第1章-1:アイデアの発想 This and that
頭脳プラチナム学園は、未来を担う天才たちが集う高校だ。
入学試験は、世界で最も厳しい試験の一つと言われている。
入学を希望する者は、まず始めに多面的な知能テストで篩に掛けられ、次に特定の分野に関する深い専門知識を問う専門科目の試験を受け、絞られた候補者は自らの研究プロジェクトなどを提出してオリジナリティや実用性が審査員により評価され、最後には人間性だけでなくチームワークやリーダーシップ能力が試される面接試験が行われる――そのすべてを通過した者だけが入学を許される、まさに選ばれし者が通う学園なのである。
キャンパスは知的創造活動をコンセプトとした革新的な建築様式で、透明なガラスと鏡面のステンレススチールで構成された壮大な建物が特徴だ。
学園の敷地は広大で、各種の研究施設が完備され、最先端の技術が随所に取り入れられている。
生徒たちは独自の開発や研究を自由に行うことができ、そのために門は一日中開かれ、知識への渇望を満たすための無限の時間が与えられている。その上、これらの開発や研究に掛かる費用はすべて学園持ちだというのだから、勉強したい生徒にとってはまさしく至れり尽くせりである。
学術的なコンペティションも頻繁に開催され、その中でも一番の規模を誇る『グローバルクリエイティブチャレンジ』と呼ばれる国際的な大会が、毎年十二月に行われている。
生徒たちは自らの能力を試す機会に恵まれ、次世代のリーダーを育成するための申し分ない環境が整っているのだ。
そんな学園で、今、新たな挑戦を始めようとしている四人の女子高生がいた。
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「なんだかノリで決まっちゃったけど、わたしたち、クラスメイトなのに今まであんまり話したことなかったわよね。一応、改めて自己紹介しておいた方がいいかしら? ほら、何かを話し合う前には、アイスブレイクがあったほうがコミュニケーションの質が高まるって、心理学的にも実証されてるし」
ゆるやかなウェーブを描いて背中まで届いている栗色の髪。垂れ気味の目尻と小さくて上向きの口元が、彼女の穏やかな性格を表している――四人のうちの一人は、女子高校生ながらにして天才心理学者である海透心春。
心と身体の発達の間に新しい関係性を発見し、著書の『心理の海図 行動の背後にある心理学』はビジネス書としても人気を集めている。
論文は数々の賞を受賞し、講演にメディアにと引っ張りだこだ。
落ち着いた雰囲気と優雅な立ち振る舞いは年齢を感じさせず、どこか上品で成熟した女性のような風格を漂わせており、『先生』としてその場に出ても全く違和感がないのである。
「いや、今さら必要ないよ。僕は、クラスメイトどころか、全校生徒の名前と受賞歴と特技くらいは記憶しているつもりだ。君たちだってそうだろう? ちなみに、海透心春。君の特技はマジックトリックだよね。そして科埜理化、君が得意なのは――乙女ゲーム。合ってるよね?」
蒼みがかったマッシュウルフのショートヘア。そして切れ長の目。繊細ながらもはっきりとしたラインをもつ中性的な顔立ちから、彼女には可愛いよりも格好いいという表現が似合っている――四人のうちの一人は、女子高校生ながらにして天才数学者である算旭数多。
十桁同士までの計算なら、機械よりも彼女の暗算の方が早いと言われている。
経済学の分野でも、数学を用いた独自の理論を構築し、今や政策にも大きな影響を与えているらしい。
一度見たものは忘れない、類まれなる『映像記憶』の持ち主だ。
「さすがは映像記憶能力者ですね。その私の情報は、どこから仕入れたのか非常に気になるところですし今すぐ忘れてほしいところですが……。私は、同学年のかたの情報を覚えるのが関の山ですよ。科学研究に脳の容量を使ってるんです。というか、本名で呼ばれるのは落ち着かないので、やめませんか? ……ところで、たまたま教室に居合わせた即席面子ですけど、他のかたは誘わないんですか? 四人よりも学園の頭脳を合わせたほうが、地球を支配できる何かだって発明できる気がしません?」
艶やかな黒髪を三つ編みに纏め、白い肌や長いまつ毛と相まって、彼女は和人形を思わせる美しさを持っている。丸眼鏡の奥に覗くくりくりとした大きな瞳は、彼女の旺盛な好奇心を物語っている――四人のうちの一人は、女子高校生ながらにして天才科学者である科埜理化。
彼女が開発した新しい医療機器が、近々病院で実用化されるようだ。
また、ノーベル賞を三回受賞した初めての個人として、ギネス記録に認定されている。
大人しそうな見た目からは想像がつかないパワフルさを持っており、狂気的とも言える研究姿勢から、密かに世界征服を目論んでいるという噂もある。
「理化っち、発想が物騒―! それじゃあ因果が応報になっちゃうよっ。あたしたちの発明は、ハッピーエンドじゃなきゃだめだからねっ。それに、たまたまじゃなくて必然なのっ。戦隊モノのヒーローだって少数精鋭だしさっ。みんなが映えるには、四人くらいが丁度いいの。全員が主人公の物語をつくるんだからっ! まるで、オーケストラで全員が指揮者みたいにっ。ついでに、もしも発明が売れたとき、人数が多かったら取り分が減るじゃん!」
桃色の、内側に軽くカールした肩下までのミディアムヘア。やや丸みを帯びた幼さの残るフェイスラインに、アーモンド形の目。笑顔になると現れる愛らしいえくぼが彼女のチャームポイントである――四人のうちの一人は、女子高校生ながらにして天才文学者である綾本芙文。
独特な文体と表現技法で、今を時めく、書けば書くだけ売れる文豪だ。
彼女が描く物語は『芙文ワールド』と呼ばれ、これまで執筆した小説はすべて映画化しており、興行収入もたびたび塗り替えている。
多才な彼女は、文学や小説だけでなく、自分で描いた絵を使った絵本制作にも取り組んでいるという。
「ついでに、と言いつつ最後が一番の本音に聞こえるのは気のせいだろうか?」
「いいえ、気のせいじゃないと思うわ」
「かなり儲けてそうなんですけどねぇ……」
と、口々にそんな指摘が飛び交ったのは言うまでもない――ともあれ、他の生徒たちが各々の勉強や研究、クラブ活動に出かけた放課後の教室で、このように分野を異にする四人が偶然という名の必然に導かれ集まった。
季節は春。
四月の終わりの、何かを始めるには打ってつけの時季だった。