4.クソダサヤンキー
糞ダサい例のヤンキーは、約束の時間より前に公園に居た。
『禁煙』という漢字が読めないのか、足元には吸い殻が大量に散らばっている。
多分、馬鹿みたいに暇なんだろう。
奴は俺と林の姿を見つけると、身体を揺すりながら近づいてきた。
そして顎を突き出して「お? お?」と、睨んでくる。
まるでコントの不良少年みたいな振る舞いにドン引きしてしまう。
奴が早速、手の平を突き出す。
「おう! 約束の金は持ってきたんかよ?」
そこで林が「い、いえ……」と、一歩、後ずさりする。
「あんだと? てめえ?」
林はビクっとして「足りない分は……」と、土下座の体勢に入る。
仕方ない。やるか……。
一歩前に出て「じゃあ、これで」と、制服の内ポケットから封筒を取り出す。
勿論、中身は空っぽ。
それをクソヤンキーに手渡す。
もう、ヤケクソだ。
空っぽがバレて『ふざるな』と殴られても諦める。
あのドラキュラ男に文句は言うけど。
ところがヤンキーは空の封筒を受け取って「お? おおっ?」と、興奮する。
そして、まるで本当にお札が存在するかのように封筒の中身を確認している。
マジか! あの話は本当だった!?
自分には見えないけれども、ボタンを押すときに願った金額は存在する。
そして、渡した相手に、きちんと譲渡されている。
明らかにテンションが上がるクソヤンキーを見て林が驚愕する。
そんな林と目が合った。
そりゃ、引くよな。
なんでお前がそんな大金を持ってるんだ? という感じで。
しかし、その驚きの表情を見せたのは一瞬で、林は何かを察する。
そして耳打ちしてくる。
「お前が金持ちで助かったぜ」
「え?」と、今度は自分が驚いた。
誰が金持ちだって?
昔からの友人で何度もウチに遊びに来ている林が何を言っているんだ?
戸惑っていると、クソダサヤンキーが不細工な笑みを見せた。
そして汚い歯を見せつけながら言う。
「足りないなぁ? やっぱ修理代100万だわ?」
林が困惑する。
「え? じゃあ、あと50万……てことですか?」
ところがクソヤンキーは不機嫌そうに答える。
「あ? 違ぇよ? あと100万寄こせつってんだ!」
ああ……やっぱ、そうきたか。
ここに来る前に久保から警告された。
「これは駄目だと思ったら、警察に行くと言え」
彼が言うには、たちが悪い相手に金を払うのは悪手。
それも、一度、餌を与えたらトコトンしゃぶり尽くされると。
確かに、これは理不尽だ。
不当要求じゃないか!
それを口にしようとしたが、思うように声が出せない。
いざ目の前で喚かれたら、そんなこと言えっこない……。
悔しい。悔しい。
どうせチート能力をくれるというなら、こんなクソ雑魚ヤンキーを瞬殺できる攻撃力が欲しかった。
異世界モノなら、こんな雑魚は瞬殺できるのに……。
なんで、こんな奴を相手にビビらなきゃならないんだ……。
クソダサヤンキーが脅してくる。
「あ? 払わねえなら、車田組使って追い込むぞ?」
ここで暴力団だと? まさかこいつ……。
こちらが怯んだのを見て奴が調子に乗る。
「おらっちのバックには車田組がついてっから? ケツ持ちってか?」
その時、林が肘で突いてきた。
そして小声で言う。
「もしかしたら、何とかなるかもしれない」
思わず林の顔を見る。
何か思うところがあるようだ。
クソダサヤンキーは、散々、イキがっている。
心底、腹が立ったが、今は我慢するしかなかった……。
* * *
林が言うには200万あれば、いとこの知り合いに頼んで解決できるかもしれないそうだ。
クソダサヤンキーが暴力団の名前を出したのを聞いて林が、いとこのことを思い出したらしい。
あまり深くは聞かなかったが、林のいとこに、そっち方面に強い人間がいるのだろう。
食卓でハンバーグを突きながら、そんなことを考えていると母親に怒られた。
「さっさと食べなさいよ。ひょっとして食欲、無いの?」
「あ、いや。そういうわけじゃ……」
テレビのニュースでは、南米のどこかの国で炭鉱が爆発して48人が死亡したという報道をしている。
それを見て父親が「為替には関係ないか」と、肩を竦める。
晩飯を食べかけなのは自分だけのようだ。
気が進まないが、詰め込むだけ詰め込んで自室に戻る。
裸ベルトの彼女はTシャツ1枚でベッドの上に鎮座している。
相変わらず、こちらから話しかけないと反応しないし、リアクションは「ミ?」とか「ル?」とか、鈴が鳴るような声が返ってくるだけだった。
せめてもの救いは、その笑顔が純真そのものに思えることだった。
「ごめんよ。また、お金が必要になっちゃったんだ」
そう言うと彼女は「ル、リユ」と、頷いた。
少し驚いた。
言ってる意味、分かってるのかな?
食事もしないトイレも行かない人形のような彼女は、アンドロイドか何かだと思うようにしていた。
人畜無害で、他人の目には映らない、この世のものではない何か。
「またボタン借りるよ」
そう切り出すと彼女はコクリと頷く。
やっぱり意図が伝わっている。
もしかしたら、あのドラキュラ男がそうであるように、彼女にもテレパシー的に察する能力があるのかもしれない。
その時、ベッドの上で女の子座りをしていた彼女が、ブカブカのTシャツの裾を胸の真下あたりまでたくし上げた。
「うあっ!」と、焦った。
全部脱いでしまうんじゃないかという勢いだったから。
しかし、それで例のボタンつきベルトが露出して、押し易いポジションになった。
「あ、ありがとう……」
ずいぶん協力だな。
やっぱり少しずつ言葉を理解し始めたのかもしれない。
深呼吸して、テンションを落ち着かせる。
どうせなら、少し多めに言っておこう。
「300万、300万……300万」
そして人差し指で赤いボタンの真ん中を突くように押す。
おなかのボタンは即座に『ピンポーン』と反応した。
しかし何も起こらない。
だが、これで一応、300万円を手にしたことになるのだろう。
まあ、2回目とはいえ慣れるようなものではない。
ただ、前回よりは余裕をもって彼女の様子を観察した。
幸い、何らかのダメージがあるようではないので、ホッとした。
「さて、これでどうなることやら」
明日、林に200万を渡して、残り100万の使い道を考える。
最初に思い付いたのは、彼女の服や下着だ。
良い考えだと思ったが、すぐに困った。
「俺が女ものの下着買いに行ったら『変態』じゃね⁉」