37 過去から未来へ
「どうしたんだ?」
ダニエルが深く考え込んでいると先に昔話を終えたオグワが目の前で手を振っている。
「……うん? ああ、何でもない。少し考えていただけだ」
過去の因縁を忘れようと首をプルプル振り、思考を飛ばした。
だがいくら頭を振り過去を忘れようとしても脳内に深くこびりついた記憶はバスルームのカビのように簡単には消えない。
「貴様と我が考えていた事は同じだな、我も貴様に仲間を殺された。貴様も我の部下に仲間を殺された。過去の因縁は一生無くならない。いくら言葉で謝っても、いくら金を積んでも、いくら復讐しても、救われる事はない。いくらこの手を汚しても帰ってこないとわかっているのにそれでも汚し続ける。そんなことが無意味だとわかっている」
魔王は自らの、手で作り上げた城をじっくりと見渡す。
「でも、相手にも同じ苦しみ味わってから死んで欲しいと願い、その綺麗な手を汚してしまう」
「ダニエル、貴様は我が憎いか?」
魔王城で一番高い塔を遠い目で見ながらオグワは呟くように聞いた。
どこを見ているのかわからないが、オグワの目にははっきりと何かが捉えられている。
「……………」
「我は正直に言う。貴様が憎い」
答えられず口を閉ざしているとオグワが先手を取るように先に答えた。
そ全てを理解したかのような穏やかな声で、憎いと言っているがその言葉には憎しみという感情は籠っていない。
「貴様も知っているが守護のエントラスは我が人生で出会った者の中で一番の知力を持った傑物だった。あの者は人間との融和を唱えていた稀有な奴だ、それだけに敵も多かったが。だが時に自分の考えよりも仲間の方が大事だからな。後世に未来を託し己の仕事を全うし、散って行った」
エントラス
その名前を聞いてダニエルはここから少し離れた戦場での出来事を思い出す。
「俺は……おれは、、」
「無理に言葉にしなくてもよい」
無理やり言葉を紡ごうとしたダニエルの肩に温かい手が添えられた。
だがダニエルはその手を掴み上げた。
「そうか………でも、言わせてくれ……俺も、オグワのことが憎い」
「だろうな、人間の多くは我を憎んでいるだろう、演技とはいえ世界を取ろうと画策していたのだから」
オグワは魔王の笑みを浮かべ、ふふふ、と少しだけ笑い声を漏らす。
世界を取る気など一切なかったのだがな、世界など手に入れても手に余る。我が領土を纏めるのでさえ苦労が絶えん。それが世界になったら我1人ではもうどうすることもできない。
だから世界は各国に分かれ別々に統治をするのだろうな、1人では世界など到底統治出来ないからな。
世界を細分化して統治しても、各国の争いは絶えず、国内に目を向けても差別や貧困、国内の争いが無くなる事はない。
1人の話を聞くと他の大勢が自分の話を聞いてくれないと騒ぎ出し。
1人を助けようと動くと自分事は助けてくれないと騒ぎ出し。
1人を手を差し伸べると関係ない奴らがしゃしゃり出てきて騒ぎ出す。
公平など存在しないのに公平を声高に叫ぶ。
一人一人別の人間なのに全員に同じことを要求する。
一人一人求めるものは違うのにそれは認められない。
一人一人に合わせて行動しようとすると見ず知らずの匿名が騒ぎ出す。
「なぁ、本当に世界征服しようと思ってないのか?」
あまり思い出したくもない過去を掘り返していたオグワの耳にダニエルの声がかなり遠くの方から聞こえた。
「うん? 何度も言わせるな、我が魔王領だけでも我は手一杯なのだ。それが世界規模になれば我の手では到底収まらない。それにだ各人種間の諍いも厄介だ。何にせよ、我1人では世界など治められない」
「そうなのか?」
オグワははっきりと「そうだ」と頷き、断言して話を続けた。
「だから世界は国王やら国を作り統治し易くしているのだ。だが複数に分けても人種間の対立は根深い」
「ならそれをもっとちゃんと伝わるようにーー」
オグワの声に被せされダニエル声は掻き消された。
「我を信用してくれる者が居るか? たとえば人間の王が我との友好を申し出てきた。我は乗る気だと仮定しよう。だが関係ない各国や友好関係を良いこととは思わない奴らたちは必ずいる、賛成する者達の声よりも反対する者達の声の方が何倍も大きく聞こえるのだ」
