59 向かいのアパートからの視線
魔王領内のとある廃墟。
その一角で人間たちの言葉で、大聖堂と呼ばれた一際大きい建物に反魔王派魔族が集う。
ここから見えるだけでも、何百と言う魔族が階段を上がった上にある、破壊された女神像の前に立つ女に視線を向けている。
「魔王を殺す糸口を見つけた」
女が低めの声音で言うと大聖堂内がざわつき始めた。ざわつきは新たなざわつきを生み出し各所に伝播する。
その光景に女は満足そうに頷く。
元は人口五万を超える大都市であったが20年前の人間との戦争で魔王軍がこの土地を占拠した。
住民達は戦争が本格化する前に、国から避難を強制され半ば無理やりに近い形で、故郷を離れ全国各地に避難民として散った。
もう20年、まだ20年、人によって感じ方は曖昧だと思うが避難民にとっては20年と言う歳月は長過ぎた。
生まれたばかりの子供は成人し家庭を持った者も少なくない。その子供達にとっては故郷はこの街ではなく物心ついた時から住んでいる今の街なのだ。
一方、ずっとここに住んでいたある一定年齢よりも上の層の人たちは20年が経とうと故郷はこの街なのだ。そして20年と言う年月は人が死ぬには十分な時間だ。すでにこの街に住んでいた高齢者層の半数は死んだと言われている。
この街の存在を覚えている者は数少ない。
それはこの街のことを忘れてしまったからではなく、この街と同じような出来事が各地で起きているためである。同じような出来事が起きた、数多くの街の一つでしかない。
自分たちにとっては忘れられないことだろうが他人にとっては数多ある出来事の一つでしかない。
そして街を占拠した魔王軍は、さらに前線を目指し、いつしか魔王軍からも忘れ去らた廃墟となったその街に反魔王は生族達が住みつくようになった。
ざわつきが収まったのを見て女は言う。
「今、歴史の分岐点に私たちは立っている!
今! 私たちは世界の決定権を握った!
今! 魔王を殺せる道筋がはっきりと見えた!」
ざわめきが突如悲鳴と叫び声に変わる。
『ぎゃぁぁぁあ!!!』
「魔王!!」
いち早く何が起きたかを理解したものは皆、その名前を叫ぶが叫んだ瞬間、眠るように倒れた。
「予定変更だ。至急、我が城に戻ってこい」
「かしこまりました。魔王様」
フードを目深に被った人物は、唯一生き残った女にそう声をかけると姿を消した。
♢ ♢ ♢
串焼きを3本一気に口の中に放り込み肉だけをうまく噛み串を抜き出した。
「うまい!」
その食べ方は本当に美味しいのか? と言った視線でダニエルが見ている。
そんな目で見られても魔王は気にせず口いっぱいに詰め込んだ肉を噛み砕こうとしているが、なかなか噛み砕けず無理やり飲み込み、胸を抑え目は血走り、荒い呼吸を無理やり押さえつけた。
「はあ、はあ、はあ! 酸欠で死ぬかと思った」
それをなんだこの馬鹿? 死ねばよかったのにと口には出さないがダニエルのその目がそう言っている。
今日は日用品の買い出しということで街に出て来たが買ったものは日用品でなく食べ物が大多数を占めた。心なしか食べすぎたのかオグワの腹が少し膨らんだ。
「なんだその目は! 我が死んでもいいのか? 我が死んだら枕元に化けて出てきてやるぞ! そうして串焼き〜串焼き〜で呪文のように唱えてやる!」
ダニエルがそんな目を向けている原因は魔王であるがオグワはそんなこと気にしない。
勝手に自殺して化けてくるな。
地味に迷惑な幽霊を殴りつけなくなったが幽霊は殴れない。だから遠慮なく全力で殴り飛ばせる。
これが実体であればダニエルは拳1発で人を殺すことも可能だ。
「あぁ、じゃ死ね」
「嫌だ」
躊躇いというものが一切ない拳がオグワに迫る。
魔王は膝から崩れ落ちた。
ダニエルが魔王のレバーをブローしたからだ。
ゲバッ! と大きく息を吐き出した魔王はわざとらしく地面とキスし「あぁーあぁー」と呻き声を上げる。お腹を抑え生気のない目で「痛い」と呟いた。
そんなオグワの様子を伺うこともせずダニエルは自分の拳を触り何かを確かめている。
「あれ? 実体? 嘘。死んだから幽霊に化けて出てきたんでしょ、幽霊は殴れないはず……」
自分の拳の痛みと地面に倒れているオグワを交互に見比べ首をコテンっと傾げた。
「我はまだ死んでいない」
「なら今死んだな」
何事もなかったかのように立ち上がって来たオグワをもう一回寝かせた。
可哀想。と言う感想も生まれるかもしれないがこのぐらいしとかないと魔王は調子に乗り、より厄介な惨事をもたらすのだ。これは子供に対する躾と同義だ。子供を躾けると同じように魔王も躾けなければならない。
「今日は、いつになく酷いではないか」
地面に倒れ込んだ魔王は呟き死んだフリを継続する。だが喋っているせいでその演技も全てパーだ。
「置いてくぞ」
「我死んだ」
「あっそ、じゃ火葬にする? 土葬? それとも海に散骨にするか?」
「ふん、そんなに我を殺したいのか?」
鼻を鳴らし臍を曲げた魔王は起き上がり服についた砂を叩き落とすと親に怒られた子供のようにプンスカ言いながら先に歩いて行こうとするが腕輪が光りだし急ブレーキをかけて慌ててダニエルの近くに戻って来た。そうしたら腕輪は光らなくなった。
「偉いぞ」
にこやかな笑みを浮かべながら魔王の肩を握る。
「もう逃げるなよ」
「はい」
肩を掴んでいた手を離すとダニエルは後方を気にしているのか何かを探している。
「どうしたのだ?」
「いや、誰かに見られてたような………」
「貴様はいつものことであろう、誰かに見られてない時などあり得ない」
考え事をしているダニエルは慰めの言葉をかけたオグワに何故か何か違和感を感じた。
「おい、俺だって1人の時はあるぞ」
「そうか? 反対のアパートからいつも視線を感じるぞ」
「怖! 誰だよ」
オグワの言う通りダニエルのアパートの前の建物の一室で1時間交代でダニエルのことを監視している者たちが居る。交代で見ているだけである。
直接の武力行使やダニエルの部屋への侵入は一切していない。
裏の話によればその権利の売買が行われているとかいないとか。
「貴様のファンクラブの誰かだろ」
「主語が違う『俺』のじゃない。勝手に結成しただけだ」
ダニエルが勇者になる前から何故かファンクラブと言う謎の組織が活動していた。
皆勇者の甘いマスクと惚れ惚れとする仕草に女にされた女の子たちである。
勇者ファンクラブには原則として勇者のことを愛している女の子しか加入できない。そして今現在、割り振られた会員番号が7桁を突破したと言う噂も散見される。
一応年会費というものがあり一定額を払うと盗撮した勇者の生写真や勇者の抜けた髪の毛などが年に二回特典として贈られてくる。
「ファンクラブは貴様の所有物なのだろう?」
「なんだその悪の帝王は?」
げんなりとした表情で言ったダニエルはやれやれと首を振り、オグワを置いて歩き出すがすぐにオグワが追いかけて来た。
「待て、待つのだ! 我を置いていくな」
ダニエルの肩に手を置こうとするがするりと抜けられそのまま前方に倒れ込み、茶色砂埃がもくもくと立ち上る。
「痛い」
「ほら起きろいくぞ」
オグワの脇を持ち上げ、無理やり立たせた。




