50 尾行
無事、滞在延長が認められた魔王は玉座の間から追い出されるとすぐに城を出てぶらぶら散歩を楽しんでいた。
目抜き通りから路地を数本挟むと賑わいはなく、物乞いがたむろする通りがちらほら見受けられる。
「目抜き通りを離れるとこんな感じだ、これの何が面白いんだ?」
ここに来ようと言い出したのはオグワだ。
意味合い的には、いつも歩かないところを歩きたいと言う意味であり、それを拡大解釈したダニエルが本当に誰も歩かないような通りに連れて来た。
ここは王都に存在する貧民街に繋がる通り。
20年ほど前から王都で職に溢れた者や全てを失った者、最初から掴むものすらなかった者、誰かに嵌められた者、つまり社会から弾き出された者達が多く集まるようになった。
この街は20年前はこんな貧しい姿をしていなかった。20年前には活気ある王都で10本の指に入るほどの豊かな通りとして名を馳せていた。
20年前、魔王軍の本格侵攻により、住民の2割が徴兵され、その多くが前線で命を落とした。
ここにいる者達の多くは前線で戦い傷つき、職を得れない者達なのだ。片腕や片足を失い満足に動けない、そんな人間は誰も雇わない。例え雇うところがあってもその仕事は低賃金で劣悪な物しかない。
「我のせい、と言いたいのか?」
「そんな事はない。20年前は色々あり過ぎたんだ」
ダニエルは言葉を濁す。
「我も国を守る義務がある。攻められてばっかりでは居られないのだ」
「わかってる、そんな事のためにここに来たわけじゃない」
魔王がニヤリと頬を上げ笑みを浮かべた。
「ほぉ、貴様も気づいてあったか」
「気付いたのはついさっきだ。その前から尾行がいることに気づいたが、やりたい事はわかるからな、無視してたが流石そろそろ限度を超えてきたからね」
同じように口角を上げる。
黒のローブを被った大柄な男が魔王達の背後から出てくる。じゃりじゃりと言う靴に砂が噛んだ足音を鳴らして近づいてくる。
「あれも敵か?」
ダニエルは背後の男からは見えないように剣に手を掛けた。もう3歩近づいたら切る。
だがその男はそこで立ち止まる。
「いや、あれは味方だ」
「魔王様、こちらへ」
魔王は警戒することなくその男の背中を追い路地裏に入る。剣から手を離したダニエルも尾行を警戒しながら、その後をついていくとロープの男が石壁をずらした。
「開くのかよ。あれ何キロあるんだ?」
「流石だな、怪力は健在と言うところか?」
「いえ、怪力ではなく、魔法です。私の魔力に反応して扉が開く仕組みとなっています、なので私以外のものが触れてもこの石壁は石壁のまま動く事はありません」
オグワは笑みを浮かべながらそうかと呟くと、まるで自分の家のような感じで奥に入った。
「お茶菓子は出るのか?」
「なんだここは?」
ダニエルがその後に続いて室内に入ると、なんの変哲もない家であった。
「そろそろそれ、外して良いんじゃないか?」
「は、魔王様のお言葉とあれば」
ローブ男はゆっくりとそのローブを脱ぎ棚にかけてあったハンガーに掛けた。
「お、お前は……!近衛騎士団団長ガイル・ディスク。なんでここに? 味方?」
驚きのあまり声が震え。酸素が薄い海にいる魚のように口をぱくぱくさせる。
ローブ男の正体は近衛騎士団団長ガイル。
だが彼の額には人間にはついているはずのない角が額の中心から一本反り出ている。
「国王陛下の近衛が魔族……」
その口は開いたまま閉じる事はない。
「あぁ、貴様らからすればこいつは近衛騎士団団長であったな。だが我からすればこいつは我直下の諜報部隊隊員の1人ギーブスだ。こいつは生まれて一通りの教育を受けた後、人間社会で暮らしながら諜報活動を行っているのだ。なぜ近衛騎士団団長と言う動きにくい地位にまで昇格を果たしたのか謎だがな」
「断れるわけないでしょ! 断ったら疑われるに決まってますよ」
「わかったよ、そのおかげで色々機密情報も入ってる事だしよしだな」
「ま、まさか、オグワ、まさかじゃないだろうな……!」
近衛騎士団団長が魔王の間者……「そんなことがあってたまるか!」 ダニエルは思わず声を上げる。
「なぁギーブス、我のお菓子はまだか? 城で毒入りのクッキーを食べさせられたんだ、お前の部下の教育はどうなっておる」
「お茶菓子は今持ってきます、城のメイドは私の部下ではありません、尾行していた2人に聞いた方が早かったのでは?」
「あんなもん殺す価値もない、今頃我らの幻影を追いどっか彷徨っている頃だろ」
魔王の言う通りである。
路地裏に2人が入ったのを確認した尾行は警戒しながら同じ路地へと入り、出ていく魔王の幻影の尾行を再開している。まさか魔王達が石壁の裏に居るとは思わずに。
そして今頃2人幻影は川に入水自殺をしていると思われる。馬鹿な尾行ならそれを追って川に飛び込むかもしれないがそこまで馬鹿ではないだろ、大慌てで魔王を探しているか尾行に失敗したことをどう言い訳しようか悩んでいるか、いまだに本物だと思い込み川の底を探しているかもしれない。
どちらにせよ彼らは魔王と勇者の遺体を見つけない限り命はない。
間違っても上に見失いましたとは口が裂けても報告できないだろう。




