57 新種の魔物
翌朝、ダニエルがいつも通り朝食を食べていると眠い目を擦りながら寝巻き姿のオグワがフラフラとした足取りで降りて来た。美容になど興味ないはずなのに頭に黄色いボンボンが付いた青と白のボーダー柄のナイトキャップをつけている。
何も考えずに椅子に座るがまだ眠いのか全く焦点が合わない。ゆっくりと口を開き「なぁにぃえーーる?」とわずかに発した。肩がゆらゆらと左右に振れ心地良くなり瞼が閉じられた。
「チッ、このクソ野郎。ぐっすりと寝やがって、昨日俺がどんなに大変だったか……」
愚痴の一つや二つ言いたくなる。ダニエルがイライラ満載で呟いた通り昨日はオグワを連れ帰るのに苦労した。
何回も失神させ静かにさせようとしたが10分もしないうちに目覚めて「我は必ず帰ってくる!」と叫び出したそれをダニエルがチョップして静かにさせてを5回ほど繰り返した。
オグワを引きずっているせいかいつもなら20分あれば帰れる道のりを1時間近くかかってようやく帰れた。階段を無理やり引き摺り上げオグワをベットに投げ込むとダニエルは夕飯も食べずに布団の中に入り込んだが今度はガーガーガーと大きなイビキを上げ始めた魔王の口に枕を押し込み静かにさせてようやく安眠できた。
だが翌朝起きたダニエルがオグワを確認すると口に詰め込んだはずの枕が姿を消していた。
壁や床、天井には穴らしきものは一切空いておらず、オグワが睡眠中に魔法を行使して消し去ったのか、それとも胃袋に収納されたのか判断がつかなかったが、息はしていたので放置した。
前者であれば早急に改善しないと街が跡形もなく消し去られることになるだろう。
後者であれば……オグワが腹壊すだけなのでさほど問題はない。
「オグワ様、今日も同じの………で? オグワ様?」
メニュー表を持って来たマスターがオグワを起こそうと背中に手をやるとダニエルがそれを止めた。
その手の先に視線を向けるとゆっくり首を横に振るダニエルが居た。
「寝かせてやれ」
「左様ですか、わかりました。しかし料理の匂いを嗅いだら起きるのでは?」
「そん時はそん時だ」
「かしこまりました」
メニュー表を片付けに戻ったマスターだが何故が面白い情報を見つけた子供のような目つきで戻って来た。
「ん? どうした?」
「ダニエル様、ダニエル様の興味を惹くような面白い情報を私は手に入れました」
なんとなくダニエルの中で嫌な予感と言うものが芽生えた。
なーんかやな予感って奴がするな……あれじゃないよな。
ダニエルの予感は的中率3割と言うところだ。信用するには心許ない数字だが無視するには高すぎるパーセンテージ。嫌な予感がするがここは大人しくマスターの話に耳を傾ける。
「昨夜遅く、酒に酔っ払った爺さんが見たそうです」
「何を?」
どっちだ? 昨夜遅く? あれの事、じゃないのか、ならいいけど……。ダニエルの予感は嬉しいことにハズレだが、なんだろう、この違和感、なんか喉の奥につっかえてる……。
マスターは勿体ぶるようにわざと間を開け。ゆっくりと喋り出す。
「新種の魔物です」
「新種の魔物?」
「ええ、そうです、人のように二足歩行をし口から板のような顎を生やした魔物を見たと酒に溺れた爺さんが朝早くから叫んでました。ほとんどの人は信用しませんでしたが……私は信じますぞ」
口から板……人のような見た目………。まさか……まさかそんなわけ、ありえ、ない。
脳内には口に枕を突っ込まれた昨日のオグワの姿がばっちり浮かんだ。
まさかアイツ、眠りながら歩き出したのか?。
そうであればいつもより眠そうな魔王について辻褄が合う。
ちーと待て、なんであの魔道具作動しなかったんだ?
ダニエルが考えている通りだ。魔王の腕輪にはダニエルから半径50m離れたら電流が流れ心臓を止めると言う効くか効かないか未知数な魔道具が装着されている。
あれ不良品か? あれを信用した大臣達もどうかも思うけど…………ッ!! そう言うことか! あの魔道具明確な逃げる意志がないと作動しないんだ!。
つまり、魔王が睡眠中に勝手に歩き出したのであれば魔道具はそれは逃亡したと判断しないと言うわけ……だ。
「ギルドもあまり乗る気ではないようですが、注意喚起と安全確認のために動き出したそうです、でもあまり期待は出来ないですね、たとえ新種の魔物が居ようと居ないと見つからなかったと声明を出すでしょうからね」
「あーーそうだな、何かあれば僕に討伐依頼でもくると思うよ、その時は情報共有しよう」
「ええ、その時は」
マスターは満面の笑みを浮かべカウンターにほったらかしていた客の相手を始めた。
あんた客に対してそれでいいのか!。と怒鳴られていたがマスターはあっついコーヒーをそいつの頭の上からぶっかけた。
えぇ………。
一方のダニエルはこの後始末をどうしようか頭を悩ませていた。
どうすんだよこれ……変に表に出せないな、いっそのこと、いや待て、見たのは酔っ払いの爺さんだけ、誰も信用してない、ギルドも表だって動かない、なら俺はこのまま黙ってたほうが……安全か。
ここで変に首突っ込んで疑われるより、協力的な姿勢でいれば誰も気づくことはない。
明日は睡眠時間が減りそうだな………。
睡眠不足は美容の大敵である。
だがこれ以上魔王を自由にさせることもできない、ダニエルは決心した。
「俺の、睡眠時間が……」
ダニエルに睡眠時間が削られることが確定したその時、オグワの腹の虫が暴れムクッと起きた。
「我の飯はまだか?」
「お前まだ注文してねぇだろ」
「我は注文したのだ!」
その通り、オグワは夢の中でたらふく食ったあとである。夢の中で。
「夢の中でな」
「そうなのか? 我のコーヒーとバターたっぷりのパンは?」
夢の中でいくら食べても腹は膨れない。
夢の中では目の前にように積まれた空の食器、食べ終わる前にすぐさま運ばれてくるバターがたっぷり染み込んだパンは現実世界には存在しない。
「ない」
「わかった、そうなのか。皆ダニエルの腹の中と言うわけだな!」
なんでそうなる?
魔王のは発想には勇者であろうとついていけない。
なんでこいつはこんな発想ばっかり出てくんだよ、もっと他にあるだろ……。
どうせこの魔王は人の話に聞く耳を持たない。ダニエルはもう言葉にすることをやめた。
ダニエルからの文句が出てこないせいかオグワは立ち上がり「マスター! 我にパンとコーヒーをくれ!」と大声を上げながらカウンターで客と揉めているマスターを引きずるように連れて厨房に入り込んだ。
その際、揉めていた客が何か言いたそうに鬼の形相で立ち上がり「おい! このクソ野郎!!」と叫んだが魔王の威圧感をモロ全身に浴び、白目を剥き倒れた。
「同情するよ……」
その呟きは誰に向けて呟かれたものなのか、本人ですら、わからない。




