如月型
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中央研究所の地下演習場にて、如月型ABを装着した俺達四十人は、長谷川の号令を待っていた。
俺達が今いる空間は地下にも関わらず高さが五十メートル以上、奥行きも三百メートル程ある広大な場所で、地面には訓練用ターゲットの出現ポイントが幾つか配置されていた。
この空間は、ABを着装した状態でも自由に動き回れるようにと設計されたもので、その壁は対AB用の兵器でも傷一つ付かないらしい。
その壁の上の方にはガラス窓があり、そこから中央研究所の研究員や整備士がこちらを見下ろしていた。
「それじゃ、貴方達にはこの新型にいち早く慣れてもらうわよ。なにせ硫黄島に着いたら即刻実戦も有り得るから、最低限の戦闘はできるようにしておいて」
言いながら長谷川は手元の赤いスイッチを押すと、空間全体が実際の戦場さながらに遮蔽物や起伏が出現し始め、今まで指一つ動かさなかった仮想標的達が次々に遮蔽物に隠れだした。
この演習は訓練用の弾薬を使用するためABを着用していれば死ぬことはまず無いが、ライフル自体は実銃だ。そこから放たれる発射エネルギーら相当なもので、敵の対AB用兵器がまともに当たれば最悪骨折しかねない。
要するに演習だと気を抜いていると実戦前に負傷する羽目になる訳だ。
「習うより慣れろって言うでしょ?それじゃあ行くわよ」
長谷川がもう一度赤いスイッチを押すと、ブザーと共に演習が開始された。
合図と同時に飛び出したのは三人、中等部のエース。あれは確か三年B組、柳田 歩美、有坂 茜、榊原 芽依の仲良しグループだ。
「なんだかよく分かりませんが、敵は全て薙ぎ払ってやるのです!行くですよ!茜、芽依!」
二人に激励を飛ばしつつ、先頭の一人が跳び上がり、脚部の変形とスラスターの展開でフライトモードに移行する。
初めてとは思えないその機動に感服しつつも残りの二人が続いた。
「ふ、歩美ちゃん!勝手に飛び出したら危ないよ?ちゃんと皆と連携しないと……」
「しかしながら、既に戦闘は始まっている。ぼけっとしている暇はない。とりあえず歩美に続くぞ。」
ABはその汎用性故、搭乗者の好みや戦闘スタイルによってある程度搭載兵装のカスタマイズが可能だ。
俺の場合は負傷した仲間の下にいち早く駆け付け、その場で戦闘、治療を行う機動力重視型。
菜月は前線を押し上げ、障害を粉砕するための近接戦型。
結は遠距離から敵を発見、殲滅する狙撃型。
篤也はあらゆる状況に即応可能な汎用型。
勿論他にも地形や状況に合わせて様々な変更が可能である。
現在上空にホバリングしながら弾幕を張っている三人は、全員が面制圧用の火力支援装備て、鈍重ながらも高い攻撃力と防御力により次々と敵を蹴散らしていた。
「中等部のクセにやるじゃない、私達も負けてられないわね」
「そうだな、俺等も行くとするか」
中等部組に続いて高等部の三年生がフライトモードで前進して行く。
しかし、その様子を後ろから見ていた菜月が、俺だけに聞こえるようにボソリと呟く。
俺達は再編成されたばかりの為、基本皆一芸特化だ。それ故に中等部三人のような長期間一緒にいる少数での連携には問題無いが、第一試験隊全員など大人数での行動となると一気に練度が落ちてしまうのだ。
なので今ように三人が突出していると残りのメンバーはフォローが難しくなる。
高みの見物をする長谷川はニヤリと意地悪く笑った。
「へぇ〜。余り物と甘く見てたけど、搭乗経験の無いABを使いこなすなんて、流石は遊月山学園の生徒ね。でも……」
少数での戦闘はどうしても視野が狭くなる。すると当然視界外からの攻撃は致命傷になりうるのだ。
「なっ!?」
残りの生徒も徐々に戦線に参加しつつあるとはいえ、互いに名前も知らないと連携は取ろうにも取れない。
轟音と共に発射されたそれは、目を見開く以外の行為を許さず、上空の一人に直撃した。
「歩美ちゃん!?」
