第1話 キルから転生
「実花先輩! あーもう、また職場で寝ちゃってるよ……。
んもう、起きてくださーい!!!」
後輩の百合ちゃんが、会社のデスクに伏せている私に話しかけている。
本当はすぐにでも起き上がりたいのだけど、それはできそうにない。
なぜなら私はもう死んでいるからだ。
なぜ死んだのか、どんな経緯でこうなったのか、もう思い出せない。
ただ、心臓が止まり、全身が冷たくなっていく感覚だけが確かにあった。
人間の最期は聴覚が残ると聞いたことがあるが、それは本当だった。
百合ちゃんの声がだんだん遠くなっていく……。
「……誰にもバレてないか。はい。お疲れ。藤宮実花さん。」
え……百合ちゃん? じゃない……?何……どういうこと……。
声がする方に意識を向けようとするが、もう思考がまとまらない。
頭がぼんやりして、体も重い……。
すべてが暗闇に沈んでいく……。
---
「……起きてくださーい!」
「こんなところでお休みになられて。」
耳に馴染んだフレーズが聞こえてくる。
懐かしいような気がするが、目を開けると全然違う光景が広がっていた。
綺麗な薔薇の香りが漂い、目に映るのは豪華に手入れされた庭園。
ここは……会社じゃない。
まるで乙女ゲーム『薔薇咲くキルか恋満チル』、通称『キル恋』のアレキサンダード家の庭園そのものだった。
あのゲーム……難しすぎてクリアできなかったんだよな……。
ここは、天国…?
そんな事をぼんやり考えていると…
「お嬢様!
起きてくださーい!」
その声にハッとして振り向くと、メイド服を着た少女が後ろに立っていた。
「うわぁあ!!!!」
反射的に身体を動かすと、目の前の少女が驚いて尻餅をついた。
栗色の髪に、黄金色の瞳……そして、まるで獣のような鋭い瞳孔。
「驚かせてごめんなさい!」
私は急いで立ち上がり、少女に手を差し出すが、彼女はその手を見つめて少し戸惑った表情を見せた。
「主人が使用人に手を貸してはなりませんよ、お嬢様。」
お嬢様? その言葉に私の頭が混乱し始める。
「ご、ごめんなさい……」
頭の中で何かが引っかかるような感覚を抱えながら、すぐに手を引っ込め、少女に謝った。
彼女は、メイド服のお尻についた砂埃をポンポンと叩きながら立ち上がって言った。
「いつもはこんなことされないのに、一体どうされたんですか?」
彼女の問いかけに、どう答えていいのかわからない。言葉が出てこないまま、私は少女を見つめる。
……あれ? 少女の瞳が……黄金色から緑色に変わっている?
しかも瞳孔の形までまるで獣から人間のような丸い形に変わった……。
「ねえ、あなた……瞳の色と形、今……変わった?」
私が恐る恐るそう尋ねると、少女は驚愕したように自分の目を両手で覆った。
「お、お嬢様!
申し訳ありません!私は亜人です!
どうか、信じてください!!!」
……亜人?
その瞬間、脳内でまるで電流が走るような感覚がした。
記憶のフラッシュバック――。
---
「信じてください!!!」
「百合ちゃん……どうして……」
「私じゃないんです!!!! 本当です!!! 信じてください!!!」
目の前で泣き叫ぶ百合ちゃん。
記憶が錯乱して次々と目の前の場面が移り変わる。
「見付からないように逃げて!」
私が必死に誰かを逃がそうと急かしている。
「お前だけは…許さない」
その誰かの声と共に、私の視界は闇に飲まれた。
私は、殺されたんだ……
ドクン……ドクン……心臓が今でも脈打っているような錯覚を覚え、全身が緊張で震える。
呼吸が荒くなり、思わず声が漏れた。
「やめて!!!」
ドクン……ドクン……鼓動が耳の奥で大きく響く。
「やめてー!!!」
記憶が容赦なく押し寄せ、現実と記憶の境目が曖昧になっていく。
過去の恐怖が私を締め付け、頭が割れるように痛む。
そして――私は意識を失った。




