42 『黒』
「はぁ………今日は疲れた」
魔王城観光を終えオグワの魔王で自宅に帰ってきたダニエルは家に着くなり深いため息と共にベットに倒れ込む。
完全に全身の力が抜け、体感無重力状態となり溜まりに溜まった息を肺の奥から吐き出す。
「どうだ我の城は? 楽しかっただろ」
「………俺は寝るから静かにしてくれ」
マジトーンで言っているがオグワは気にしない。
眠りたいダニエルに構う事なく続けた。
「観光の後は語り合うのではないのか?」
「何を語り合うんだ?」
「我の城を褒め称えろ」
「あぁ、良かったよ」
「足りぬ、もっとだ」
「きれいだった。しずかだった。たのしかった。おもしろかった」
「声に感情が伴っておらん」
「ならお前はどうだ? この国は楽しいか?」
早く静かにしてほしいダニエルはそう言うとサラサラと語り出すオグワを尻目に目を閉じて眠り始める。
「この国か? 楽しいに決まっているであろう、飯は美味しいし、人々は優しいし、我におやつを恵んでくれる、時々貴様の秘密を教えてくれと聞いてくる変な奴がいるが、そいつらも適当なことを言うと金をくれるからな、我の懐はいつも暖かい。あいつらは貴様のファンクラブの女の子達とは少し毛色が違うような気がするが、何者なんだろうな。安心しろ、貴様の情報は一切喋っておらん。風呂に入る時は髪の毛を先に洗うとか、服は靴下から履くタイプだとか、寝る時はクマのぬいぐるみを抱いて寝ているとか、関係ないことを言っておいたから、でも何故かあいつらそのことを熱心にメモしていた。何が目的なんだろうな? まあ我には関係なこと、そして貴様の情報も漏らしてない。我も金もらえて、あいつらも嬉しそうにメモができ貴様も安心だな」
1人ぺちゃくちゃ喋っていたオグワは気づいた。
ダニエルからの相槌が無いことに。
「ダニエル? 死んだのか? 別に我は死人を生き返す事はできるが、あまりやりたく無いのだ、死んでもらったら困るんだが?」
オグワはダニエルの背中をゆらゆらと揺らす。
だがそれでも起きない。ダニエルの鼻に指を持っていくとほのかに風が吹いている。一応、息はしているみたいだ。
「さて、ダニエルが寝てしまったな。暇だ。やる事がない。暇だ。暇だ」
暇になって僅か数秒。お前はマグロか何かか? ダニエルが健在であればそう突っ込んでいたであろう、だがそのダニエルは死んだように寝ている。
頬をツンツン突くと、「うぅ、うぅ」と言葉にならない何かを呟き寝返りを打つ。
「暇だな」
寝ているダニエルにイタズラをして暇つぶししていたがそれも飽きた。反応はほとんど同じだし、寝言も何を言っているかわからない。他人が寝ている姿を見ると自分も眠くなるって話を聞いた事があるオグワだが、それは迷信だったようだ全く眠くならない。
「あの爺さん嘘ついたな……」
怒りの感情が噴火直前の火山のように湧き上がる。
今にもぐつぐつ煮えた怒りが爆発しそうになるが、ダニエルの腕に巻かれている腕輪が目に入る。
2人が半径50メートル以上離れると、オグワだけが死ぬようにされるているのだ。
何故我だけが?
別にオグワが死ぬと言う保証は一切ないが万が一でも死ぬのは嫌なのだ。だから渋々ダニエルから離れないようにしているが、今ダニエルは寝ている、そして先日見つけた事実だが、腕だけこの場に残せば好き勝手遊べることに気づいた。
つまりだ何らかの方法で腕を切り離せば、腕輪の効果は発揮しない。
そしてオグワは魔王だ。何でもできる。だが腕を切り離すのは痛い、別にくっつけられるが痛みの強さは一切変わらない。
魔王だろうと痛みを感じるのだ。
と言うわけで今は切り離す時ではないと自重した。
♢ ♢ ♢ ♢
翌日早朝ダニエルよりも早く起きた魔王はいつも通り一階の喫茶店で朝食を食べていた。
収穫祭の疲れがまだ残っているのか街の人達の顔色は良くない。人でもまばらで、お祭り気分が抜けてないのだろう。
道行く人を見ると顔は仕事という絶望に染まり、生きた目をしていない。まるでアンデッドのような目をしている。もしかしたら冒険者がアンデッドと間違えて討伐するかもしれない。
そこまで馬鹿な冒険者がいないことを祈るが、オグワの目から見るとそう見えるほど死んだ顔をしている。もし今この街にアンデットが現れても見分ける事は難しいかもしれないが聖水をかければ1発で判断できる。人間であれば「何すんだ!」と怒鳴られ下位のアンデッドであればそのまま浄化される。
だから見分けは簡単だ。
