表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

第5章-3:文学的な冒険 Value yourself

 やる気十分な芙文をメインとして、四人はついに、『科学的に解明された感情に基づいた物語を生成する』工程へと踏み出した。


「深層心理を物語に落とし込むには、ざっとこんな感じのプロセスが必要だよっ」

 芙文がデジタルホワイトボードに書き出した手順は、次のようなものだった。


 ①物語のプロット構築

  物語の大枠を考え、キャラクターの性格、背景、目的などを定義する。

  感情エネルギーの式を用いて、キャラクターの心理的動きをプロットに組み込ませる。


 ②シーンごとの感情マッピング

  物語の各シーンとキャラクターの感情の流れを関連付ける。

  感情エネルギーの式を用いて、シーンごとに感情の高低を描写する。


 ③ダイナミックなキャラクター開発

  キャラクターが経験する感情を通じて、彼らの変化を描く。

  感情エネルギーの式を用いて、キャラクターの内面の葛藤や成長を表現する。


 ④感情のピークとトラフの描写

  物語のクライマックスや重要な転換点での感情のピークを描写する。

  感情エネルギーの式を用いて、感情の爆発や沈静をリアルに表現する。


 ⑤読者の共感を誘う描写

  読者がキャラクターの感情に共感できるような描写に編集する。

  感情エネルギーの式を用いて、読者が感情移入しやすいシーンを創り出す。


 ⑥物語のリビジョンと編集

  草稿を見直し、感情エネルギーの式に基づいて物語の感情的な遷移が自然であるかを確認する。

  必要に応じて修正を加える。


「いざやるとなると、かなり大変そうね……」

 この概要を見て、心春がたじろいだ。

「百万の感情に加えて、感情エネルギーの式でさらに感情の解像度が上がったから、それぞれ膨大な作業量になるだろうねっ。どれだけ考えないといけないんだろう? さすがにこれはお手上げかも……」

 やる気に満ち溢れていた芙文だったが、彼女も途方に暮れていた。

 分かってはいたものの、実際に手順を書き出してみると、その作業の膨大さに自身も圧倒されてしまったのだ。


「芙文、今までの作品の原稿はデータに残ってる?」

 ややあって、数多が尋ねた。

「それはもちろんっ! 全部データに取ってあるよっ!」

 芙文が答えた。

 原稿を考えるときはアナログな方法を好んでいる彼女でも、現代の技術の恩恵を受け入れていた。

 完成した作品はすべてデジタル化され、クラウドに保存されている。これにより、どこにいても自分の作品にアクセスできる安心感があった。

「だったら、過去作品やメモでもいい。できるだけデータセットにまとめておいてくれ。心春は、そのテキストと感情を紐付けたデータセットを用意してほしい。その後は、僕らの腕の見せ所だ――な、理化?」

