5 魔王、服を買う
無事解放された魔王オグワは勇者ダニエルと共に城下町を散策していた。オグワの左手には串焼きが既に握られ、右手には串が三本紙袋に入っていた。どこからか仕入れたのかオグマはこの国の通貨を使い支払っていた。
「お前そんな金持ってるんだな」
「魔王というものお金の管理はちゃんとしている。人類圏なども収入源はあるのだよ、逆もそうだ、人間達も魔王領内で色々と取引していた」
オグワが言っている通り案外魔王領と人間領での取引は活発なのだ。
人間領からは主に甘味や果物、装飾品が持ち込まれ、魔王領で精製された金や銀との交換や人間領の通貨での支払いが行われ、魔王領からは織物が主体的に取引されている。一応危険な魔獣や人体に害を与える薬や毒物の取引は暗黙の了解と言う名前の規制が存在している。
であれば何故魔王軍が人類圏を襲っているのかという話になるにだが。
理由は至ってシンプル。先ほども書いた通り、違法薬物や武器の密売などがある為だ。
人間の商人は身分を隠すのが上手い。人によって10の名前を使い分け様々な方面と取引している。
表向きは真っ当な商人を演じているが裏ではコソコソと魔王領で違法薬物を人間相手に取引している連中が少なからず存在する。それを撲滅するために魔王軍が動いているわけだが、それは商人達の裏の顔なのだ。表では政府系の官僚とつながっている。
大方、国境圏で取引をしていたら魔王軍に襲われたとでも報告しているのだろう、そのせいで表面上は魔王軍対各国という構図が出来上がってしまっているわけである。
上層部になればなるほど魔王領で生産される織物の有用性に気づいておりこの茶番を維持していたいという邪な考えが支配している。
何も知らない一般市民は魔王軍と対等に渡り合えていると錯覚しているのであると考えられる。
逆に魔王軍も人間とは敵対関係であると言っているために武器を下ろせる状況ではないのだ。魔王軍の中にも甘味料の虜になったものは多く、ここで人間圏との取引をやめるなどと言い出したら甘味料中毒者が大勢生まれることになる、なんとしてでもそれは避けなければならない。
だから魔王軍としてもハリボテの兵士のみで構成した軍を国境近くに派遣し、国境近くの人間軍との秘密のホットラインを維持しているそうして毎日どこを攻め込むと通達を出し避難させ、適当に暴れたら帰るを繰り返して膠着状態が続いていると思わせているわけである。
そうして虚妙な共存関係が今日まで維持されてきた。
人間達は知らないが人間領には多数の魔族達が人間に化けて魔道を極めた楽しい生活を送っている、その逆の変人もたまにいるが。彼らも貴重な戦力として魔王領で重宝されている。
「うむ、先ほどから人々の視線を感じるな、そんなに我が美しいのか」
その多くの視線を集めているのは左肩に乗っている普通の人間の頭蓋骨を4分の1ほどに縮小したようなサイズの骸骨である。その頭蓋骨は精巧に作られており、後頭部には女性を思われるほど長い髪の毛がまだ残っている。
「お前のその衣装のせいだ、なんで肩にドクロ乗せてる?」
「美しいだろ」
「で、それ誰の骨だ?」
「我が母上のものだ。魔王領には母親の骨は長男、父親の骨は長女が持つという伝統があるんだ。別に肩に乗せる決まりはないが、我はこうしたいつも母上と共にいるのだよ」
「魔族の習慣はわからん」
「我からしても人間習慣はわからん」
「まぁ、そのガイコツは無しだ。服も変えないとな、ちょうどこの先に俺がよく行く服屋がある、お前の服を新調してやろう。その様子だと金は持ってそうだな」
♢ ♢ ♢
「勇者殿、本日もご来店いただき誠にありがとうございます、本日のご要望はなんでしょうか」
勇者の姿を見つけた店長と思われる人物が忍者のようにささささとやってきた。
ピシッと折り目がついた高級品のスーツ、胸ポケットからは古き良き木製の定規が少しだけ飛び出てその手前には使い古されてながらも手入れが行き届いているペン。全てが一流の品物だ。
見た目なのか動きなのかそれを着ている使っている人間はどこか胡散臭いと感じられた。
「今日は僕の服じゃなくて彼に似合う服を合わせてほしいんだ」
「勇者殿のご友人様で?」
「そう僕の大切な友人だ」