茜の悲痛な叫びも虚しく、着弾の衝撃により吹き飛ばされた歩美はそのまま地面に叩きつけられた。
彼女の重装備仕様のABは増加装甲とバッテリー式のエネルギーシールドによりかなりの防御力を誇っているが、それは歩兵のライフルなどに使用される一般的な小火器弾薬に対するものだ。だがたった今発射されたのは『砲弾』と呼べるものであり、ABや人間相手に直接照準で使うものでは無い。
訓練用の弾薬とは思えない程の爆炎に一同が言葉を失い、上空からの火力支援が一時的に止む。その隙を狙い、歩美を撃ち抜いたその兵器は稜線から這い上がる。
この時代、戦場において戦車砲弾を主兵装とする兵器は二つ。一つは大昔より常に戦場の主役となってきた戦車。
そしてもう一つ。それは……
「アームドパンツァー……あんな物まで……」
頭部が無く、腕の代わりに二百三十ミリメートルのライフル砲が搭載された巨大なABのような形のその兵器は、これまたシャード技術の賜物である。
ABと神経接続ができない一般兵の為のABというコンセプトの下に開発されたアームドパンツァーは、全高15メートル程度の二足歩行兵器であり、シャードコアエンジンによって稼働する無人機である。
シャードコアの制御装置を搭載するにあたって大型化した為にABのような機動力を活かした戦闘は不可能なものの、ABとは比較にならない程の防御性能と兵器搭載量を手にした。
アームドパンツァーはその鈍重さ故に接近戦には弱い。固定砲塔のような運用をすることによりABを上回る面制圧力を発揮するが、今回のように上空をホバリングするABを戦車砲で撃ち落とすなど前列の無い運用方法だ。
いかな訓練用弾薬と云えど戦車砲弾など食らえばただては済むまい。直撃をうけた歩美は、それでも何とか起き上がろうと身を起こす。
他の二人も歩美の援護のため地上に降りるが、それは上空からの火力支援が完全に途絶えたことを意味する。流石にこれではまずいと、俺達四人もそれぞれ分かれて行動を開始した。
最前線は他の三人に任せ、俺はとりあえず歩美の下に向かう為にフライトモードを起動した。
演習前に長谷川に説明されたことを思い出す。
ABと俺は神経接続されているので、特別操作するべきものは無い。俺は軽く跳躍すると、ABの脚部が変形してフライトモードへと移行した。
「こりゃ慣れが要るなぁ。中等部連中もよくやるもんだ」
自由に飛べるのかと思えば、中々思い通りに動いてくれない。少々ぎこちない動きだが、徒歩よりは断然良い。俺は十秒としない内に歩美の傍まで辿り着いた。
「無事か?派手に食らってたが」
歩美は茜に肩を借りながら立ち上がっていたが、幸いにも彼女自身への外傷は無さそうだ。
三人は一度怪訝そうな顔でこちらを伺ったが、胸部装甲板に描かれた赤十字を見ると理解したように頷いて答えた。
衛生兵という兵科は、本来訓練ではあまり出番が無いものだが、俺の場合は戦闘行動と応急処置は半々といった塩梅なので、それもあってすぐに気付いてもらえたようだ。
「衛生兵?橘先輩ですか……とにかく、私は大丈夫ですが、それより問題はあれなのです」
歩美が指差す先には、稜線から上半身だけを出して砲撃を続けるAPの姿がある。現在はこちらを照準してはいないようだが、一度撃たれた以上また砲撃されないとも限らない。
ならば早々に陣地転換するのが懸命であろう。
「次あれを撃たれたら、たまらんからな。二人は下がってくれ、アイツから狙われない位置までな」
言うと俺は芽依の方に視線を向けた。
「あのアームドパンツァーを黙らせるぞ。火力支援が欲しいんだが、行けるか?」
芽依は歩美の様子に一瞬心配そうな視線を送るが、此処に居ても仕方が無いと判断したらしい彼女は一言「了解した」とだけ言うと、撃ち尽くした肩のロケットポッドをバージしてフライトユニットを起動した。
歩美と茜が後退したのを確認すると、俺達二人はアームドパンツァーが陣取る稜線に向かって一気に距離を詰めた。
