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5.リアル『ざまあ』

 林は自らを励ますように「大丈夫」と、繰り返す。


 昨日の午前中に200万を託してから丸一日しか経っていないのに、林のいとこは解決を約束してくれたという。


 糞ダサいヤンキーの修理代『おかわり』に対抗するためとはいえ、危ないことをしているという自覚はあった。


 そうとは知らないクソダサヤンキーは、例の公園にノコノコとやってきた。


 奴は俺達の姿を見つけると、キモい笑みを浮かべながらガニ股で歩いてきた。

 例のチンピラ歩きだ。


 奴は俺達を威嚇するように振る舞う。

「お? 感心だな? もう準備できたってか?」


 顔を近づけてきたクソダサヤンキーの息はニンニク臭かった。

 昼飯に餃子でも食ったのかもしれない。


 そこで林が「臭っ」と、顔を背けた。


 何のことか分からずに奴がきょとんとする。


 林が続けて「口、臭っ」と、追い打ちをかける。


 しばらく、ポカンと口を開けていたアホづらで奴が怒る。

「あ? なんだと? おれっちの口が臭いだとぉ?」


 林はあおる。

「そうだよ。汚ぇ面、近づけんなよ。カス」


 幾分か声が震えているきらいはあったが、林は勇気を振り絞って台詞を言い切った。


 林は俺にも言えと合図を送ってくる。

 なので、打ち合わせ通り、用意した台詞で通告する。


「か、金は、払わない」

 もっとはっきりとした口調で言いたかったのだが、多少、声が上ずってしまった。


 林も追随ついずいする。

「あの程度の傷で150万? ぼったくりだろ!」


 クソダサヤンキーは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「あ? おらっちには車田組がバックについてるんだぞ? 後悔すんなよ?」 


 そこで、クソダサヤンキーの背後からスーツ姿の怖そうな二人組が近付いてくるのが目に入った。


 それに気が付かずに奴はわめき散らす。

「なめんな? 車田組を敵に回したいんか? ぶち殺すぞ?」


 その時、二人組が奴を両脇から挟み込んで凄む。

「それは駄目だろ」

「そもそも、お前、誰?」


 突然のことにクソダサヤンキーが、ぎょっとする。

「あ? え? へ?」


 ガタイの良い方の男が奴の肩に手を置く。

暴対法ぼうたいほうとか大変なの知ってるだろ?」


 目つきの鋭い男が奴の腕をガッチリ掴む。

「しかも、勝手に組の名前使ってくれちゃって。組の名前出したら大変なんだわ」


 クソダサヤンキーも、さすがにマズい状況だと理解したようだ。

 だが、すでに逃げられない体勢。


 林が奴を指さして止めを刺す。

「この人、車田組はケツもちだって自慢してました!」


 クソダサヤンキーが「あ? おっ? おふぅ」と、パニックにおちいる。


 ガタイ良しアニキが、クソダサヤンキーの肩を鷲掴みしながら宣告する。

「はあ? 誰がケツもちだって? とりあえず、組まで来いや!」


「あわわ、あ、いや、その? うえっ?」

 クソダサヤンキーは、あわになるぐらいビビリながら連れていかれた。


 その後ろ姿を見送りながら林が「だぁー」と、大きく息をついた。

 そして笑う。

「なんとかなったな。お前に金は使わせちゃったけど」


「いや。それは良いんだけどさ……」


「けど、良く考えりゃ、あのヤンキー、あんま強そうじゃなかったよな?」


 確かに林の言う通り、クソダサヤンキーは背も小さかったし、筋肉もついてなさそうだった。

 いわゆる『見かけ倒し』だ。


 林が背伸びしながら言う。

「ざまぁ!」 


 それを聞いて感情の高ぶりに気付いた。


 ―― すっきりした!


 これが本当のリアル『ざまぁ』だ。


 ドラキュラ男が言っていたのはこのことだったのか。

 まさに、札束でぶん殴って圧倒する力。

 経済力という『チート能力』だ!


 そこでふと、林に彼女を見せてみようと思いついた。


 今回の件、そして今後のことを考えれば、林には正直に話しておいた方が良いと判断したからだ。


 *   *    *


 林なら自分と境遇きょうぐうが似ているし、同じ価値観を持っているだろうから彼女の姿が見えるかもしれない。


 だが、そんな淡い期待は、あっさり裏切られた。


 林はベッドに腰かけながら上機嫌で缶ジュースを飲む。

「ぎゃはは! 一時はどうなることかと焦ったぜ」


 林の真横では彼女が、ちょこんと女の子座りしていた。

 その距離が近い。いや、重なっているようにも見える。


 彼女は林の存在を認識しているようだが、林は全く気付く気配が無い。


 やっぱり見えないのか……。

 てことは俺にしか見えない。認識できない。


 その時、「幽霊ではないぞ」という声がした。


 ああ、ここで出ますか……。


 声の主はドラキュラのような青年に違いない。

 こちらが口にせずとも考えていることを把握してしまう人だ。


 念のために、声の出所を窓際に求めて目を向ける。


 自分が変な方向を向いていることについて、林はたいして気にしていない。


 おそらく青年の声も聞こえてはいないし、その姿も認識できないのだろう。


 青年は、こちらの考えを先回りして話しかけてくる。

「私とソレの存在は君達のいう現実世界とは別物だ」


 林がいるので思ったことを口に出すことはしない。

(でしょうね。たぶん、そんなことだと思いましたよ)


 青年は楽しそうに言う。

「君だけにしか見えない。認識できない。その理由は単純だ」


「理由?」


 思わず声が出てしまった。

 だが、林は気にしていない。今のは聞こえなかったのか?


 ドラキュラみたいな青年は、呆れたように答える。

「異世界に来たからに決まっているだろう」


「は? 異世界に……来た?」


 そんな自覚はないけど?


 青年は、ラノベとマンガだらけの本棚を指さす。

「そういうのに精通しているんじゃないのか?」


「や、それは……ちょっと違うような」


「なるほど。『転生』もしくは『転移』か。君等の概念では、それが分かり易いのだな?」


 そうだ。異世界は、何かをきっかけに飛ばされて行くものだ。

 なのに、何の自覚もなく異世界に来ただって? 

 嘘だろ? 引っ越しじゃあるまいし……。


 青年は勝手に納得している。

「ふむふむ。構成が異なる世界。そこに意識、もしくは魂が移動するという考え方なのだな」


 現実世界とは構成が異なる別世界が存在して、そこに意識が移る。

「だいたい合ってる……」


 どうもしっくりこないが、青年の言い分も一理ある。


 彼は唇の端に冷たい笑みを浮かべながら説明する。

「そういう意味では、君は少しずつ異なる世界に移行しつつあるわけだ」


 ―― 異世界に移行中!?


 予想外の説明に思考が停止した。



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