32 静寂に包まれる街
翌日、魔王は連日の疲れからか起きてこなかった。ダニエルに殴られた傷の修復のせいで無駄に体力を使っていたのかもしれない。
そんなわけでぐっすり寝ている魔王を起こさないようにダニエルはいつも通り朝食を食べる為に馴染みの喫茶店を訪れていた。
「やっぱりこの静寂は身に染みるな」
「えぇ、この2日しか味わえない至上の静かさですな」
普段、ダニエルの独り言に返答するものなど居ないそのせいか背中が少しだけ跳ね上がる。
恐る恐る振り返るとそこには申し訳なさそうに立っているちょび髭を生やしたこの店のマスターが居た。
「おっと、失礼しました」
「マスター? 驚かさないでくれ」
「今日は私も暇なのですよ」
そういう時ダニエルの横に空いた椅子に腰掛け持参したコーヒーを啜り始め「私もこの静寂が好きですね」と一息ついた。
もしかして、今日ぐらい休みにする予定だったかな……なら悪いことしたな。
「もしかしてお邪魔だったりする?」
「いえ、そんな事はありません。ダニエル様はお客様です、お客様がいらっしゃるのであれば我々は店を開けます。それが私の仕事ですから」
店を営む者、決してお客様を邪魔にすることはない。
マスターの言葉には説得力がある。
客が居る限り店を開ける……か、まぁ無理してほしくはないけどね。
マスターがそう答えたのだから、これ以上自分が聞く必要ない。ダニエルは一言「そうか」と呟いた。
「そう言えば今日は御連れ様はいらっしゃらないのですか?」
「昨日の疲れが残ってるみたいでな、まだ寝てる」
祭りの後片付けに時間がかかり帰宅できたのか日付を跨いだ頃になってしまった。つまりダニエルはたったの5時間ほどしか寝ていないわけである。そしてオグワは暖かいベットの上で今もぬくぬくと熟睡中。朝起きたダニエルが熟睡していることを確認した。
「そうでしたか、大人でも子供でもはしゃぎ過ぎると翌日は眠たいものですからね」
「マスター達は平気なのか?」
確か昨日も店を開けていたと聞いたがマスター達も結構大変だと思うけどな、だって祭りが終わるまで店開けてたんでしょ?。
「私は慣れてますから、それに昨日はいつも通りの時間で店仕舞いですよ、客席も制限して私1人とあとは1時間の交代で店に出て貰いましから、あまり夜遅くなると泥酔客が来ますからね。追い払うのは骨が折れます。従業員達は皆遊びに出ていたようで今日は無断欠勤ですよ」
「それは大変だな」
今頃従業員達も夢の中だろうな、そろそろ飛び跳ねて起きた頃か?。ダニエルはそんなことを考え、まだ冷めないコーヒーに珍しくミルクを入れた。
「大丈夫ですよお客様も少ないですし私1人でも回せます、10時を過ぎれば眠たい目を擦りながら出てくると思いますよ、それか青い顔して走ってくるかもしれません。まぁ寝坊が許されるのは昨日今日だけですけどね、明日からは許しませんよ、特製ブラックコーヒーで目を覚ましてもらいましょう」
「絶対に味わいたくないな」
本気の目で拳を握り力説した。誰かは知らない従業員達、ご愁傷様。
マスターはまるで罰ゲームのようなことを言っているが一応特製ブラックコーヒーはメニューに載っているれっきとした商品である。年間に一つも出ないが。
「慣れれば意外と美味しいですよ」
「慣れれば、か」
「ええ、慣れればですよ、私はいまだに慣れませんね」
「マスターでさえ慣れないのかよ」
「アレは本当に苦いですから。試してみます?」
「いや、遠慮する」
この店の商品は全てマスターが自らの舌で確認したものしか出さない徹底ぶりだ。少しでも違和感を感じればそれが表に出ることはないのだがなぜが特製ブラックコーヒーだけは失敗作のはずなのにメニューになっている。
「なぜ皆さん遠慮するのでしょう」
理由が本当にわからない様子でマスターが呟く。
「不味いからでしょ」
「私的には美味しいと思いますよ」
真っ当なことを言ったはずなのになぜが間違っていることを言っているような空気が流れた。
「慣れてないんでしょ?」
「慣れると美味しいは違いますよ」
「同じような感じがするけどな、慣れるから美味しく感じるとは違うのか」
「えぇ、全く違います」
お互いこの空気を味わうためかしばらく無言の時間が続いたがなぜが嫌な感じはしなかった。




