第2章-1:心理学的な接近 Inner contemplation
彼女は 春の訪れを告げる一陣の風
その軽やかさで 冬の名残を笑い飛ばす
彼女は 時を忘れさせる神秘の時計
その可憐さは 秒針を跳ね返し 心に永遠の春を約束する
彼女は心理の迷宮を 一瞥で解き明かす女神
彼女の前では 心は裸の王様となる
その洞察力は 人の心の奥底に潜む真実を そっと開く
***
頭脳プラチナム学園では、生徒たちが自らの興味を追求し、自由にカリキュラムを組むことができる。専門分野に特化した学習プランの構築も可能だ。
そのため、クラスは形式上分けられているものの、実際には選択科目によってクラスの壁を越えて学び合うことが日常だった。
その一方で、必修科目なるものも当然ながら存在している。
外国語やコンピュータサイエンス、教養教育の基礎、芸術概論、体育など、多岐にわたる必修科目が知識の土台を築く。
特筆すべきは、『イノベーションエクスプレス』と称される授業だ。
ここでは、生徒たちがチーム分けアプリによってランダムにチームを組み、一時間という限られた時間の中で何らかのテーマを決め、それに基づいた調査や議論を展開し、プレゼンテーションを完成させるというグループワークを行っている。
生徒たちは、毎回異なるメンバーと毎回異なるテーマに挑戦し、創造性と協調性を養う貴重な経験をしているのだ。
「一緒に発明するってことになった途端、授業でもチームになるなんて運命かなっ?」
芙文が笑いながら言った。
今はその『イノベーションエクスプレス』の授業中。
心春、数多、理化、芙文の四人が教室で机を向かい合わせていた。他の机では、他の生徒たちも熱心に話し合いを始めている。
「うちのクラスは三十二人だから、同じチームになる確率は……確かに運命的と言えるかもね」
数多は脳内で数式を組み立てて言った。
「さて、時間があまりないわよ。チームのテーマは何にする?」
心春がぱん、と両手を鳴らし話を進めると、芙文が元気よく手を挙げた。
「はいはいはーいっ! 宇宙について調べるのはどうっ? 星に願いをかけるっていうのは、科学的に可能なのかな?」
「一時間で調べきれない壮大なテーマかと思いきや、全然宇宙関係ないじゃないですか」
理化がすかさず突っ込みを入れる。
「それに科学的根拠はありません」
「じゃあ、時間旅行が可能かどうかっ! もし可能なら、昨日の夜更かしをやり直したいなっ」
「時間旅行もまだ科学的に証明されていません。でも、芙文さんが早く寝る方法についてなら研究できますよ」
「それ、ただの睡眠研究じゃないか?」
「そうね、わたしたちのテーマはもっとクリエイティブなものがいいわ」
芙文の再びの提案も、チームメンバーによってあえなく却下された。
この授業では、過去に地球温暖化、貧困、教育格差などの現代社会が直面している問題や、最新の科学技術の進展に関するトピック、哲学的な問いに基づくディスカッションなどがテーマとして挙げられている。
睡眠研究も十分に魅力的なテーマであるが、彼女たちはもっと新しいアイデアを探求していた。
「そうだっ! あたし、すっごく気になってることがあるんだった!」
と、芙文が三度手を挙げた。
「心春っちって、心理学だけじゃなくて全体的に成績良いよねっ? 音楽に体育までっ! それはなぜなのか!」
理化は丸眼鏡を鼻梁に戻し、探るように心春を見る。
「私も気になっていました。化物揃いのこの学園で、全教科上位を取るなんて、どんな不正行為を使ってるんですか?」
「えっ? 音楽は、ピアノやバイオリンを小さい頃から習ってるからかしら……。体育はたぶん、バレエと乗馬のおかげね」
急に話を振られた心春は、戸惑いながらも答えた。
「海透財閥の名前は知ってたけど、見た目も中身も本物のお嬢様だな」
数多が感心して言う。
「それにしたって、忙しい中どこからそんな時間を捻出してるんだか。テーマは『完璧なお嬢様心春の一日』についてのドキュメンタリーにしようか?」
「わたしの一日!? でも、そんなことテーマにしていいのかしら?」
「もちろんです! 心春さんの一日は、科学的な奇跡とも言えます。どうやって二十四時間を三十時間分使ってるのか、その秘密を科学的に解明しましょう!」
「ドキュメンタリーを見た人が、心春っちみたいに完璧になれるかもしれないしねっ! 需要大有りだよ! というわけで、完璧になる方法を探す旅、はじまりはじまりー!」
数多は半ば冗談交じりに言ったのだが、理化と芙文は乗り気だった。
それは、ただの時間管理のコツとも言える内容で、あわよくば心春の成績を追い越してやろうという理化と芙文の魂胆も見え隠れ見え見えであったが、
「わたしの一日をシェアするなんて、ちょっと恥ずかしいけど、みんなのためになるなら!」
と心春本人も躊躇いながらも見事に乗せられてしまい、チームのテーマが決定した。
そして、公開された心春の一日がこちらだ――。
***
まずは朝のルーティーン。
心春は、朝五時に目覚まし時計の代わりにクラシック音楽を流して起床。
「おはよう、幸せの予感!」と一言呟きながら、ヨガマットの上でポーズを決めるのが日課だ。
シャワーを浴び、身支度を整えたら、「今日もいい日になりそう!」と鏡の前で笑顔をつくる。
メイドが用意した栄養バランスの取れた食事をとりつつ、家族には手作りのスムージーを配達。
「もうこの時点で僕とだいぶ違うんだけど」数多が心春の言葉をパソコンに打ち込みながら言う。
八時になると家を出発。
通学途中、懐いてすり寄ってくる猫に道を塞がれ、
「お嬢さん、道を開けてくださらない?」と優しく撫でながら登校。
学校に到着すると、心春は図書館へ直行。
「今日の研究テーマは……」とブックリストをチェックしながら、本をピックアップ。
授業の合間の休み時間は、生徒たちの相談の予約で埋まっている。
「心春さんの周りには常に人だかりができていますもんね」理化がいつもの光景を思い浮かべて言う。
放課後は、テレビ局か、どこかの企業か、講演会か、その日入っている仕事へ。
それが終わると、茶道、日本舞踊、英会話など、曜日ごとに決まっている習い事のマラソン。
「素敵な一日は、バランスが大切」と、時間を有効に使い分ける。
夜は机に向かい、明日の準備を始める。
「明日のテスト、楽しみだわ!」と、ノートと教科書を並べて勉強。
そして、二十二時には「おやすみなさい、明日も素敵な一日を」と就寝。
「あり得ないよっ! まるでほんとに、三十時間営業のコンビニみたいっ!」芙文が目を丸くする。
***
心春の一日がどれほど計画的で、充実しているかが明らかになり、三人はただただ驚嘆するばかりであったが、「自分ももっと頑張ろうって思えるよね」と、チームメンバーにも良い影響を与えたのは間違いなかった。
この授業は、彼女たちが心春を真似できないにしても、やりたいことに全力を尽くすことの大切さを再認識するきっかけになったのだった。