きな姿見の前に立ち制服のリボンの形を整えた。
「…行こう!」
「はい!お嬢様!」
私が声をかけると、ルプは嬉しそうに部屋の扉を開いた。
ルプが手荷物を持ちながら先導して歩き、私は彼女の後を追うように廊下を進んでいく。
その途中、急に緊張感が胸の中に広がっていく。
今日は入学式だけでなく、夜会も控えている。
フェルダー卿が何かを企んでいるのではないかという不安も心を重くしていた。
私は、螺旋階段の手摺に手をかけ、ゆっくりと階段を降りる。
その途中、家族が描かれたあの大きな絵画が目に入り、立ち止まった。
「…マリアンヌさん。」
無意識のうちに、私はその名前を口にしていた。
彼女は変わらず優しい瞳で、こちらを見守っているかのような表情をしている。
『人狼』『亜人』『差別』『策略』この世界には、ゲームで知れなかった沢山の謎や問題がある。
だけど、『エレステ』としてじゃなく『私』が大切な人たちを、マリアンヌさんがした様に守りたい。
そう思うと、不思議と少しだけ勇気が湧いてきた。
「お嬢様…?」
階段を少し下りたところで、ルプが不安そうに振り返った。
「大丈夫、すぐ行く!」
そう返事をしながらも、私はもう一度、絵画のマリアンヌさんに目をやった。
「…勇気をくれて、ありがとうございます」
私はそっと絵画に向かってお礼を告げると、再び螺旋階段を下り始めた。
玄関に到着すると、外には馬車がすでに準備されているようで、使用人たちが忙しなく動き、出発の準備を整えている。
「…よし!」
私は深呼吸をして、玄関の扉を開けた。
春の爽やかな風が吹き込み、私とルプはその風を受けながら一歩ずつ外へ踏み出した。
「姉上!」
声の方へ振り返ると、ロベルトさんとメイヤーくんが玄関から現れた。
二人とも見送りに来てくれたようだ。
ロベルトさんは厳しい表情をしていて、
一方、メイヤーくんは、少し落ち込んだ顔をしている。
二人は私に歩み寄ってきた。
「エレステ、急な事で申し訳なかった…。
入寮の事はブライト王子にも伝えてある。
何かあれば力になってくれるだろう。」
そういうと、ロベルトさんは優しく私の頬を撫でた。
「…はい。お父様。」
ブライト王子は私を囮に使ってますよ…とは言えず、私は少し複雑な気分になった。
「姉上!!!」
メイヤーくんは私の手を握りしめ、彼の瞳には、明らかな寂しさがにじんでいた。
「姉上、僕、絶対に頑張ります!
剣術も勉学も、全部追いついて、セント・ヴェイレア学園に行きますから、待っていてください!」
そして、少し間が空いてから彼は続けた
「……そ、それから!
昨日、僕が言ったことは本気ですから!!!」
メイヤーくんの手が少し震えているのを感じながら、私は彼の顔を見つめた。
フェルダー卿の事に動揺しすぎてあまり記憶にないけど…
メイヤーくんが、昨日言ったことって、学園に『飛び級』して来てくれる…って話しかな?
「うん!楽しみにしてる!」
彼を安心させるように笑顔で返すと、メイヤーくんは急に顔を赤らめ、私の手を放した。
「それに、今日は夜会があるからすぐに会えるね!」
私がメイヤーくんの肩をポンと軽く叩くと、
ハッと我に返ったように彼は言った。
「姉上に、すぐお会いできるのは嬉しいですが……」
彼が言葉に詰まると、それを見ていたロベルトさんが続けた。
「夜会では、私も注意をはらっている。
それよりも、学園で充実した学生生活を楽しみなさい。」
彼は私たちの不安を払拭するように、穏やかな声をかけてくれた。
「お嬢様、そろそろお時間が…」
ルプが申し訳なさそうに声をかけてきた。
「そうだね、行かなくちゃ!」
私は家族や使用人たちに向かい一礼した。
「行ってまいります。」
ロベルトさんは軽く頷いてから、手を私の肩に置き、静かに送り出してくれた。
私は馬車に向かい、ルプが開けてくれたドアから乗り込んだ。
窓越しに見えるロベルトさん、メイヤーくんと屋敷の使用人たちが、手を振って見送ってくれる。
馬車がゆっくりと動き出す。
出発の瞬間、私は静かに目を閉じ、心を落ち着けた。
『キル恋』の『メインストーリー』が始まった。
でも、近くには、ルプがいるし!
きっとレオも見守っていてくれるはず!
私はそう自分に言い聞かせ、ふっと一息をついて目を開けた。
そして窓の外に目を向けた。
見慣れたアレキサンダード領の景色が、少しずつ遠ざかっていくのを感じながら、気持ちを引き締めた。




