12 勇者魔法
街の住民達の黄色い声援を全身に浴びながら勇者御用達の衣料品店に入るとあの名物店長と目が合い、瞬きする間にまるで瞬間移動したかのように目の前に現れた。
「ある種の魔法だな……」
正確に言うならば魔法では無く熟練のテクニックと技術による賜物なのだがいくら魔王と言えどそんな無粋な真似はせずただ単に褒め称えた。
「お待ちしておりました。勇者様、オグワ様。また贅沢な声援ですね、これでうちの商売もまたウハウハですよ」
勇者がこの店に入ってから僅か1分も立っていないがすでに店の中には勇者と同じものを買いたいと言う客がごった返していた。店の入り口では店員が行列用の列を慣れた手つきで作り入店人数の管理を始め、あちらこちらで「割り込んでくるな!」「私が先よ!」「ブスは引っ込んでろ!!」と言ったら怒鳴り合いや罵り合う声が聞こえてきた。
「しかしエキサイティングされるのもあまり嬉しく無いですね」
外では一部のもの達が殴り合いの喧嘩を始めた。
女達による女達の意地と根性と勇者を賭けた争奪戦のゴングが鳴らされた。
「すまない」
外の様子を窓から見た勇者は素直を謝り、「俺がどうにかする」と言い、店の外に出た。
「皆、やめてくれ」
勇者ダニエルは自分に視線を集めさせ、集まったすべての女の子達と目線を合わせた。
勇者の声が聞こえたのかこの場は静寂に包まれ、勇者の次の言葉を固唾を飲んで待つ。
胸に手を当て少しだけ息を吐くとゆっくりと言葉を選びながら語りかけた。
「皆、僕のために喧嘩をしないでくれ、僕はみんなが傷つく姿を見たく無い。僕と同じものを買いたいのはよくわかる、でも、僕はそれを望んで無い。僕に似合う服があるように一人一人に似合う服が必ず存在する。だがら自分に似合う服を着て欲しい。真似をするのではなく、個性を見せて欲しい。僕からのお願い、みんな、聞いてくれるかい?」
その瞬間、溢れんばかりの歓声がそこら中から響いた。老若男女関係なくこの場にいた全てのものは勇者の言葉を受け入れた。
カンペもなしにここまでの長台詞がよく出てくる物だなと後ろで見ていたオグワは思う。
もし我ならお前ら黙ってろで終わるけどな。
ダニエルは喧嘩をしていた2人のところに向かうと優しく問いかける。
「君たちも、もうやめないか? ここは僕の顔に免じて、その拳を下ろしてくれない?」
その2人は拳を下ろすと同時に、頬に涙が滝のように流れ出した。メイクが流れ落ちパンダのような状態となるが今の2人にそれを気にしている余裕もなく、ダニエルもメイクなど最初から無かったかのように接している。
『ごめんなさい』
素直に謝った2人に勇者ダニエルが「よく言った」と満面の笑みで言うと2人の頭を優しく撫でた。
「あれもあれである種の魔法だな」
「そうですね、勇者魔法とでも名付けましょうか」
「その効果は?」
「笑顔で人を殺せるなどはいかがですか」
「乗った。我も前々からそう思ってるんだよ、何であんな笑顔出せるのだろうか」
「勇者様ですので」
そう言われれば誰も反論できない。
いつの間にか仲良くなったオグワと店長が店の外に出てきてこの場の空気にある種のため息を吐き意気投合していた。
「勇者魔法か、なかなかいい名前ではないか」
「2人とも勝手に名前をつけるのはやめてくれ」
「いいじゃ無いですか、勇者魔法、売れますぞ」
「なにをどう売るんだ?」
「それはぼちぼち」
意気投合した2人は楽しそうに今後の事業についてにっこりホクホク話し合い、置いてきぼりのような状態にされた勇者ダニエルはそんな2人を冷めた目で見ていた。そしてその後ろでは勇者とこんなフランクに会話している2人に女の子達の恨みが沢山こもった視線がズカズカ突き刺さるがやはり2人が気にすることは無い。
オグワは当然として店長までもが図太い肝っ玉を持っているようだ。
その後、饅頭の箱に勇者魔法と書かれた勇者饅頭がほんの一週間だけ販売されて大ヒット商品となったが、1週間を過ぎると街中からパタリと勇者饅頭が姿を消した。
店内に入ると勇者の着替えを覗こうとしているのかまだ数人の女の子たちが棚と棚のわずかな隙間から視線を覗かせている。
「追い出しましょう」
部下に「買わない客は客じゃ無い」と叱責すると店員達が一斉に女の子達の首根っこを掴み上げ店の外に放り投げるようにして退店を促した。その後入口には2人の店員が用心棒として立ちはだかった。
「勇者様、オグワ様こちらです、この様子なのでバックヤードでお渡しします」
バックヤードに向かう前に店の外を見ると勇者の姿を一目でも見てみたいとでも思っているのか大勢の女の子達が目に穴が開くほどの眼力で勇者を見ている。
「すまないな」
「あはは、有名人は辛いな!」
ダニエルが本当に申し訳なさそうに謝る隣でオグワは楽しそうに笑い、ダニエルの背中をおもっきり叩いた。
「仕方ない事よ、我も魔王城から外に出るとお主のようになったものだ。時々刃物が飛んできたがな、それより随分マシだろ」
「刃物が飛んでくるのかよ、お前の街は……」
黄色い声援が降り注ぐだけでも結構疲れるのだ。体力的と言うよりも精神的に結構辛い。やっぱりそう言う声援には笑顔で応えないとと言うある種のバイアスがあるのだ。勇者たるもの笑顔にしなければならないと言う見えない圧があるのだ。笑顔を作るのも結構大変なのである。
「あぁ、そうだ。たまに我の腕を落とされたりしたな、あれはプロの犯行だな素人の投げ方じゃなかった」
切断された箇所なのか膝の少し上あたりをさすった。
「その言い草、犯人わかってんだな」
ダニエルの表情がさらにげんなりした物に変化する。魔王のことだ無罪放免など無いと理解したのか「これ以上は言わなくていい」と言ったが「まぁ黙って聞け」とオグワに押し切られた。
「見つけたとも、そして同じように腕一本短くしてやった麻酔なしでな。あの者は腕を無くしたショックと強烈な痛みで使い物にならなくなったな。今も牢屋の奥底でシクシク泣いているのかもしれぬ、我もそう滅多に牢屋には行かないからな、あそこは臭くて不衛生だから、牢番の奴らも触りたく無いんだろうな、まぁ飯と必要品だけは投げ込んでいるみたいだから我も放置だ」
オグワは我には関係ないとこよ、能天気に高笑いを上げている。後ろで話している2人の声が耳に入ってしまった店長の顔が青ざめ、この人にだけは喧嘩売っちゃいけないと心に刻んでいた。




