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魔王と勇者は案外仲が良い  作者: 雄太
王城への登城
54/61

54 裏道の素朴なパン屋

 

 色々あっても時刻はまだお昼を過ぎた頃。

 街中に入ると飲食店からいい匂いが風と共にそこら中から流れてきた。それと同時にオグワの腹の虫が盛大にパレードを始めた。


「腹が減った」

「クッキー食べてたじゃないか」

「毒入りクッキーなどクッキーではない」


 朝は王城で毒入りクッキーを食べて死にかけ、王城から追い出された後は部下の家で出されたお茶菓子を一つ残らず全て平らげ、何故かおかわりを要求し棚を空にした。

 空になった棚をギーブスが悲しげな目で見ていた。よほど高級な品物だったのかもしれないが上司(魔王)には関係ない。


 だがお菓子はお菓子であるご飯ではない。

 お菓子を腹一杯食べても腹は膨れない。


「わかったよ、なんか食べて行こう」


 腹が減り、やる気も出なくなったオグワに珍しく同情したダニエルは混んでいる店ではなく空いている店を選んだ。


「あっちの方が美味しそうではないか?」

「表通りの綺麗で混んでる店が美味しいと思ったら勘違いだよ。こういう静かな店が当たりなんだ」


 ダニエルが選んだ店は表通りの飲食店街から路地を一本入った通りに面したこじんまりとした店、店の看板は日焼けし色が落ち営業している雰囲気ではないがダニエルは気にせず店に入る。


 こうなってはテコでも店を変えることはないと珍しくオグワが諦め、渋々ダニエルについていく。

 すでにウキウキした様子でダニエルはカウンターに座っていた。

 ここまで頬を緩めたダニエルは今まで見たことがない。


「おばちゃん、元気?」

「あら、ダニ坊、また来てくれたのかい?」


 ダニエルが声をかけると店主と思われる70代ぐらいの女性が店の奥から出てきた。


「後ろの人は?」

「あぁ、僕の友達、オグワって言うんだ」

「ダニ坊の友達かい? ゆっくりしていきな」


 おばちゃんは店の奥に戻る前に「今日はどうする?」とメニューと水を持ってきた。


「僕はいつもの、お前はどうする?」


 1人メニューと睨めっこを始めたオグワは「どれも美味そうだな」とぶつぶついい、ページを行ったり来たりする。


「決めた。貴様と同じのにする」


 メニューをパタリと閉じてから言った。


「おばちゃん、同じの二つ」

「あいよ、少し待っててくれ」


 メニューを回収したおばちゃんは店の奥に戻った。

 コイツ、俺が何注文したのかわかってないな……。


「俺が注文したの何かわかってるのか?」

「知らん。貴様が注文した料理だ、不味いわけがなかろう」


 どんな理屈なのかわからないがオグワは満面の笑みでそう言い切るとコップの水をがぶ飲みした。


「……はぁ」


 もう説明するのも嫌になったダニエルは深いため息をついて、ポツンと置かれている観葉植物に視線を向けた。



 いつの間にか時間が経ち。


「ダニ坊、コーヒー持ってきたよ」


 厨房で料理をしていたおばちゃんがお盆にコーヒーカップを二つ乗せ2人の前に置いた。


「オグ坊は砂糖とミルクいるのかい?」

「おばちゃん、コイツに砂糖とミルク出したら全部使われるよ」


 コイツのせいでよくいく喫茶店で砂糖とミルクがオグワだけ有料化されたのだ。一体どんだけ使えば金取られるんだ? と思わず問い詰めてみると、健康を害しそうなほど注いでいた事が判明した。

 魔王に健康も何もないと言うよくわからない理論を言っていた。

 それで死んでくれたら儲け物だが、今現在、死ぬ様子は見られない。


「あらそうなの? なら有料にしないとね」

「我は砂糖とミルクはたっぷりだ」

「わかったわ、お会計はダニ坊持ちよね」

「……そうですね」


 そうとう払いたくないのかダニエルは舌打ちした。

 なんでコイツに奢らないといけなんだよ。

 棚をガサガサ漁っていたおばちゃんはオグワの前に冗談抜きで本当に、たっぷりの砂糖とミルクを置いて「好きに使って」と言い厨房に戻った。


 お許しが出たオグワはブレーキの効かない機関車と成り果てルンルンで砂糖の袋を開けジャブシャブ流し込み、ミルクのカップを開きコーヒーが茶色から白色に近くなるまで注ぐ。


