拝啓、はこの中よりお母さまへ
ざあざあと雨が降る。自分があげる泣き声を掻き消すくらいに煩かった気がする。周囲を気にして挙動不審になりながら防犯カメラもない利用者の少ないロッカーを開いて。
ぱたんと扉を閉めた母親はどこかへと消えて行った。
ぶーん、ぶーんと虫が飛んでいる音が聞こえる。肉が腐敗して溶けて。流れ出した様々なものが混ざり合った液体が溜まっている。
その中心に小さな体の俺がいる。ずっと、ずっと母親が帰ってくるのを待っていた。
そのうちに警察がやってきた。腐った俺を回収して、鑑識がコインロッカーの近辺を探って手あたり次第防犯カメラの映像を遡ったり忙しない事で。
まぁ、そうやって騒がしくなっても母さんはこないわけで。
どうしてるんだろうねぇ。目開いてなかったから母さんの顔わかんないし。何となくのにおいと血の暖かさと羊水の感覚。それくらいかなぁ、覚えてるのは。
曰く付きになったロッカーは元々人通りが少ないとこにあったのもあって使用者はそこまでいなかったけど更に利用する人がいなくなった。けど、それでも駅前の利用者が多いところが埋まればこっちに流れてくるのは必然なわけで撤去はされなかった。
気味悪がってても何も起きなければ数年経てば元通り。
色んな人が来るのをじっと眺めながら俺はまだまだ待ってた。
勿論、母さんが来るのをね。
「……大変そうだねぇ。どこまで行くの?一つ持ってあげようか?」
大きな大きなお腹で買い物袋なんか提げちゃってさ。不用心にこんなとこまで来て、昔要らないって捨てたものの事なんか忘れちゃった?
驚いた顔をして遠慮してからおずおずとお礼の言葉を言って甘えて荷物を渡してどこそこまでって。踏切りの音が心地よく耳に響く。連れ立って歩きながら他愛ない話をしては、何だか臭うねなんて。
そりゃそうだ。母さんは肉が腐っていく音も虫が湧いて食われていく悍ましい光景も臭いも知らないもんね。
「俺とその子の違いは何だったのかな」
電車が通過する直前、小柄な背中を突き飛ばし足を縺れさせながら倒れて行く母さんに問いかけた。
潰れる音。生臭いかおり。蜩の鳴き声と騒然とする人の声に俺の姿は掻き消されてそこにはきっと何も残らない。
―――ああ、今、どこかで赤ん坊の声がした。