アームドパンツァーのセンサーが急接近する俺達を捉え、胴体下部の旋回式機銃がこちらを向くが、ABの機動力なら問題は無い。
横薙ぎの連続射撃を急上昇で避けると、俺は隣の芽依に合図を送る。
「歩美の仇、今こそ」
芽依は装甲とエネルギーシールドに物を言わせ、援護の歩兵からの銃撃に耐えながらホバリングで上空に静止したまま両腕のガトリング砲を叩き込む。
機銃の死角からの攻撃に、左右の砲塔は旋回が間に合わない。
装甲の薄い胴体部上面に掃射を浴びたアームドパンツァーはそのまま前のめりに擱座した。
芽依はそのままくるりと反転すると、天にガトリング砲を掲げる。
すると、少し間を置いた後に無線からどっと歓声が上がった。なにせ強敵を討ち倒したのが部隊の最年少なのだ。無線には「まだ死んでないのですっ!」と歩美の抗議の声が挙がるが、誰も気にすることはなかった。
脅威は撃破した。後は残敵の掃討だけだと皆が油断したとき、アームドパンツァーの制御中枢は不意に息を吹き返した。
「野郎まだ生きて……こいつなかなかしぶといぞ!」
再起動と共に展開されたサブアームからはレーザーブレードが光っている。それは敵に背中を向けたまま完全に無防備な芽依に向かって付きだされ、そのまま彼女の腹部を貫通……
「やらせない!」
間一髪、飛び込んで来た菜月が自身のブレードでサブアームの攻撃をギリギリ受け止めていた。
「もう誰も……姉さんの様には!」
菜月はブレードを弾き返すと、力まかせにサブアームを蹴飛ばす。
ABのパワーアシストによって何十倍にもなった衝撃に、たまらずサブアームが半ばからへし折れたが、それは奴が再度姿勢を起こすのには十分な時間だった。
センサーが目標を捕捉し、機銃が攻撃を再開。今度は菜月を直接照準し、矢継ぎ早に連射する。
結や篤也も続け様に合流するが、二百三十ミリ砲に牽制されてなかなか顔を出せないでいた。
それにしてもあの長谷川という研究者、訓練用の敵機にレーザーブレードを搭載するなど、本気で死人が出る。現に菜月の助けが無ければ芽衣は間違いなく腹部を貫かれていただろう。控えめに言って『狂ってる』が、この訓練を乗り越えねば実戦は程遠い。何とかこの状況を覆す一手が必要だ。
狙うは胴体装甲上面、芽衣の攻撃で剝き出しになった制御中枢。隙ができた一瞬の内に大火力を叩き込む必要がある。アームドパンツァーは突撃を警戒して俺達と距離を取った為、通常ABの全力では先の俺と芽衣の不意打ちのような急接近は厳しい。
……が、俺のABなら可能性はある。軽量で機動性重視、何よりそこに如月型の従来以上の推力ならば。火力の問題は心配無い。俺は如月型に合わせて支給されたまだ新品のアサルトライフルを見た。
「コイツで制御中枢を吹っ飛ばしてやる」
バレル下部に装着されたグレネードランチャー。装填された四十ミリのグレネード弾は炸裂する瞬間を今か今かと待ちわびている。
すると、不意にアームドパンツァーからの機銃掃射が鳴りやんだ。オーバーヒート。そして奴の主砲はこちらを向いていない。接近の好機は今しかない!
スラスターを全開に吹かし、一気に高度を上げる。
「悠っ!何を!」
叫んだ篤也を気にも留めず、最大加速でアームドパンツァーに向かって突っ込む。急激な加熱に悲鳴を上げるバーニアは音速に限りなく近づいたが、目標は眼前。姿勢を百八十度変更し逆噴射する。強烈なGに目の前が真っ暗になるが、わずかに残った意識の中で敵の制御中枢に狙いを定める。
しかし、自動機械の本能は最後まで足掻くのを辞めない。片方の主砲をパージして後方に飛びずさりもう片方の主砲の旋回の為の時間を稼ぐ。巨大なライフル砲は、こちらを確かに照準した。その刹那、俺がグレネードランチャーの引き金を引くのとアームドパンツァーの主砲が咆哮するのはほぼ同時だった。
グレネードの爆炎はアームドパンツァーの制御中枢を木端微塵に破壊し尽くし、俺は今までに経験したことのない衝撃と激痛に意識を失った。






