2 勇者が見た真実
「彼は非常に紳士的で決して我々が思っているような野蛮な者達ではありませんでした。私が見てきた人達は皆教育が行き届いており、素晴らしかったです」
勇者の高説が終わると玉座の間から音と言う音が消えた。誰もが息をするのを忘れて勇者の演説に耳を傾けていた。その内容が本当か嘘なのかこの場に答えを知るものが2人以外にいなかった。だから騎士達には仕事忘れ聞き入っていた。
「……勇者殿」
その無音を崩すように国王が言葉を発すると騎士達は自分が何をしていたのかを思い出す。緩みかけていた拳を再度握り、魔王へ向けられていた槍を突き直した。
魔王は一切表情を変えることはなく、にこやかに微笑んでいる。槍を突かれたとしてもだ。
「先ほどから何を言っておるのだ? 紳士的? 魔の物達が? 勇者殿は本当に魔王に誑かされたのか?」
国王の声がこの広い玉座の間に何重にも反響しさまざまな角度から木霊する。
「陛下、私は誑かされたなどおりません。魔王に対する認識を改めただけです」
勇者は自分達を囲んでいる騎士一人一人の顔をゆっくりと見渡した。彼らの目はまだ動揺している。国王を守るべき立場ではあるが勇者の発言が騎士達を揺さぶっているのは確かである。
「先ほども言いましたが、誰から魔王が悪であると教わりましたか? 主に両親でしょう、では両親の両親は? 両親の両親の両親は? もう誰にもわからない。であればここで一度魔王と言う物に対する認識を考え直してもよろしいのではないでしょうか? このまま魔王は悪と言う凝り固まった概念に基づいて行動して世界が平和になるでしょうか?」
「勇者殿は何が言いたい? 魔王と手を取れば世界が平和になるとでも言いたいのか?」
「ええ、その通りです陛下、既に殴り合い殺し合いの時代は終わり、手を取り合う時代へ変化しています」
またも、玉座の間が静寂に包まれる。勇者は今、自分の存在意義そのものを否定した、勇者と言うのは魔王を倒す存在である。そう信じられてきた、そしてその勇者自身が今。その責務を放棄したと言っても過言ではない。
「陛下、ご無礼を承知で申し上げます」
その静寂を突き破ったのは同席していた国防大臣を務めるオルガンスであった。彼は国防大臣と言う難しい役職に就いていることから保守派の筆頭と言われる人物である。
彼の発言は時に国王すら超える影響力を持っている。
オルガンスは二歩、前に出ると国王の方を見た。そして少し、頭を下げた。
「私は反対です。今まで魔王と魔王軍は我が国に対して莫大な損害を与えてきました、それが今更和平を結び、仲良しごっこをしましょう? 何をバカな、そんなもの許せるわけがない。そもそも和平を結んでどうするのですか? 国交でも開きますか? そうなれば我が国だけの問題ではなくなります王妃様の出身国であるショコラシア王国や南のダグマ国とも話をつけなければなりません、下手に我々だけで動いたらそれこそ、戦争が起きる原因となるでしょう。魔王はそれを狙っている可能性も、そして戦争となれば被害は魔王軍と戦うより大きいものとなるのは目に見えています、陛下どうかご一考を」
オルガンスは自分の意見を述べ終えると、静かに自分の立ち位置に戻った。そして国王が立ち上がり勇者を睨んだ。
「勇者殿、魔王を監視しとけ。そこから一歩も動かすではないぞ」
「承知しました」
「オルガンス、今この城に残っている全大臣達を会議室に集めろ、皆の意見が聞きたい」