36 フィスリア
フィスリアは背後からダニエルを狙おうとした練度の低いゴブリンの弓兵が放った毒矢の身代わりになり命を落とした。
フィスリアが身代わりにならなくともダニエルの反応速度であれば声さえかかれば対応出来たが、運悪く目の前で魔王軍守護のエントラス所属第三部隊長グラグエルと壮絶な一騎打ちをしていた。
オーガスタがグラグエルを挑発し攻撃を自分の向けるように誘導して、攻めかかってきたグラグエルの足元にアネットが足止めのために攻撃魔法を打ち込み、動きが止まったところでダニエルが斬り込む。
3人の連携が取れた必殺の攻め手。
第三部隊長グラグエルはゴブリン兵によってフィスリアが身代わりになった直後、ダニエルとの一騎討ちを一方的にやめ、褒賞を貰えると喜び周囲が疎かになったゴブリン兵の首を跳ね飛ばし自分の腹に剣を立てた。
「……!っ、う。すまない」
ダニエルは怒りに狂い。周囲をを確認することなく、痛みにもがくグラグエルの心臓をひと突き、苦しませないように刺した。
ふらふらとフィスリアの元に辿り着き、
彼女の軽い体を抱き抱えると掠れて全く聞き取れないような声で謝る。
「ごめんなさい……」
全身の力が抜けダニエルは今まで一度も出したこともない声を上げ、フィスリアの体を強く強く骨が折れそうなほど抱きしめたがフィスリアは抱き返してこなかった。
「ぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
オーガスタとアネットはこの一番弱ったタイミングを狙い先ほどのゴブリン兵のような伏兵げ現れるのを警戒し、いつでも敵の防げるように周囲に神経を張り巡らせる。
その直後、森の奥から全身切り傷だらけ上半身裸の大男ギルドマスターがドンッドンッと一歩ずつおぼつかない足元をどうにか押さえつけながらダニエルの首を掴み上げる。
その拍子に抱き抱えられていたフィスリアの遺体が腕からこぼれ落ちる。落ちた身体は受け身を取ることなく地面に軽い音を立てた。
彼女はもう遺体なのだとようやくダニエルは理解できた。
「……戦場でッ、仲間の死を悼めと……俺は教えた覚えはない」
瀕死の重症、どんなに運が良くても、もう生きて帰ることは不可能な程の怪我を負ったギルドマスター。途切れ途切れの息遣いだが覇気のある声でダニエルを叱責した。だがほとんどダニエルの耳には届いていない。
ダニエルの頭の中はフィスリアの死で脳内許容量を優にキャパオーバーしている。
「……貴様が……弱いからだ。………一騎討ちなど貴様の楽しみに過ぎん!! 一般兵にとっちゃそんなことは関係ない。はぁはぁはぁは、貴様が弱いから、勇者よりも大切なものを失った。フィスリアの回復魔法こそ最後まで残こすべきだった」
ダニエルの首を絞める指が更に締め付けられたがフィスリアの死で放心状態のダニエルは自分がどうなっているのかわからない。
「あれさえあれば死さえ凌駕できた。死という運命をねじ曲げられた、これで我らの勝機はまた一つ失われた」
「ギルマス!! 今そんなこと言っても何の意味もないだろ!」
外の戦場を片付けて終わった返り血を盛大に浴びた双龍の牙のリーダーグラット、真っ二つに割れた盾を構えているグラジュエル、1人だけ何故か綺麗なアメジストの3人が雪崩のように魔王城内へ一斉に侵入してきただがそこには魔法職のリオーナの姿はなかった。
「貴様らか」
今のダニエルへの行為を咎められたギルドマスターはダニエルは放り投げるように解放してもう1人の姿を探す。
「リオーナは?」
「死んだよ、俺たちが前の敵と戦っていたら草むらに隠れていたゴブリンに射抜かれた」
「そうか……」
すでにダニエル達と双龍の牙、ギルドマスター以外の戦士達は皆死んだ。その多くはどこで死んだかもわからない。誰にも看取られずにこの世を去った。
リアーナも然り。
仲間達に隙を与えないように声を一切出さずに痛みに苦しみ耐え我慢して死んだ。
それからすればフィスリアは最高の形で死ねただろう。子供の頃とはいえ生涯を誓い合ったダニエルに看取られ、子供の頃から一緒に遊んだアネットとオーガスタに守られながらこの世界に別れを告げれたのだから。