「ええ。難しいですが、やってみましょう」

 数多がウインクすると、理化もその意図を察したように頷いた。


***


 学園の最先端の情報室に並ぶコンピュータは、内に秘めた無限の可能性とは対照的に、スリムで洗練されたデザインだ。

 まだ何も生まれていない、白紙のスクリーンの前に数多と理化が並んで座る。

 彼女たちがキーボードに触れると、コンピュータに新たな命を吹き込む儀式が始まった。


 理化は、画面に表示されたコーディングインターフェースを操作し始める。

 芙文の文体と物語の傾向を学習するAIの初期設定のためのコード、芙文の作品からAIを訓練するためのコードを次々と打ち込んでいく。

 理化の指は、キーボードに触れるたびに、まるでピアニストが鍵盤を奏でるように滑らかで確かな動きを見せた。

 コードが織り成す複雑なパターンを目で追いながら、時折、数多のほうを見やり、彼女の進捗を確認した。


 数多は、理化が入力したコードに目を通し、データ分析とプロット生成、感情分析のアルゴリズムを織り交ぜていった。

 データ分析アルゴリズムは、芙文の作品から感情を抽出し、感情エネルギーを分析する。

 プロット生成アルゴリズムは、物語の構造や展開を提案し、芙文の文体で表現する。

 そして感情分析アルゴリズムは、各感情がもつエネルギーの強度を計算し、どの感情が物語のどの部分で強調されるべきかを決定するためのものだ。

 淹れたコーヒーがすっかり冷めるほどに、数多は頭の中で組み立てたパズルをコードへと変えていくデザインワークに没頭した。

 芙文の作品に宿る感情の波紋がAIによって読み解かれ、物語の種となるべく、コードの海に解き放たれていく。


 二人は数学と科学の叡智を結集させ、芙文の文体と傾向を理解した物語を生成するための人工知能を創り出していた。

 芙文が用意した過去作品のテキストデータセットと、心春が感情を対応付けた感情データセットを読み込ませては、AIのモデルを訓練する。

 二人が失敗から学び、プログラムを修正し、試行錯誤を重ねる間、AIもまた成長していく。

 それは、AIが少しずつ世界を理解していく過程だった。


 この物語生成AIは、芙文の過去の作品を解析し、エッセンスを抽出して、新しい物語を紡ぎ出すための力強い味方となった。


***


 そして、ついに一連のプログラムが完成し、コンピュータの画面には芙文の文体を模倣した文章が表示された。

 それは、まるで芙文自身が書き留めたかのように、繊細で情感豊かなものだった。


「すごい」

 文章を見つめていた芙文が感嘆の息を漏らす。

「比喩も隠喩も、文のリズムまで完璧だよっ」


「今までは設計だけで済んだけど、この先は実際に動くプログラムがないと厳しいだろうからね。これが、感情方程式物語が形になる第一歩だよ」

「しかしこれもまだ、ただの初期バージョン(プロトタイプ)です。これから芙文さん自身がフィードバックして、物語を磨き上げてください」

 数多と理化も、まだ完全な形ではないものの、夢と情熱が詰まった発明の最初の部分が出来上がったことに、興奮を隠せない様子で言った。


「ありがとうっ! 今、ものすごくものすごくものすごーく、物語のアイデアが浮かんできたよっ!」

 芙文はそう言うと、物語生成AIを前に、新しい物語のプロットを構築し始めた。

 彼女はディスプレイに映し出された感情エネルギーのグラフを見ながら、同時にキャラクターの心理的な遷移も練り上げていく。


「この物語の主人公は、宇宙からやって来た感情の色を変える魔法を持つ猫なのっ。名前は……ムーンフワッフィー!」

「ムーンフワッフィーって、どこかの洗剤の名前みたいですね。彼の感情も洗い流すストーリーはどうです?」

「言うほど洗剤っぽいか? ……もしかして、『フワッフィー』と洗い上がりの『ふわふわ』を掛けてるのか?」

「うふふ、感情の汚れを落とす物語、面白いかもしれないわよ。ムーンフワッフィーが心をピカピカにしてくれそう!」


 他の三人も芙文の周りに集まり、創作のプロセスに花を添える。

 芙文はその意見を参考にしつつ、人の心に隠された汚れを見つけ出し、綺麗な色へと変えていくムーンフワッフィーの冒険を描き出す。


 そして物語のクライマックスで、彼は最大の挑戦に直面する。

 彼は、感情の色がグレーに染まった街を再びカラフルにするために奮闘するのだ。


「ムーンフワッフィーは、グレーな街をカラフルにするため、感情の色を一つひとつ丁寧に塗り替えていくのっ」

「感情の色を塗り替えるって、心のインテリアデザイナーみたいね!」

「彼が心のインテリアデザイナーなら、カラフルになった街は彼のアート展覧会かな?」

「ムーンフラッフィーのアートで、読者の心もカラフルに染め上げましょう!」


 芙文は友人と語らうように、自分の思いの丈をAIに吹き込んでいった。

 彼女の発想はデータの行々に息づき、デジタルな世界に彼女独自の色を塗りたくる。

 それは、彼女が長年胸に描いてきた、ありとあらゆる芙文ワールドの結晶であり、創造力の集大成だった。

 AIもそれに呼応して、彼女の言葉を丹念に拾い上げ、それぞれの意味を慎重に解釈し、新しい物語の種を蒔いていった。


 学習を重ねたAIは、彼女の創造した世界を理解し、それを基に新しい物語を創り出す。

 芙文は、その物語を読み返し、細部にわたって調整を加えていく。


 彼女の独特なスタイルに合わせて何度も編集と改訂を行うことで、物語はさらに洗練され、彼女の内なる世界と完全に一体となっていった。


***


 そうして最終的な草稿が完成すると、芙文は最後の仕上げとして、心春に心理学の専門家としての洞察を依頼した。

「心春っち、この物語の感情の流れ、自然に感じるかなっ?」

 芙文は手にした草稿をおずおずと心春に差し出しながら、答えを求める眼差しを向けた。

 しかし、心春はその問いに対してただ微笑むだけで、草稿を受け取ろうとはしない。

「読んでみせて。感情の波は心の音楽だから、その旋律が聴きたいわ」

 と優しく言葉を返した。

 彼女はゆっくりと目を閉じ、物語の感情の色を思い浮かべ、感情の中の世界に入り込む準備を始める。

「うんっ!じゃあ、気品溢れる優雅なお嬢様が、自分の力に目覚めるところから……」


 芙文は、声に出して物語を読み始めた。

 彼女の言葉は、キャラクターの感情のスペクトルを精妙に描き出し、物語の世界をリアルに再現していく。

 心春はそれに聴き入りながら、少し経ったところで、主人公が自分そっくりのキャラクターだということに気付いて目を丸くする。

「……あら? この主人公、わたしに似てない? ムーンフワッフィーが感情の色を変える魔法を持つ猫だったから、その設定を学習して、感情の色が見えるっていうこんなキャラクターが出来上がったのかしら?」