 砂糖の袋とミルクのカップが山のように積み上げられ、絶妙なバランスを維持する。

 それ、砂糖とミルクの方が多くねぇか?。

 自分じゃあり得ないほど突っ込み、それはコーヒーではなくカフェオレ……いやカフェオレとも呼べない品物に変化した。


 完成したそれをオグワは美味しそうに飲み干す。


「美味い、このぐらいの甘さが我にとってはちょうどいい」

「なぁ、もうちょっと味わったら?」


 あんな、不味そうなコーヒーとも呼べないコーヒーをよく飲めるなと言う軽蔑した目線を送りながら、ダニエルは言う。


 コーヒーに対する冒涜とも言えるだろう。


 一方のダニエルのコーヒーは完全なブラック。砂糖もミルクも一切加えていない。

 コーヒー本来の苦味や香り酸味を楽しめる逸品である。


「貴様こその真っ黒い水はなんだ?美味しいのか?」


 完全に無視。

 聞くだけ損だ。

 コイツとは味覚が合うことは絶対にあり得ない。

 もしそんなことが起きたら殺してやる。

 ダニエルは物騒なことを考え、視界からオグワを消し去る。


「ダニ坊お待ち」


 そこはおばちゃんがやってきた。


 手に持った皿の上には焼きたてのパン、そしてその上にはたっぷりのバターがジワァーと溶け始めパンに侵食し始めている。


「パンか?」

「ただの焼き立てパンの上にバター乗せただけ。それが美味いんだ」

「嬉しいこと言ってくれるわね、ありがとう」


 おばちゃんは何故か自分の分のコーヒーをテーブルに置くと、持ってきた椅子に座り、目尻を下げ嬉しそうに2人が食べている姿を見ている。


「シンプル・イズ・ベストと聞いた事があるな」

「お前は小麦でも食ってろ」

「酷いではないか? 最近、貴様我に対して雑になっておらんか?」


 最近どころではなく少し前から魔王の扱いが雑になっている。


 言うならば同棲した日と1月ぐらい経ち始めた時の違いだろうか。最初は熱々カップルであーんやら口元についているお弁当を取り、自分で食べるなどやっていたが1月ぐらい経つとそう言うことは鳴りを潜め、無言でティッシュを取り出したり「自分で取れば」と冷たく突き放したような言い方に変わる。


 そして溝が出来始めた女は違う男を探し始め、ある日を境にもう帰ってこなくなり、メールを送っても音信不通となり、電話にすら出なくなる。彼女の写真を見ながら夜な夜な1人泣き叫び。ひと月ぐらい経って、全く既読や着信のなかった電話、メールに突然『荷物全部捨てておいて』や『彼氏に取りに行かせるから、いつ暇?』と言う温度を全く感じられないメールが送られて来て、自分よりもかっこいい彼氏の腕を取りながら、ズカズカと上がり込み、荷物だけ回収していく。


 もちろん、2人の思い出の品も全て。



「そんな事ない。別に変わってない」

「そうか?」

「そうだ」

「そうか〜?」

「そうだ」

「たく、静かに食わせてくれ」


 魔王に邪魔されたがパンを六等分に切り分けタプタプにバターが染み込んだパンを美味しそうに頬張る。


「美味しい、このなんか安心できる味って言うのが僕は好きだね」

「ダニ坊、ありがとう。でも向こうの店行ってもいいのよ?」


 先ほど表通りで大行列が出来ていた店もパンの店だ。だかあったはこう言う素朴なパンではなく創作系と呼ばれる独創的なパンがメインだ。


「私ね、休みの時にあっちのお店に食べに行ったの」


 おばちゃんは時代に取り残されたように喋り出した。その口調は穏やかで客を奪われた怒りや憎しみといった感情でなく、哀愁を感じさせた。自分の生きた時代が否定され新たな時代が始まる。そう言った感じだ。

 ダニエルはそっとおばちゃんが喋り出すのを待つ。

 否定も肯定もせず、おばちゃんの言葉を待っている。


「なんかよくわからない長い横文字のメニューでね、確かうぃしゅ、あらぐらさた? 長過ぎてよく覚えてないわね、で、今みんな番号札? て言うの渡されて、席で待ってろだってさ、こう言う会話も楽しめない、なんて淋しいと思うんだけどね」


 おばちゃんはコーヒーを口に含みゆっくりと何かと共に飲み込み、自分の店をじっくりと観察した。


「出来上がったら店員さんが持って来てくれて、見たらすごい料理だったわ、一斤のパンの中をくり抜いてそこにシチューを入れてあって、その上にチーズをたっぷりと掛けてあって、子供が好きそうな料理ね、私から見ればあれは料理とは言えないわ」 


 ダニエルはおばちゃんの話を否定も肯定もせず受け入れる。


「うん、昔よくやったなお母さんのシチュをパンにつけて食べてたっけな」

「そう、それの派生とでも言えば納得はできないことはないけど、それを料理屋で出すのは、違うと思う。かと言う私も料理と言うよりも朝ご飯みたいなものだけど、でも時代は動くのよね、最初にパンを食べた人は時代の最先端、下手したら異端って言われてたかもしれない、でもそれが時が流れるにつれて当たり前になって、バターを塗ったり、生地に練り込んだり、シチューと一緒に食べてみたり、そして今、中をくり抜いてみたり、時代は変わるのよね、そして私みたいなおばちゃんは時代に取り残されていく………」


 おばちゃんは遠い目をし窓の外を眺める。


「そんなこと言わないでよ、僕はこの店が好きだよ。おばちゃんが辞めるって言い出すまでは僕はこの店に来るから」

「ありがとうダニ坊、ごめんなさいね、長々と老人の話に付き合わせて」

「いいって、いつも僕の話聞いてくれるじゃん、そのお返しだよ」

「私は幸せで、こんな優しいお客さんを持てて……あら、ごめんなさい」


 おばちゃんの目元から涙がすーっと流れ出し。止まらなくなり、ダニエルが紙ナプキンを取り出しておばちゃんの目元をそっと撫でるようにして拭いた。


「ダニエルが泣かせた」

「うるさい」


 なんでコイツはこんなタイミングが悪い時にこんなクソみないこと言い出すんだ? もっと空気読めよ。


 ダニエルはこう言っているが魔王に空気を読めと言ったところで無駄である。どうせ『空気は読むものではない吸うものだ』とか言い出すに決まっている。正論なのがより質が悪い。


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