第14話 ブライト王子の来訪
私たちの馬車が屋敷に到着すると、すでに玄関前にはブライト王子の馬車が堂々と停まっていた。
黒馬が立派な馬車を引いて、いつもながらその威厳を示している。
「ふう…」
私は深呼吸をして馬車から降り立ち、ルプの言葉を思い出しながら、落ち着こうと努める。
「姉上…大丈夫ですか?」
メイヤーくんが心配そうに私を見上げている。
私は気を取り直し彼に微笑みかけ、頷いた。
「大丈夫!ありがとう、メイヤー。」
彼も少し安心したように、微笑み返してくれた。
玄関の扉がゆっくりと開き、出迎えの使用人が頭を下げて通してくれる。
その先には、すでにブライト王子とロベルトさんが立っていた。
二人は真剣に何かを話している。
ブライト王子が顔色一つ変えず淡々と話しているのに対し、ロベルトさんは深刻な面持ちで眉間にシワを寄せ考え込んでいるようだ。
「旦那様…」
使用人の一人が静かに声をかけると、ロベルトさんとブライト王子は同時に話すのをやめ、こちらに目を向けた。
「おお、戻ったか。」
ロベルトさんが、少し疲れた表情で私たちに声をかける。
ブライト王子も私に軽く一礼をし、また何を考えているのか全く読み取れない、いつもの笑顔で出迎える。
私は、何を話していたのかと気になる一方で、ここで無理に口を挟むべきではないと感じ、少しぎこちなく微笑んで頭を下げた。
私の不安そうな表情を察したロベルトさんが、少しだけ表情を和らげて言った。
「フェルダー卿の処遇が決まってな。ブライト王子がその報告に来てくださったんだ。」
「処遇が…」
私は思わず声を漏らす。
あの事件から2週間が経ち、まるで何事もなかったかのように日々が過ぎていたけど、ついに動きがあったようだ。
ブライト王子は一歩前に出て、淡々とした口調で話し始めた。
「フェルダー卿の処遇は見送られる事になりました。」
ブライト王子の言葉に、一瞬場の空気が凍りついた。
「見送り…ですか?」
私は、信じられない思いで言葉を繰り返した。
ロベルトさんも眉をひそめてブライト王子に視線を向ける。
「そうです。確かにエレステ嬢のお話は筋道が通っており、今回の騒ぎは王国側の過失と認められましたが…」
ブライト王子は静かに言葉を続ける。
「傷のついた車輪の部品、指示書、積み荷に関する証拠は、すべてがフェルダー卿の犯行を裏付けるには不十分とされました。そのため、国王陛下はフェルダー卿の処遇は見送ると判断されました。」
ブライト王子は淡々とした口調で告げた。
その言葉に私は一瞬、耳を疑った。
フェルダー卿の処遇が見送られる? 確かに証拠が不十分だとしても、あの出来事が偶然だとは思えない。
「そ…そんな……っ!」
私は反射的に言い返そうとしたが、その時、メイヤーくんが耐えられなくなったように突然その場を飛び出していった。
「メイヤー!待ちなさい!」
ロベルトさんは一瞬驚いた表情を見せた後、ブライト王子に軽く一礼してからメイヤーくんを追いかける。
私は動けずに立ち尽くし、動揺を抑えきれないまま、ブライト王子を見つめた。
「少し、歩きませんか?」
すると、ブライト王子が、冷静な声で提案した。
彼は私に微笑みを向けるが、その目と声からは感情の波が感じられない。
私は一瞬驚いたが、しばらくしてから頷くしかなかった。
心の動揺を隠しながら、彼の後に続いて静かに歩き始めた。
広い庭を歩きながら、何も言わずにただ歩く。
少しの間、私たちは無言で景色を眺めていた。
「ブライト様は、フェルダー卿の処遇をどうお考えですか?」
私は意を決して、心の中に渦巻く疑問をぶつけてみることにした。
彼の考えを知りたくてたまらなかったからだ。
「国王陛下のご判断では…」
私は彼の言葉を遮り、
「あなた自身の考えを教えて!
今回の被害者であるメイヤーの前で、あんなに冷淡に話せるあなたの気持ちを知りたいって言ってるのよ!」
その瞬間、ブライト王子は急に私の手首を勢いよく掴むと、鋭い目を向けた。
「僕の考え?そんなの、君が知ってどうするという。」
ブライト王子の豹変振りに驚きながらも、なんとか言葉を探す。
「いつも…そんな感情のない…顔して…あなたは、自分の意思はないの?」
私の震える手首に視線を落としながら、ブライト王子が嘲るように言う。
「こんなに僕に怯えながら、何を言ってるんだ。そもそも、誰だお前は。」
私は震える声を絞り出す。
「エ、エレステ・アレキサンダードです…」
「………もういい。」
興味が失せたと言わんばかりに、王子は私の手首を放した。
「国王陛下の決定はあくまで法的なものだが、個人としては、フェルダー卿の一件はこのままで良いとは思っていない。」
王子の思いもよらない返答に、さっきまでの緊張感が一気に薄れる。
「個人としては…?」
ブライト王子は私の顔を一瞬見つめた後、静かに言葉を続けた。
「僕、個人として、今回の一件は、フェルダー卿の策略だと言って過言ではないと思っている。以前から、フェルダー卿は王家とアレキサンダード家の婚約には異論を唱えていたからな。」
ブライト王子はそのまま続ける。
「策略を見破られたフェルダー卿が黙ってこのまま手を引くはずはないだろう。特にエレステ嬢には、相当な恨みを抱えているだろうから」
王子の言葉が私に重く響く。
フェルダー卿が再び動き出す可能性がある…。
そう思うと不安が心に一気に広がった。
「そこで、君に護衛をつける許可を国王陛下からいただいてきた。」
「ご、護衛…ですか…」
聞き慣れない言葉に少し動揺する。
「その者を呼んでいるので、そろそろ到着する頃と思うが…」
「もう、ずいぶん前からここにいますよ、王子とお嬢さん!」
庭の木の上から声がかかり、振り向き、見上げると、そこには一人の騎士が木の幹に軽くもたれかかりながら座っていた。
「風が気持ち良くて、ここで休んでたら、お二人の夫婦喧嘩が聞こえちゃったんで、お声をかけられませんでしたよ。」
その騎士は、そう言って苦笑いするなり、
勢いよく幹を蹴ってジャンプすると、軽やかに空中を舞い、ふわりと地面に着地した。
枝や幹が揺れることなく、静かに着地するその様子は、まさに訓練された動きだった。
その騎士は、目の前に立つブライト王子に向かって軽く会釈をし、続けて私に視線を向けた。
彼の、その態度から、ただ者ではないことだけは理解できた。