「えへへ。実は、心の色が見える、天才心理学者の美人お姉さんキャラクターもAIに教えちゃったんだっ。クールで冷静沈着な天才数学者キャラクターと、誰よりも熱い天才科学者キャラクターもいるよっ」

 芙文は悪戯っぽく舌を出して言った。

「ダイナミックなキャラクターを創るのに、みんなのイメージがぴったりだったんだもんっ」


 芙文の話が聞こえた数多と理化も、自分たちがAIにどう描かれるのか気になる様子で近寄ってくる。

「わたしたちも物語の登場人物になってるの? それは、読者を絶対に退屈させないでしょうね」

 心春はくすくす笑って物語の続きを促した。

 彼女は、芙文によって再開されたキャラクターたちの心の旋律を聴き、感情の流れを確認していく。

 物語の中心には心春を彷彿とさせる心理学者が登場し、彼女の知的な分析と鋭い眼識が、物語の筋をしっかりと導いている。


「一つ目の事件が解決したけど、この物語ではこの先も、心理学者が感情の色を読み解いて心の謎を解き明かしていくのっ」

「まさに今、わたしが日々やっていることね。AI、なかなかやるじゃない」

 心春は自分の日常と重ね合わせてみせた。

「ふふん、私たちが創ったAIですから」

 感心する心春に対し、理化が得意げに胸を反らした。


 心春は、物語が進むにつれ変化していくキャラクターたちの心理描写に着目して、注意深く聴いている。

 彼女の専門的な視点から、心理的な変化がリアルに感じられるかどうかを評価しているのだ。

「このシーン、感情の変化が急すぎるかもしれないわ。もう少し滑らかに感情が移り変わるように調整した方がいいかも」

「分かった! 感情が変わる瞬間をもっと丁寧に描写してみるねっ!」

 芙文は心春のアドバイスを素直に聞き入れ、草稿をペンで修正する。

 文壇にその名を轟かせるほどの文豪でありながら、他人の意見を受け入れるとは意外であるが――そもそもそうでなければ、洞察など依頼しないのだろうが――壁を作らずに新しいものを取り入れる姿勢こそ、彼女の作品を常に斬新で、素晴らしいものにしているのかもしれない。


「感情エネルギーの式が、感情のトラフやピークにしっかり反映されているね」

「私たちの研究の成果が出てますね。それにしても、自分を客観的に見るのって新鮮ですねぇ」

 数多と理化も見守る中、芙文は心春の協力を得つつ、物語を磨き上げていった。

 彼女のペンは、キャラクターたちの感情をより滑らかに描き、読者の心により響く物語を創り上げていく。


***


 そうしてついに、感情を美しく再現した物語を生成するAIの基盤が出来上がった。


「AIがどんどん知識を吸収して、学んでいく様子を見るのはとても楽しいわね。それも、これからもっと賢くなるわ。心理学的に言えば、成長過程にあるということ。わたしたちの発明は完成に向けて、確実に進んでいるわ」心春は微笑みながら言う。

「なんだか親になった気分だよね。本当に生みの親ではあるんだけどさ。AIは永遠の未解決問題のようなもの。でも、その解を求める過程が、実は一番面白いんだよね。今までのデータと数式が、新しい物語を生み出すのが楽しみだよ」数多はしみじみと言う。

「科学だって、まだ完全な形を見せていない深層を探るのが醍醐味なんです。エウレカ! 実験と観察から得られるデータが、これからどんな物語を創り出すのか、発見の瞬間が待ち遠しいです」理化は頷いて言う。

「無重力

 蓮の花浮かぶ

 文の唄


 宇宙の果てに咲く一輪の花――それはまるで、ふわふわだけど強い心を持ってるフワッフィーみたいっ!

 そして、そのすべてを物語にするのがあたしの役目だねっ!」芙文が満足げに物語の最後のページをめくった。


 こうして、芙文は仲間と協力しながら、科学的に解明された感情のデータを基に物語を丁寧に紡ぎ出していった。

 彼女の独創的な表現力と豊かな世界観は、物語に深みと色彩を与え、読者に最高の読書体験を提供する。

 芙文の発想が、希望の絵を描く筆となった。

 感情方程式物語は、彼女たちの手によって新しい章を迎えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