ここまでに死んで行ったもの達は皆冷たい土の上で志し半ばで生き絶えていった。彼らと比べればフィスリアは十分幸せと言える。
「まだ先は長い」
すでに満身創痍のギルドマスターが一歩踏み出そうとした直前、全身にものすごい威圧感がのしかかる。
「……来たぞ、魔王だ」
姿形はまだ黒い闇の奥だがギルドマスターは断言した。
突如現れた黒い闇からお昼寝の時間を邪魔された赤子のように眠たげに目をこすりながら魔王が体をふらつかせながら歩いてきた。
こな腑抜けた奴が魔王か? とギルドマスターは
思ったが、一歩、魔王が近づくごとにダニエル達に掛かる威圧感が増大する。まるで見えない何かに押されているような感覚を覚える。
「我の城で何をしている?」
オグワは目の前で死んでいるグラグエルの遺体をチラッと見ると死体だったはずのグラグエルが息を吹き返した。そしてすぐに起き上がり魔王の前で跪く。
「も、申し訳ーー」
「喋るな」
「ッ! まおーー」
グラグエルの身体の下に黒い円形の闇が発生するとグラグエルの身体を飲み込み。声と共に消えた。
「我が身体の中で安らかに眠れ、グラグエル。貴様の戦績は我が見届けた」
そう言い、魔王の姿が蜃気楼のように揺らぎ、ダニエル達の中でいちばんの強さを持つギルドマスターの目の前にまるで瞬間移動したかのように現れた。
「……ッ! 動くな」
ダニエル達が一斉に剣を構えようとするがそれをギルドマスターが鬼の形相で止めさせた。
魔王の首を切り落とす直前ダニエルの剣が止まる。
「正解だな。止めなければ彼は死んでいた」
魔王は首筋の皮をわずかに切った剣を摘むと力だけでダニエルごと後退させる。
「……ッ! 何だこの力」
「一度止まった剣など簡単に動かせる」
魔王は剣の先をつまみながら半身避けると、剣を引きずりダニエルに魔王の後方に投げ飛ばした。
「良い筋肉だ、骨格も我が四天王エントラスを倒しただけある、だが背中の骨にかなり負荷が掛かる戦い方をしているな、拳で殴るのをやためたらどうだ?」
恐怖心で身動きが取れないギルドマスターの体をペタペタ触り筋肉の感触を確かめる。
初めて味わう恐怖心に声が震えないようにゆっくりと口を開いた。
「貴様に言われる謂れはない」
「そうだろうな。我も同感だ敵に適当なことを言われたくない。そこで喚いていた小僧と比べれば、貴様かなり強いな、言い表すならば……師匠と弟子というぐらいだろうな? だがあの弟子は貴様を超える素質を持つ、そんなところか?」
「…………あぁそうだ」
自分の見立てが合っていたのが嬉しいのか魔王は笑顔を見せたがそのあとすぐにムッとした表情を見せた。
「まだ俺を超えることなどありえないが近い将来必ず魔王、貴様を殺す者となる」
面白おかしくなったのか笑い声を噴き上げた魔王は腹を抱えしゃがみ込む。
「あはははっあははは!!」
笑い過ぎて酸欠になったのか肩で息をし始めた魔王は無理から笑いを抑え呼吸を整えてギルドマスターの肩をトントンと慰めるように叩いた。
「………我を殺す? また大きく出たものだ、それは傑作だな、我を殺せると本気で思っているのか?」
ギルドマスターの巨体がまるでピンポン玉ように放り投げられた。
「ギルマス!」
「よそ見をするな」
魔王がギルドマスターを助けに行こうと動き出したグラットの耳元で呟く。その直後グラットは魔王の存在を感知できぬまま殴り飛ばされたが無意識の反射神経が作用し魔王の拳を剣で防いだがその代償として粉々になった剣だった物はダイヤモンドダストのようにキラキラ舞い落ちた。
「無意識に剣で直撃を防いだか……運のいい奴だ」
2人始末した魔王はダニエル達をどう殺そうか考えながら視界に入れた。
「ほう、お前達はなかなか理にかなった動きをしているようだな」
オーガスタとグラジュエルが盾を構え並びアネット、アメジストを守り、ダニエルは自分が囮だとでも言うように盾の前で震える手を無理やり押さえつけ剣を握る。
「魔王!」




