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魔王と勇者は案外仲が良い  作者: 雄太
王城への登城
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55 店のルール

 

 おばちゃんの涙が止まり、店には静寂が戻る。

 路地裏のこの店にまでは表通りの騒音が届くことはない。風が街を歩き回り、ガサガサと言う音が僅かに聞こえる。


「おばちゃんとやら、このパンもう一枚」


 相当このパンを気に入ったのかオグワが3枚目のパンを要求した。


「あら、若い子は食欲旺盛ね」


 嬉しそうに言うとおばちゃんは厨房に三度向かうその背中にダニエルが声をかけた。


「おばちゃん、僕にも、一枚もらえる?」

「別に気にしなくていいのよ」

「もう一枚、食べたい気分なんだ」

「わかったわ」


 そう言い嬉しそうな足取りで厨房へ消えていった。


「珍しいな、何事もストイックな貴様がお代わりするなど」

「僕にだってそう言う時はある」

「ストレスか?」

「そうだ。お前のせいだ」

「なら食べて紛らわせろ」


 ここが店ではなかったから無言でオグワの腹を殴り上げていただろう。

 店内にいた事を感謝するべきである。



 静かな時が流れる。聞こえる音が少ないと何故が時間の進みがゆっくりになったかのような錯覚を起こす。厨房からはもうそろそろオグワのパンが出来上がるのか鼻腔を柔らかく包み込むようなバターの芳醇な香りが漂い始めた。

 バターの香りが流れ始めるとオグワがソワソワし始める。


「美味そうな匂いだな」

「お前何枚も食ってるだろ」

「そんなものは関係ない。美味しいものは何回食べても美味しいのだ」


 なんか評論家めいた事を言っている魔王。

 言っていることはそこまでおかしく事ではないが、コイツが言うと良いこと言っても何か裏があるんじゃないかと思わされる。


「なんか真っ当なこと言ってるな」

「我は元から真っ当だ」

「そうだな」


「オグ坊、ダニ坊、出来たよ、コーヒーも飲みたいからでしょ」


 おばちゃんが厨房から皿に乗せたパンとコーヒーを盆に乗せ運んできた。


「丁度コーヒーも飲みたいと思っていたのだ、えらく勘が良いな」

「勘じゃないわよ、経験よ」

「うん、我にはわからんな」

「うーん、そうね、勘と経験の違い、ね」


 おばちゃんは2人の前にパンとコーヒーを置くと口元に手をやり、どう説明しようか考える素振りをみせた。


「最初の頃は勘だったけど今では経験に変化するのよ」

「あぁ! そう言うことか、であれば我にもわかる。ここ最近ではダニエルが怒り出すのがわかるのだ、それは経験ということか」

「経験したなら成長しろ」

「うふふ、本当に2人は仲が良いのね」

「そんな事ない」「我とダニエルは心の友だ」


 おばちゃんが笑みを見せると2人の反論が重なった。


「ダニ坊のそんな顔初めて見たかも」


 孫の成長を喜ぶおばちゃんのような柔らかい表情で2人のことを眺めているとおばちゃんの視線が扉へ向けられ。その直後チャランと言う音を立て扉が開いた。


「あら、ガイルじゃない、久しぶりねいらっしゃい」


 ダニエルは後方に視線を送り入ってきた人物を一瞥すると何も見えていないかのように視線を前に向け、その隣の魔王の口を押さえ込んだ。


「ギー……! な、何をする」 


 驚いたような表現でダニエルを睨むとダニエルはゆっくりと首を振った。

 ダニエルが止めてなければオグワは『ギーブスじゃないか! お前もこの店に来たのか?』など口を挟もうとしただろ。色々な意味で不味いからとダニエルはオグワの方を押さえた。


 だがそれ以外にも理由はある。

 この店は私生活に疲れた人たちのための店なのだ。

 この店に一度入ったら次に来た客がどんなに親しい間柄であろうと敵対した関係だろうと今日ここで初めて会った客だと思って接しなければならないのだ。

 たとえ国王が来店しても敬礼も敬語も必要ない。だからと言って何でもかんでもして良いと言うわけではないが。


 だからダニエルは疲れた時はここに来るのだ。

 ここに来れば『勇者』ではなく『ダニエル』と言う1人の人間として扱ってくれるからだ。


「美味しそうなパンだな、おばちゃん、これと同じのもらえる?」

「ええ、わかったわ」


 おばちゃんは「今日はパンが良くなるわね」と言い厨房は向かい、ダニエルはオグワを連れ一度店の外に出た。


「いいか、この店はどんなに親しい仲でもどんなに険悪な関係でも日常のいざこざを持ち込んだらいけないんだ。今日たまたま出会った客を装うんだ。そして別の日に出会ってもここにいたよねって言ったらいけない」

「そう言う決まりなのか?」

「あぁそうだそう言う決まりだ」

「わかった。貴様が言うなら我も受け入れよう」


 説得に成功し店内に戻る。


「よく、来るんですか?」


 若干引き攣った笑みを浮かべたギーブスが上司に話しかける。


「こっちは初めて、僕は月に一回ぐらいかな」

「そうですか、私は月2回ですね」


 それで会話が途切れるが2人ともそれがいけない事とは考えていない。

 ガイルは出されたパンを半分にちぎりそれを折り重ね半分食べた。


「はぁ〜。美味しい」


 返答を求めない独り言が静かな店に反響する。


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