第3章-1:数学的な証明 Surmount hurdles
彼女は 無限の数列を紡ぐ一筋の光
その繊細さは 数多の調和を見つけ出す
彼女は 数理の海を泳ぐマーメイド
その爽やかさに 砂漠のサボテンすらも憧れ 踊り出す
彼女は数のパズルを 巧みに組み立てる賢者
彼女の前では 無意味な数列も意味を成す
その知恵は 無限に広がる混沌をも とめどなく秩序にする
***
頭脳プラチナム学園は六月を迎えていた。
学園の外壁には初夏の訪れを告げる蔦が這い上がり、その緑が一層深みを増している。朝の光は床にチェック柄の影を作り出し、生徒たちがその上を軽やかに歩いていく。
日差しは強くなりつつあるが、まだ春の名残を感じさせる優しい温もりを保っている。
校内のいたる窓が開け放たれ、生徒たちは外から吹き込む爽やかな風を楽しんでいた。
「って、ちょっと待ってくださいっ!」
突然、理化が地面が揺れるほどの声を張り上げて立ち上がった。
「どうしたの? そんな大声出さなくても聞こえるわよ? むしろ、今ので鼓膜が破れて聞こえなくなっちゃったかもしれないわ」
「理化っち、その文法は間違っているよっ! 伝聞表現の一つで、『って』の前に動詞やら形容詞やら、何某かの普通形がこないとおかしいよっ!」
心春と芙文は理化に目をやり、顔をしかめて文句を垂れる。
その中で、数多は顔を動かさずに口を開いた。
「たぶん今、問題なのは鼓膜が破れることでも文法の誤りでもなくて」
一旦間をおいて、冷静に窘める。
「ここが図書室だということだね」
「…………」
理化は無言でぐるりと周りを見渡し、周囲の視線が自分に集まっている――受付に座る図書委員の生徒にいたってはこちらを睨んでいる――ことを確認すると、顔を赤らめながらまた無言で目線を前に戻し、すとん、と椅子に座り直した。
そして声のトーンを一段階落として言う。
「だから言ったんですよ、図書室は私たちの会議の場に相応しくないと」
「いや、君たちが僕の調べものに勝手についてきただけだからね?」
数多はやや呆れを含んでいるように聞こえる声の調子で言った。
冷ややかな数多の対応に、芙文が瞳を潤ませる。
「あーん、そんな言い方冷たいっ! 数多っちのいけずっ!」
「それでどうしたの? 理化ちゃん」
と、心春が脱線しがちな四人の話の舵を取り直した。
「そうでした。私、とんでもない事実に気付いてしまったんです。聞いて驚かないでくださいよ?」
「うん」
「私たち、百万色の感情の分類をしたじゃないですか」
「うんうん」
「この後、それを数式にして、科学的に分析して、物語に落とし込みますよね」
「うんうんうん」
理化が勿体ぶってか、言葉の滴を一粒ずつこぼすように小出しに話す。
それに対して心春が律儀に都度相打ちを打つ。
「百万に対応しなきゃならないんです。ということは、この後の全工程が滅茶苦茶に大変じゃないですか!」
「…………」心春が沈黙する。
「…………」理化も沈黙する。
「……………………」全員が沈黙する。
それは、『なんという重要なことを見落としていたんだ!』という絶望の静寂。
――ではなく、『今さら?』という拍子抜けだった。
芙文がオーバーリアクションで言う。
「いや遅っ! ワンテンポどころか、一か月も経っちゃってるよっ! まるで、映画のエンドクレジットが流れ始めてから、ポップコーンを買いに行く人みたいだよっ! 時すでに遅しだよっ!?」
対する理化が、信じられないといった顔で嚙みつく。
「なんですと! 気付いていながら反対しなかったんですか!? 自分の首を絞めるだけならまだしも、他人の首まで絞めているも同然じゃないですか! 鬼ですかあなたたちは!」
「まあ、僕も気付いてはいたけど……実際、後のことはあまり考えていなかったんだ。考えるだけで頭が痛くなるから」
数多は二人を取り持つように、自嘲的に言った。
「がーん! 数多っちのことだから、てっきりナイスなアイデアがあるのかと思ってたよっ!」
「残念ながらまだ何も思いついてないよ」
数多はまだ一つとして感情を数式で表す方法を見つけられてはいなかった。ましてや百万もの感情を数式で表す手立てを編み出すのは、常人にはまず不可能だろう。
ここにいるのは常人ではないのだが、それでも難しいことには違いない。
「ともかく、こうしちゃいられません。数多さんの調べものが終わったら、次の工程にさっそく取り掛かりましょう!」
何しろ、すべてが未知数な発明だ。
先のことは誰も口にしていなかったが、やはり自身の才能を知らしめる絶好の機会である、十二月のグローバルクリエイティブチャレンジに間に合わせたいというのが、彼女たちの思うところのはずだ。
彼女たちはまだ二年生だ――来年もチャンスがあるが、海外の有名大学への一般的な秋学期入学を目指すなら、推薦のことも考慮すると、できるなら今年が良い。