プロローグ
人が一人、また一人と死んで行く戦場の中で人の命を救う。衛生兵とはそういうものだ。自らの手で命を奪い、血に汚れたその手でまた人を救う。全く矛盾していて、キリがない。
だがその行き方に疑問や迷いなどは抱くことは無い。なぜならそう生きると誓ったから、殺して殺して殺し続ける戦場の中で一人でも多くの命を救う為に……
◇◇◇
人類がシャードと呼ばれる魔法技術を発見してからというもの、戦争は変わった。
シャードは特に従来の歩兵主力兵器である着用型強化外骨格『アサルトバスター』に多大なる影響を与えた。
人間を完全に覆うように装甲化された強化外骨格は『AB』と呼ばれ、それ単体だけで実に重量二百キログラム。人間では到底扱動かすことの出来ないそれは、補助動力バッテリーが必要であり、必然的に活動可能時間も限られてしまっていた。
しかしシャード技術を活用し作られたシャードコアを動力に用いることによってABの活動可能時間は飛躍的に向上し、機動性の大幅増加や、より重量のある武装を搭載することも可能にした……が、そんなシャードにも弱点があったのだ。
AIによる機動アシストだと、本人の思考から実際に機体が動き出すまでにほんの僅かな誤差が生まれ、その誤差が戦場での生死に関わる。
その為パイロットはAB本体と神経接続をする必要があった。
しかしシャードはその強すぎるエネルギーをフルに活用するための適切年齢が存在する。この適切年齢に当てはまらない者が無理に機体と神経接続すると、身体が溢れるシャードをコントロールできずにシャードが暴走し、パイロットが死に至る。
そしてその適切年齢というのが、12〜18歳の男女。つまりは中学生、高校生の少年少女達を兵器に乗せる必要があったのだ。
勿論の如く民衆はこれに反対、しかし現在隣国と戦場状態にあった日本はABのパイロットの育成を義務化し、国を守る戦士を育て上げていた。
俺、「橘 悠」はパイロット養成学校遊月山学園の一年生。俺は衛生兵として戦場を駆け回っていた。今日、この瞬間も……
◇◇◇
遊月山学園の二年生、相川 美月。彼女のABは腹部、胸部装甲が殆ど脱落し、ダラダラと血を流しながら一つ下の妹である相川 菜月に手を握られて横たわっていた。
「ね、姉さん…私が、私なんかが出過ぎたせいで…ごめんなさい!」
絶えない銃声と未だ降り頻る砲弾の中で、菜月は姉に呼び掛け続ける。
レーザーブレードによる重度の熱傷及び刀傷。妹を庇い数度の斬撃を食らったであろう彼女の呼気は今にも途切れそうな程浅く、苦しそうだ。
だかそんな彼女を心配する妹を見て、美月は優しく微笑みながら途切れそうになる言葉を紡いで答えた。
「妹を……護るの……お姉ちゃんとしての役目だから……」
「だから、泣かないで……私、菜月の泣き顔より笑った顔の方が好きだよ……?」
美月は弱々しく妹の手を握り返すが、ABの装甲板は体温を通すことはない。重い金属音だけが虚しく響いた。
その姉の言葉に菜月は勢いよくこちらを見ると、泣いているのか、怒っているのかわからないような声で叫んだ。
「悠っ!……姉さんは助かるよね?絶対にこんなところで死んじゃったりしないとよね?…ねぇ!?」
彼女は必死に俺に訴え掛けるが、レーザーブレードは食らえば殆ど即死レベルの武器だ。それを数回斬られたともなれば、回復は絶望的。今こうして話せているだけでも奇跡と言えるほどであろう。
そしてもう一つ、鎮痛剤、その他薬品、包帯類は残り僅か。助からないと分かって彼女を治療すると、確実に助かる命を助ける事が出来なくなってしまう。
躊躇してしまう俺を見て、美月は察したように呟いた。
「そう……誰だって分かるわよ、この傷じゃ…もう助からないんでしょう?」
悔しいが、その通りだ。俺は衛生兵として、眼前の命の為に全力を尽くすべきなのだろうか、それとも一人でも多くの命を救う為の行動をするべきなんだろうか。
「何…言ってるの姉さん!悠!お願いよ…お願いだから姉さんを助けてよ!衛生兵なんでしょ!?」
菜月は俺の肩を掴んで訴える。様々な葛藤が頭を過ったが、やはり俺は彼女の最愛の姉をここで見捨てることはできなかった。
鎮痛剤を投与し、止血する。重度の熱傷は今手持ちの物でどうにかすることは不可能だが、それでも俺はできるだけのことをやろうとした。
そして最後の止血薬を打とうとした時、不意に腕を掴まれた。
「悠?それが…あれば、他の誰かを助ける事が、できるんでしょう?それを私に使うのは勿体無いわ……悠、ありがとうね、私はいいから…他の人の所に、行ってあげて?」
今にも途切れてしまいそうな声で、彼女はそう言った。助からない自分ではなく、自分以外を助けてあげて欲しいと。
不甲斐ないと、ただそう思った。眼の前の命すら救うことができないなど衛生兵として、何より彼女の友人として失格だ。
だかその彼女が他の誰かを救えと言うのならばそうしよう。菜月はそれでも引き下がることはなかったが、美月は最後の力を振り絞り俺達二人に語りかけた。
「悠……菜月をお願いね?この子はいつも私の真似をしようとするけど本当は凄く、寂しがり屋なの……だから側に居てあげて欲しい……これが私からの、最後のおねがい」
今この瞬間も時間は瞬く間に過ぎ去って行く。現在の戦況は最悪だ。
前線司令部が砲撃で吹き飛び、混乱する指揮系統によりまともな指示も出せず、孤立した部隊が各個撃破されてゆく。
さらに追い打ちのように敵の増援部隊が到着し、友軍の防衛ラインを食い破る。もはや一時の有余も残されていない、早く撤退しなければ、三人とも共倒れだ。
「分かったよ美月、命に変えても守り抜くさ。だから安心してくれ」
それを聞いた美月は、心の底から安堵したような表情を見せ、そのまま息を引き取った。
「行くぞ菜月。撤退だ……本当にすまない…」
「っ…!」
彼女は酷く悔しそうな顔をしながらも、俺が美月を救えなかったことを攻めはしなかった。