3 会議は思うようには進まない
国王が要請した会議は紛糾の一途を辿っていた。
国防大臣は先ほどと変わらず各国との連携や今後の国際関係など国家的な観点から反対の意見を丁寧に説明しながら述べ
経済大臣は魔王が融和の意思を見せていることからこれを利用しない手はないと言う意見を出し
近衛騎士団からは勇者が魔王を討伐しないと言っている以上、魔王を討伐することは事実上不可能という見解を示した。
それに反発したのが外務大臣である。我が国に魔王が滞在するとなったら他国から何を言われるか、想定できる範囲でも経済制裁や軍事的圧力などが想定できる。最悪の場合を考えておくならば戦争が起きる可能性もあると熱弁した。
マスカレード王国は周辺各国と比べれば上位に位置する軍事力を有しているとは言え、多国間連合軍と戦争になればこの国は持たないだろう。
そしてもし経済制裁を受けた場合でも我が国は立ち直れないほどに経済が悪化すると想定される。
しかし、魔王を追い返すと言っても事実上不可能である。帰れと言って帰る保証はどこにもない。
勇者にかけた経費は一切回収されず魔王を野放しにすることになる、そうなれば貴族や融資している商人達が『はい喜んで』と首を縦に振るとは到底思えない。
それに追い返したところで攻め込んでこないと言う保証は一切ないのだ。ついでに言うともし攻め込んできたら勇者ダニエルはもう一度魔王を討伐してくれるのかと言う問題がある。
現にここに魔王を連れてきたのは勇者である、その勇者を無視して魔王を追い返して攻め込まれました。『お願いします、助けてください』など、頭を下げれる訳がない。チンケなプライドが邪魔するのである。そもそも頭を下げたところで事態が好転するとは限らない。
結局の話魔王を置いておいても他国から何を言われるか、魔王を追い返したら攻め込まれ滅亡する運命は確定するようなもの、追い返しても居座らせても地獄のような状態が既に起きている。皆その事をわかっているかららこそ誰も結論を述べようとしないのだ。
1時間経っても会議は平行線を辿っていたがここで遅れていた、陸軍総司令官シシリー・ジョンソンと海軍提督ウォルター・マクナガフが到着した。
そして陸軍総司令官エディが城下町で配られていたと言う新聞社の号外を持ち込んだ。
「なんだこの記事は!!」
一番最初にその記事を受け取った国王は紙が破けそうなほど拳を叩きつけた。
それとは反対に海軍提督ウォルターは冷静な反応を示した。
「『勇者ダニエルが魔王を安全な存在だと明言』か、あの勇者、何を考えているのだ? もしや本当に魔王に誑かされたのかもな」
「勇者を侮辱する気か?」
「そんな事はない事実を言ってるだけだ」
ちくりと国防大臣レイシア・レイモンドが苦言を呈するとウォルターは鼻を鳴らした。
国防大臣と陸軍総司令官は仲が悪いのである。
仕事の事となれば仲が悪いなど言ってられないが今回のように自分達にさほど関係のない事になると口喧嘩が絶えないのである。
「2人ともやめないか」
「失礼しました」
「申し訳ありません」
外務大臣レイピードがふたりを静止し、ゆっくりと立ち上が国王を見た。
「陛下、正直言いますと我々では解決不可能な問題です」
目を閉じ話を聞いていた国王はそれに頷き続きを促した。
レイピードはこの場に集まった全ての人の顔をゆっくりと見回すと静かに口を開く。
「先ほどの記事もそうです、我が国内だけで出回っていると言う証拠はありません、ここまで用意周到に行われているのです、他国でも同じようなことをしていても不思議ではありません、それに一番恐ろしい事は他国では違う情報を流している可能性があります」
レイピードの意見に先ほどで口論を繰り広げていた者たちは誰も口を挟まなかった。ここにいる者達はこの国でトップの人材達であるこのぐらいの可能性とっくの昔に勘づいていると思われる。
「まだ、一新聞社の報道です。なのでここは国王陛下から正しい情報を各国、そして我が国民に流す必要があると私は考えます」
「それが一番いい案だと言うのはわかっておる、だが時に情報とは真実や正義が勝つものではない。誤った情報の方がより信憑性が増すのだ、昔から我々貴族と呼ばれる者達がしているようにな」
国王はそう疲れたように呟くと玉座から立ち上がり、民衆が押しかけている城門が見える窓の前にたった。
窓から見える民衆達は門を破る様子などは見せず、ただ静観しているようにここから見える。
国王である私の言葉を待っているのか
魔王と言う御伽話のような存在を見てみたいとでも思っているのか
それとも勇者の姿を一目でも見てみたいのか
私にはわからない。
「わかった。レイピード。其方にはかなりきつい役割を任せる事になるが良いか?」
「はい。陛下のためであれば何なりと」
レイピードは何一つ迷わず跪くと他の大臣達も同じように跪いた。
「では決定を下す。この国に魔王が滞在することを認める。勇者殿が魔王を討たぬと言っておる、どの道魔王を殺す事はできない。各国の軍を総動員すれば倒す事ができると思うが、レイシア、それは不可能であろう」
「ええ、不可能です。各国色々と思惑がありますからね、そもそも一つの軍すら烏合の衆なのにそれが3カ国になれば破綻する事は目に見えてます」
外務大臣レイシアは色々と毒づきながらも現状を率直にに答えた。
国王が言う通り、連合軍を組めれば相当な被害が出る事を覚悟すれば魔王領など簡単に解放できるが、各国色々とあるのである、もし、魔王領が無くなったら、この先を見据えるのならば前線の兵士もいらなくなり、前線に送っている大勢の兵士達を削減しなければならない、それに伴って武器商人や食糧面から見てもさまざまな影響が出る事は目に見えている。
だから現状維持が経済的な観点から見れば各国一番都合が良い状況という訳である。
「レイピード、各国に書状を送れ、この事態何一つ欠けることなく全部ありのままに送りつけてやれ」
勇者殿にしか魔王が殺せない……魔王はそれを利用したのか? そもそもの話魔王の力があればこの世界ぐらい簡単に征服できる、今この時点で魔王軍と人類が拮抗状態を維持している事がおかしいのだ。
では何故魔王はすんなりと勇者殿に拘束された? ……勇者パーティの奴らはどこに消えた?
勇者殿の話では魔王軍との戦いで死んだと言っていたがそれにしては勇者殿の態度がおかしすぎる、普通仲間を殺されてその仇である魔王を殺さない? 普通じゃあり得ない。私なら八つ裂きにして火山放り投げても怒りが収まらないだろう。
勇者殿がそこまで薄情な者とは到底思えない、やはり、何かがあるべきだと考えておくのが得策だと思うが、これを話して誰が信じてくれるかだな。
たとえ国王の言葉だろうと『勇者が国を裏切った』と言ったら国民の中では少なからず不信感が芽生えるだろうな、大臣達も一枚岩ではないのだ、変なことを言えば国が割れる事になる、それが魔王の狙いか? 目的は? 世界をとるためにこんなまどろっこしい事をするか? 長寿の戯れか? どちらにせよレイシアとレイピードには共有しておいた方が安全か。
……そうだ、陸軍総司令と海軍提督にはワシから伝えておくか、余計な仕事が増えた。