撤退戦
◇◇◇
医務室のベッドに横たわり、まだ目が覚める気配のない悠を見ていると、嫌でも姉のことを想像してしまう。
もう二度と、目を覚ますことは無いのではないか、また一人、自分は大切な人を失ってしまうのではないか、そんな思考が頭を過る。
「姉さん……私は結局何も……」
戦争に参加し、兵士として戦うと言う事は、必然的に誰かの命を奪うことに繋がる。勿論、大切な誰かを失うことも大いに有り得る話だ。例えそれが、自ら望んだ戦いでは無いとしても。
九州防衛の要として、日本の最終兵器として、私達は常に最前線で戦い続けてきた。二年半と少し前、何も知らされないままABパイロットの養成学校に入学させられ、最低限の訓練を終えると実感が沸かないまま実戦に放り出された。
三ヶ月前 沖縄撤退戦
「姉さん!このままじゃ完全に包囲されちゃう!早く後退しないと……」
あちこちから聞こえる悲鳴、泣き叫ぶ子供の声、絶え間無い銃声は沖縄全土を包み込んでいた。
西アジア統一連合国の宣戦布告からニ年半、沖縄への大規模上陸作戦が展開され、日本はついに沖縄本島への上陸を許してしまっていた。
「駄目よ菜月、今私達が退けば避難中の民間人への被害が拡大してしまう。もう少し踏み留まるのよ!」
西アジア統一連合国の戦力は、迎え撃つ日本陸、海、空軍と遊月山学園のAB部隊の実に六倍。
沖縄には横須賀から派遣された多数の空母、イージス艦から成る空母機動部隊と、通常動力型航空戦艦の中では日本最強とされる武蔵に次ぐ戦力を持つ長門が配備されている。
しかしながら敵の圧倒的物量を前に敢え無く制海権を奪われ、一方的な侵攻を許してしまった結果、戦闘は敵の上陸から2時間足らずで市街地戦に持ち込まれていた。
「そうだな、奴らの無差別攻撃で民間人が虐殺されていってる。せめて増援の到着までは持たせないと……っ!?」
悠の言葉を遮るように、空を切り裂くような鋭い轟音が響き、殆ど同時に一同が空を見上げる。
すると彼方から超高速で飛来した物体が上空の長門に接触、艦全体が爆炎に包まれた航空戦艦はその中心から真っ二つにへし折れた。
『長門が落ちるぞぉ!退避、退避するんだ!』
先程まで日本で二番目の強さを誇った航空戦艦は、巡航ミサイルの直撃により空中で二つに分かれた後、ゆっくりと地面に向かって落下。艦内の誘爆によって吹き飛んだ主砲塔が、私達の後ろ、作業中の工兵数名を巻き込んで交差点に突き刺さる。
肉の潰れるぐちゃっという音に、私は思わず目を逸らした。
「マズイわね……これじゃ航空支援は…」
仲間の惨過ぎる最期と、長門が落ちたという事実は、この絶望的状況に置かれた私達を恐怖という感情で満たしていく。
防空戦闘の要だった航空戦艦の撃沈は、即ち制空権の喪失をも意味する。
兵士の士気はこれ以上無いほど下がっていた。
「美月!そろそろ引き際じゃないか?俺達の弾薬も限界が近い。どのみち長くは持たないぞ」
悠の意見も最もだ。敵と殆どゼロ距離で戦闘する私の機ならともかく、姉さんや悠、他の遠、中距離タイプのABで戦う仲間は弾薬が尽きれば手持ち無沙汰になってしまう。
何より眼の前に次々湧き出てくる敵兵を捌き切るのが精一杯であり、他の仲間を気遣う余裕もあまり無い。それは共に戦う陸軍の歩兵部隊も同じであり、このまま行くと手詰まりだ。
タングステン製の特大剣を振るう腕が次第に動きを鈍らせて行く。数多の敵兵を力任せに叩き斬ってきたABの腕部は、過剰な負荷により悲鳴を上げている。
「畜生、おいガキ共!俺達が援護するから、お前等は後退して体制を立て直せ!ここで全滅するのだけは避けなきゃならん!!」
止め処無い猛攻の最中、歩兵部隊の隊長と思しき一人の男がそう叫んだ。
その言葉に、すぐさま美月が反応する。
「無茶です!撤退命令も出ていないのに……それに私達AB隊も無しに交戦を続けるなんて自殺行為です!せめて増援の部隊が到着するまで…!」
しかし美月の言葉を遮るように、その男は続けた。
「増援なんて来やしない!それに、全員で戦っても結果は同じだ。それだったら、お前等だけでも生き延びてみせろ!なにもこんな所で無駄死にするこたないんだ!!」
彼の言葉は残酷ながらも正論だった。
全員ここに留まっても、数分後には全滅だ。ならばABを扱うことができる私達だけでも前線基地に戻るのが得策。例えそれが彼等を見捨てることになろうとも、その意思に報いるために行動するのがこちらの仕事というものだ。
それならば、私達がすべきことはただ一つ。
私は美月に視線を送ると、無言で頷いた彼女も同じように頷く。
敵の歩兵部の隊長はその様子を見て安心したようににやりと笑うと、私達は走り出した。