第11話 マリアンヌ・アレキサンダード
私は玄関の大きな扉を開けて、今朝、駆け抜けた道をゆっくり戻る。
外に出ていた使用人たちはすでにそれぞれの配置に戻り、家は賑やかさを取り戻していた。
ふと改めて辺りを見渡すと、アレキサンダード家はやはり壮麗だった。
敷地は広く細部に至るまで職人たちが手をかけた精巧な装飾があちこちに施されている。
どこを見ても美しさと威厳が漂っていた。
「やっぱり、アレキサンダード家って本当にすごいお屋敷ですね、お嬢様。
ルプはここに仕えることが出来て本当に幸せ者です。」
ルプが後ろから感慨深げに言うと、私は自然とその言葉に頷いてしまった。
「…本当に。」
真紅の絨毯が広がるエントランスホールから
高い天井に向けて伸びる螺旋階段を見上げると、光沢のある真っ白な壁に、家族写真のような大きな絵画が飾られている。
「…これは…」
私はその大きな絵画に改めて目を留めた。
今朝は急いでいたため、ただ視界をかすめただけだったが、今こうして立ち止まって見ると、絵の中には4人の人物が描かれていることに気づいた。
ロベルトさん、メイヤー君、エレステ…そしてもう一人、見知らぬ女性が中央に佇んでいる。
「この女性は…誰だろ…」
無意識に呟くと、ルプが私の隣に立って、絵を見つめながら静かに言った。
「マリアンヌ様です。お嬢様のご母堂です。…まるで女神様のようなお方でした。」
絵画に描かれたその美しい女性は、金色のウェーブが掛かった長い髪に、グリーンの宝石のような瞳。
髪色に似合う生成り色のマーメイドドレスに細かいレースが繊細に描かれている。
私はその絵に釘付けになった。
マリアンヌ・アレキサンダード――
この人がエレステの母親…
「本当に…きれい…」
その言葉が自然と口をついて出た。
彼女の穏やかで優しげな表情は、まるで絵の中でさえも、私達を見守っているかのような気がした。
「奥様は、誰にでも優しくて…アレキサンダード家を陰から支える素晴らしいお方でした。
こちらの絵画は、メイヤー様をお迎えになられた記念にと描かれたのですが…」
ルプの言葉が一瞬止まり、彼女は深く息をついた。
「丁度この絵画が完成した晩、奥様は…亡くなられました。」
その言葉に、胸が締めつけられるような感覚が走った。
「…さっき、メイヤーが事故死だったって言ってたよね?」
私は言葉を何とか絞り出すと、ルプは静かに頷いた。
「…はい。表向きはそのように公表されていますが、実は人狼の襲撃が原因ではないか言われているんです。」
ルプの言葉に、私はしばらく息をするのも忘れてしまった。
「…人狼の襲撃…」
思いもしなかった真実に、体が硬直する。
「はい…。
夜会がアレキサンダード領の薔薇庭園で開かれ…」
カタンーー
後方で物音かした。
音の方を振り向いたがそこには誰もいなかった。
「申し訳ありません!
お嬢様にお聞かせする話ではありませんでした!」
ルプが慌てて何度も頭を下げる。
「でも、もっと話が聞きたい!」
自然と声が強くなった。
私はこの世界の事をちゃんと知らないといけない、そう感じたから。
ルプは一瞬驚いたように私を見つめたが、すぐに視線を落とし、深く息をついた。
「…分かりました、お嬢様。ですが、先にお着替えを済ませましょう!」
ルプの言葉に、私は自分の姿を見下ろした。確かに、今日の一件で私の部屋着は泥と埃にまみれ、ひどい有様だった。
「……そうだよね…ははは。」
一刻も早く話の続きを聞きたい気持ちはあったけど、ルプの言う通りだ。
私は再び螺旋階段を上り、ルプと一緒に自室へ向かった。