「では店内でサイズを測らせていただきます」
魔王の体格の良さに最初は手こずっていたが徐々に慣れ、手早く採寸を終えた。
「勇者殿、ご友人様、ご要望などはありませんか?」
「要望か? オグワは?」
勇者ダニエルはオグワを見上げるようにして聞いたが、オグワは要望などないのか悩むふりすらせず答えた。
「我はなんでも良い。我に似合えばな」
「大丈夫です。どのような物もオグマ様には似合うでしょう、これだけの身長もありますし、基本似合わないということはありません。……わかりました、ご要望がないようですので私が責任を持って選びます、少々お待ち下さい」
そうこうするかこと約20分。オグワは寝ているのかすーすーと息が漏れている、時々『殺してやる』と言う物騒な寝言を聞こえ、実際に指先に光が灯っていた。どんな夢を見ているのか想像したくもない。
「お待たせしました」
「オグワ起きろ」
「飯か?」
半目を開けながら立ち上がると大きな欠伸をしながらオグワは答えた。
「そうだ」
「嘘をつくな」
ここは寝心地が良いからなと噛み合わない事を言ったオグワは飯じゃないからか座ろうとしたがダニエルの腕を掴まれ渋々立ち上がり試着室へ連れ込まれた。
「どんな衣装にしたんだ?」
「着てからのお楽しみですよ、期待しておいてください。彼、何着ても絵になりそうですね」
「そうか、期待させてもらうよ、あぁそうだ金は王城払いで」
「かしこまりました。そう言われると思い高い物にしておきました」
2人はホクホクいい笑顔を無言で見せ、嬉しそうだ。
「人間の服は着づらい」
と試着室の中からそんな声が漏れてきた。
「魔族の方では着づらかったですか」
「魔族ってわかるのか?」
「えぇ、あまり声を大にしては言えませんけど」
店長は手を少し仰ぎもう少し寄ってくれたジェスチャーをみせ、小声で話し出す。
「うちのお客さんにも魔族の方がいるのですよ、お金払ってくれればうちとしては大歓迎ですよ、それに先ほど店の前で新聞の号外も出てましたし、『勇者が魔王を安全だと宣言した』という内容でしたね」
勇者の目が疲れたものに変わった、心なしか表情も少し落ち込む。
「あぁ、それね、そういうつもりで言ったわけじゃないんだけどね」
「仕方ないですよ事実と嘘は誇張されて伝わるものですから、3割増しだと考えた方が良いんですよ、幸いなとこに私どもはそう言った意味では安全ですね、なんせ勇者殿がお客様ですし」
持ち前の黒い笑みを浮かべた店長は『で、本当のところは?』と問いかけた。
「街の者の噂話では魔王に洗脳されたという話が回ってますけど」
「そんなことはないさ。本当のことね、さっき君が言っていただろ、魔族の客がいるって」
持ち前の処世術でその本心を見せることなく店長の問いかけを躱した。
「自分の行動が自分への答えになるとは」
これ以上押しても何も語ってくれないと判断したのかそれ以上のことを聞くのをやめた。
相手が嫌がるなら無理に聞かないそれがこの店長が人生を賭けてマスターした処世術なのかもしれない。
その直後カーテンの奥から「良し、いいだろ」というオグワの声が聞こえると同時にシャーという甲高い音を響かせカーテンが開いた。
「こんなもんでいいのか?」
気恥ずかしそうに頭をかきながら出てきたオグマの衣装はズボンこそ先ほどから着ている私物の黒のズボンでシャツは柄無しの薄いオレンジ、二の腕あたりには銀色に光る螺旋状の金属が巻かれている。
「おうぅ、カッコいいじゃないかオグワ」
「そうか? 似合うか? なんか恥ずかしいな」
「そんな事はないって毎日見れば慣れるさ、で、店長腕の金属は何だ?」
「あぁ、あれは銀ですよ、オグワ様は背格好がいいですからね、こういうファションを流行らせるための広告塔にしようかと」
「本音が漏れてるぞ」
「おっと失礼致しました」
「我を広告塔にしようとは……高く付くぞそれでも良いのか?」
「できればお安くしていただきたいです」
「ククク、魔王相手に値切りとはなその度胸気に入った、よかろう、この服をタダにしてくれ」
「かしこまりました」
にっこり営業スマイルを見せた店長は「それでも一応レジを通しますので」と言いオグマが試着している服のタグだけを外して、ダニエルと共に店の奥にあるレジへと向かった。