ダニエルも同じような経験をしている。
この間のチンピラ2人組もそうだ。
ダニエルの耳に多く入るのは勇者を肯定する声、しかしダニエルの頭の中に深く残るのは勇者を否定する声。
肯定する声よりも否定する声の方が頭の中により多く留まってしまう。
そしてその否定する声は段々過激なものとなり、ダニエル自身の人格の否定であったり実力行使など多岐に及ぶ。
そして何と言っても過去を蒸し返そうとする奴らの多さには吐き気が出てくる。
ダニエルの両親はもう死んでいる。いや、殺したと言った方が正しい。
ダニエルがオーガスタやアネットと出会う前の話だ。
ダニエルの両親とフィスリアの両親の仲は最悪だった。何が原因で仲が悪くなったのかダニエル本人は覚えていない。だが物心ついた時から仲が悪かった事は覚えている。
親同士の仲が悪いことを子供達の世界に持ち込んだのが悲劇の始まりだった。
親の目を盗み、毎日のように森の中に入り込みフィスリアとダニエルはいつも遊んでいた。
それだけ森に入り浸れば大人達に見つからないことなどありえない。事実近所の人達は2人が森に入るのを時々見ていた。そこから両親達の耳にも2人が森に入っていることを知ったのだろう。
いつものように森で遊んでいるとよく見知った4人の陰が突然現れた。
突如現れた4人は「嫌だ!」「やめて!」と騒いでいる2人の腕を掴み無理やり街に引きずり、連れ戻し町中の人達が見ている前で親同士でお互いの事を罵り合い殴り合いの喧嘩を始めた。
街の人たちはそれを面白おかしくヤジを飛ばしたり賭け事を始めたりして誰も止めることなくただ傍観していた。
「ダニエル、力が欲しいか?」
大泣きしていた2人の背後からたまに聞く優しい声の人が声をかけた。
「おじさん……」
2人が一斉に後ろを振り向くとそのおじさんは2人の頭を掴み無理やり前を向かせた。
2人が森の中で遊んでいる時によくふらっと現れる謎のおじさん。名前すら知らない不思議なおじさん。
無駄に背丈が高く、いつもふざけている。2人が手を繋いでいると「妊娠するぞー」と楽しそうな声をかけて2人の顔が真っ赤になるのを見て腹を抱え大笑いしてる。
場所は森の中。時にはダニエルでは到底及ばないほど強い魔物が姿を見せる。
そういう時は必ずおじさんがどこからともなく現れ、「おっ、昼飯みっけ」と軽いノリでふらっと現れ2人を守ってくれた。
おじさんは今狩ったばかりの魔物を捌くと、すぐさま火の中に投げ込んだ。
肉の塊から油が徐々に流れ出しぱちぱちと言う軽い音を立てた。
「全くもう、森は怖い場所だって教わらなかったか?」
おじさんは立ち上がると、食えないと放置しておいた魔物の頭部を取り上げ、ニヤッと嫌な笑みを浮かべ2人に向かって投げつける。
その頭部は2人の手前に落ちコロコロと不規則な回転をしながらダニエルの足元で止まる。
フィスリアがもう死んでいるとは言え魔物の恐怖心からか僕の背中に完全に隠れた。
「……街に居場所なんてない」
「そうか、ならこいつに勝てる力を付けないといけないな」
おじさんは不安になるような笑みを浮かべ、次の日から剣術の訓練という名目でフィスリアと共に魔物の討伐をさせられた。
おじさんはいつも木の上で魔物を寄せる香を焚き昼寝をしていた。たまに寝返りを打ち、真っ逆さまに落下したことしばしば。
そんな日が一年ほど続いたある日
「もう俺に出来ることはない」
といい残し、山奥に去って行った。
そして今日2年ぶりに再会を果たした。
「見るな、力が欲しいか?」
ダニエルにはその言葉の意味がわからなかった。だが4人の喧嘩を止めれるなら拒否する理由などなかった。
「欲しい」
「あまりいい結果にはならないぞそれでも欲しいか?」
「それでも、欲しい」
「何回やっても結果は変わらないか」
「うん?」
「気にするな、これを使え」
おじさんは自分の腰に差してあったダニエルの身長ほどある剣を抜き出しダニエルに持たせた。
その剣は何の変哲もないただの普通の剣。
握った瞬間に溢れ出す力もなければ禍々しい雰囲気すらない。




