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25 魔王はタフ

 

 翌日 


 ダニエルは朝のトレーニングを終えいつものコーヒーを飲み、まだ起きてこない静かな街を眺めていた。


 収穫祭2日目の朝。街は驚くほどに静寂が包み込んでいた。


 昨日遊び疲れほとんどの奴らが酔っ払って居るのだろうか、いつも必ずこの道を通る商人の姿すら今日は見てない。

 この店にいる客もダニエルを除けば3人だけ、その3人も寝不足なのかパンのジャムを顔に付け大きないびきをかき寝ている。少しうるさい。実質客と言える客はダニエル1人だ。

 その中にオグワは含まれていない。


 動き始めた街の音も耳に良いが、全く音のない朝もまた格別である。年に2回今日と明日の朝にしかこの静かさは体感できない。


 ここ最近あのクソ魔王のせいでランニングが出来ず足が鈍ってきた、流石にこれ以上走らないのとむず痒い、明日は魔王を道連れにしてランニングを再開しようかとコーヒーをチビチビ飲みながら悩んでいると、寝癖ボーボーの寝起き魔王が大きなあくびしながらやって来た。


「はぁーーーあぅ、」


 昨日はかなり落ち込んでいたのに寝て起きるとあら不思議ケロッとしている。

 あんなに心配してやったのに……こいつって奴は。


「あーぁ、よ〜く寝た。やはりちゃんと寝た後の目覚めは格別だな」


 それにしては目の下のクマが深いような……。

 やっぱり置いて来てよかったな……。

 平常心…平常心…こいつに何言っても意味はない。

 深呼吸して心を落ち着かせる。

 そして視界にオグワの姿を入れないようにしたいが、わざわざオグワは視界に入り込んできた。


「無視とは酷いではないか」

「あぁオグワ、居たのか気づかなかった済まんな」

「酷い言い訳が聞こえたが、海より広い心を持つ我だからな許してやろう」


 尊大な態度で許されたダニエルの拳がテーブルの下で固く握られた。


 こいつを殴っても意味はない……

 こいつを殴っても意味はない……

 こいつを殴っても意味はない……


 人間は6秒怒りをやり過ごせば怒りを忘れることができると街の噂が言っていた。

 それに倣い、ダニエルも怒りを流そうと心の中で自分を押さえつける。


「ありがとな」

「我だからな、我は優しいからな」


「今日の仕事忘れてないよな」

「あぁ! わかっているとも、さぁ行こう!」


 ダニエルの腕を引き連れて行こうとするがダニエルの体は微動だにしない。


「行かないのか?」

「コーヒーを静かに飲ませてくれ」


 ダニエルの目から怒りの感情は沸々と感じられ流石の魔王もこれ以上はまずいとでも思ったのか下手な口笛吹きながら「わ、我も朝飯を食べるとするかな……」と言いながら姿を消した。


 ダニエルがテーブルにふと目線を向けるとコーヒーが倒れていた。


「クソッ魔王!!!!」


 我慢していた怒りが一気に溢れ出し止めきれなくなった感情が声として爆発した。

 店の奥からぱりーンと甲高い何かが割れたような音がし『我のせいではないぞ』と言う聞き慣れた声が漏れて来た。


 気持ちよさそうに寝ていた客がその怒鳴り声に驚き飛び起き、背もたれがないことに気づいた時には後頭部を強打し再び夢の世界におねんねしに行った。


 ♢ ♢ ♢


 紫芋、いや、顔を真紫に染めた魔王が「痛い」と小さく漏らした。いつもの飄々とした顔はどこかに消え去り、頬は元の色がわからないほどに殴られ紫色腫れ、目元も相当殴られたのかゴブのような状態になっている。