オグワがそんなことを考えていると前の椅子、いつもダニエルが座る椅子にマスターがコーヒーと共に座った。
「オグワ様、今日はダニエル様はご一緒ではなくて?」
「ダニエルは今ぐっすり寝ている。昨日の疲れが出たのだろう」
「そうですか、勇者殿も色々大変ですからね」
「マスター、今日は店を閉めて帰れ」
「どう言うーー」
マスターの背後で剣が物体とぶつかる鈍い音が響く。腰を抜かした店長がバタバタ慌ててテーブルの下に潜り込み、怯える。
「いきなり武力行使とは……我を誰だと思っている」
漆黒の鎧に聖十字のマーク。王国騎士団の中でもエリート部隊。
そして国王の影の部隊と呼ばれる『黒』
黒の存在を知るものは幹部クラスのみとされ王国軍の中でも闇が深い騎士団である。
「魔王。貴様に登城命令が出ている。大人しく着いてこい」
マスターを殺そうとした男。
オグワの見立てでは今オグワを取り囲んでいる20人の名で一番強いのはこの男だ。下手すればダニエルに届くほどの実力を備えている。
だが実戦になれば経験の差でダニエルが勝つ。
「誰だ? 貴様ら」
オグワは余裕を見せるかのように漆黒の騎士に背中を向ける、オグワを取り囲んでいる騎士たちを一人一人見ていく。漆黒の騎士にとっては最大の攻撃チャンスのように見えるかもしれないが、コレは罠だ。一歩でも動けばこの魔王に躊躇なく殺される。下調べでも同様の結果が出ている。
正面から殺そうとした者は遊ばれ殺された、死角や背後から突こうとした奴らは近づく前に内側から爆発したり足を突如切られたり、操られ正常な精神のまま仲間を切り刻んた。
結果この作戦が一番成功率が高いと踏んで今こうして魔王を殺そうと対峙しているが、彼らに渡された報告書は何者かによって改竄された物だった。
「名乗る必要はない」
「であれば我も着いていく必要はないが」
思ったより早かったな、あの国王であれば我を始末しようと動くのは分かっていたがもう少し後だと思っていた。ダニエルを寝かせたのは失敗だったやはり盾として使うべきだった。マスターの記憶も弄らなくては。あまり気が乗らない。
「おとなしく死んでくれるか?」
「あいにく我には仕事があるのだ、死んでいる暇などない」
「だろうな、殺せ!」
漆黒の騎士が一番槍を突く、それに合わせて囲んでいた騎士たちも各々の得物を魔王に向ける。
全方位から一斉に攻撃すれば一つぐらい魔王を捉える。そうなるはずだった。
しかし結果は魔王の身体に得物の刃が負け砕け散った。
「丁度背中が痒くなっていたのだ。助かった」
漆黒の騎士の身体ーー否、首から伸びた背骨を抱えている。
首だけになった漆黒の騎士はまだ生きているのか恐怖で目を見開いている。口をぱくぱくさせ何かを言おうとしているがその身体にはすでに肺も声帯もついておらはず発声することも困難。
漆黒の騎士がそれに気づく前に死ねたのは幸いなのだろうか。
得物と騎士団長を失い丸腰となった騎士たち、指揮し鼓舞するはずの騎士団長はもう死んだ。次に狙われるのは自分だ。全員にその意識が芽生えた瞬間、身体は逃げ出そうと動き出すが、前に進むのは首から下だけ。初めてそして命の最後に自らの目で脳の指示なく一目散に逃げ出す胴体を見た。
脳の指令がなければ身体は動かない。少しするとバタバタと倒れ動かなくなる。
「我に手を出すとこうなると何回も伝えはずなのにな、何故学習せんのだ」
生き残った、いや生き残された騎士たちは4名、別に規則性はなくオグワの気分で選ばれた。
「どうする? まだ我に敵対するか?」
適当な1人の頬を撫でながら魔王は問いかける。
王国軍で一番な精神力を持つとされる「黒」の騎士が子供のように怯え、足元から湯気が上り、首が取れそうなほどに横に振る。
その回答に魔王は満足したのか満面の笑みを見せ、誰かの首を騎士の手に持たせた。
「だと思ったよ」
魔王が指を鳴らすと血に塗れだった店内が一瞬で今朝と同じように綺麗になった。
テーブルの下で怯えていたはずのマスターが店の奥で仕込みをしている。
胴体だけとなり倒れていた騎士たちが姿を消した。
「あれ? オグワ様、申し訳ないですまだ開店前なんです」
オグワが店の奥に立っていることに気づいたマスターが駆け寄ってきた。
「あぁ、そうだったな、目が覚めてな、すまんかった」
「コーヒーであれば出せますが、いかがなさいますか?」
「お願いする」
マスターは僅か数分前のことを覚えていないのか何事もなかったかのようにコーヒーを淹れ始めた。