 新種の魚と言われても疑う人は出てこないだろ。


 タフで有名なオグワでもこれはダメージとして効いているのか、涙目で正座し、ごめんなさいと地面に頭を擦る。


 周りには何事だ! と集まり始めた野次馬が2人のことを汚い目線を向けながら見物している。

 ダニエルがそいつらに強烈な視線を向けると蜘蛛の子を散らすようにそそくさと逃げ去った。


「顔を上げてくれよ」


 ダニエルはオグワの前に膝立ち状態に腰を下ろした。オグワの顎を持ち上げ強制的に顔を上げさせた。


「許してくれーーぐぐゅぶ」


 何があったのか特に説明しないが魔王は殴られた。

 殴られたオグワは二、三メートルほど吹き飛び怯えた様子で後退りしているが、壁に当たり全く動けない。


「す、すいませんでした」

「なにが?」


 立ち上がったダニエルがオグワに一歩ずつ近づくと滑るようにして逃げようとするがオグワの思うような体が動かない。


「こ、コーヒーをこぼしたことでしゅ」

「うんうんうんうんうん、少し誠意が足りないと思うんだ」

「わ、我にど、どうしろと」

「少し頭を水で冷やしたらどうだい」


 頭を冷やせる=川に入れ=死ねとオグワの頭の中で式が出来上がる。


「そ、それは寒いです」

「実際に川に入って死ねなんて言ってるわけじゃないんだ。お前の命にそこまでの価値ないし、死んでもらっても後処理が面倒なだけだからね、そもそもお前溺死するのか? もっと現実路線で行こうと思うんだよ」


 げ、現実路線……ダニエルが言ったことをそのまま復唱したオグワにさらに早くなった心臓の鼓動が身体中を駆け巡る。


「じ、腎臓……」

「うん? 腎臓ね、二つあるから一個減っても大丈夫…………いや流石にそれはダメだと思う。まだ足りない、心臓なんてどう? 魔王って心臓何個あるの? 10個ぐらいあるの?」

「……わ、我の心臓は一つしかないです」

「じゃ取ったら死ぬね」

「はい」

「脳は?」

「そ、それは我でもダメです」

「僕はね怒ってるわけじゃないんだよ、少し失望したんだよ、まさか魔王がここまでバカだったとは思ってなかったからさ」

「…………」


 何も反論できなかった。反論してもダニエルが許してくれるはずもない。

 反論したらしたらでまた殴られるオグワは黙ることしか許されていない。だが黙っているだけでは解決はしない。


「僕はね、いつもいつもオグワのことは言葉が通じない魔物かなんかだと思って接していたのでもね魔物の方がまだコミュニケーションが取れそうだよ」

「そ、そんなことはないかと」

「でもさ、何回僕が言ったらわかるの?」


 ダニエルは地面に投げ捨ててあったこの間2人で制作したおもちゃの銃を取り上げてオグワのこめかみに押し付ける。オグの反応はまるで本物の銃を押し付けられているように体が震えて冷や汗が首筋をダラダラ溢れるように流れている。


「なんで、このおもちゃの銃、本物になってるの? 僕ダメだって言ったよね、コレ撃ったら魔王城ですら持たないとほどの威力があるわけだよね、それをこんな街中でぶっ放したらどうなるかわからなかったの?」  


 こめかみに当てられているのは魔王が魔法で作り出し本物の銃であった。その銃が本物だとわかっているからオグワはあそこまで怯えているのだ。


「そ、それはこっちの方が楽しそうだと……」 

「あゔ」

「すいません」

「コレさもし僕が気づかなかったらどうするつもりだったの?」

「そのまま使ってました」

「なぁさ、少し落とし前つけようか」

「お、落とし前とは……」

「指じゃつまんないし、心臓は可哀想だし、足でも良いけど空飛べるよね」


 失ってもほとんど意味ないよね、それに別に生えてくるよね、とオグワの耳元でそう悪魔のような声で囁いた。


「ならさ山奥であの銃、頭に突きつけてで良いよね、どうせ生き返れるんだからさ」


 深い説明はしなかったが、その一言で何をしろと言うのははっきりと理解できた。

 僅か数秒沈黙が続いただけだかオグワの体感としては一日以上の時間に感じられた。



「あはは、冗談だよ冗談、僕がそんなことさせるわけないじゃん」


 ダニエルは突然笑い出し許してくれ、冗談だよとダニエルの脇を持ち上げ立たせた。


「そ、そうか……」

「さぁ祭りを楽しもうや、ずっと見守ってやるからな」


 オグワにはずっと監視しているからなと聞こえた。


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