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3 チート好きか? と聞かれても

 おなかのボタンは即座に『ピンポーン』と反応した。


 だが、それだけ……。


 彼女と目が合った。


 だぼっとしたTシャツ1枚の彼女は、ニコニコしているだけだ。

 それをめくって、彼女のベルトのボタンを確かめたい衝動を抑える。


 何とも言えない空気が流れた。


「何だよ……なんも出ないぞ? 何が50万円だ」


 騙されたのか?

 お金なんて、どこからも出てこないじゃないか!


 と、その時、例の声がした。

「騙したとは失敬しっけいな」


 案の定、それは昨夜のドラキュラのような青年だった。


 二回目なので、どこから? と聞くことはしなかった。


 けど、相変わらず人が愛用している勉強机に腰かけている。

 おまけに土足だ。


 それを察知して青年が足元に目をる。

「心配ない。これは飾りだ。汚れてはいない」


 やはり、この人は、こちらの考えていることを読み取っている。

 彼女と同様に普通ではない。

 人の形をした『何か』だと思う。


 青年は言う。

「君はもう、それを手にしている。目に見えないだけだ」


「え? ご、50万円が?」


「そうだ。君の目には見えていないだけで、ちゃんと使うことはできる。譲渡することも可能だ」


「で、でも、それだと受け取る側も見えないのでは?」


「いいや。認知できる」


 なんだか『裸の王様』を連想してしまった。

 この服が見えないものは愚か者だと刷り込まれて、みんなが見えるフリをする寓話。


 実体が無いものが、どう流通するんだろう?


 すぐさま青年は答える。

「大丈夫だ。君達のシステム内でも有効だ。いわば『金銭的価値』という概念が、そのボタンで生み出されたのだ」


 どうにもピンと来ない。

 見えなければ触れることもできない概念が、実際のお金と同じ役割を果たすものなのか?


 青年は真面目な顔で言う。

「もっと喜べ。君は圧倒的な力を手にしたんだぞ? 強力な経済力で相手をぶん殴って、服従させろ。無双すればいいじゃないか。そういうのが好きなんだろう?」


 彼はそう言って本棚をチラ見した。


 ラノベとマンガしか並んでいない本棚。

 趣味や嗜好しこうを見透かされたような気がして恥ずかしくなった。


 この人には隠しても無駄だ。

「ああ好きですよ! チートとか俺ツエェとか、実は最強、追放、ざまぁ、みんな好きですよ? それが何か?」


 青年は足を組み替える。

「そう怒るな。君を選んだのは、我々の存在を受け入れ易い素養そようがあると見込んでのことだ」


「そんな……められてるのか、けなされているのやら……」


 そんなボヤキは、青年の「フフ」という笑い声にかき消された。

「財力というチート能力をどのように使うのか。観測させてもらうぞ」


 そして、彼は昨夜と同様に消え失せた。


 思い出したように彼女を見る。


 だが、いつの間にか彼女は眠っていた。

 猫の日向ひなたぼっこのように、柔らかそうな眠りだ


「50万。明日、ホントに何とかなるのか?」


 ぼんやりしていると、スマホが鳴った。


 久保からだった。


『よう、大丈夫か?』

 久保はそう心配するような言葉を吐いたが、シャクシャクと何かを咀嚼そしゃくしている。


 こいつは、いつもそうだ。

 そうでもしないとあの巨体が維持できないのかもしれない。


「え? 何がだよ」


『聞いたぞ。林の奴、大変なんだって? 金策に駆けずり回ってるみたいじゃないか』


 事故った原付バイクの持ち主は林だ。

 なので、修理代50万を請求されているのは林だが、二人乗りしていた自分にも責任はある。


「ああ、俺にも責任はあるから何とかしようと思ってる」


 久保は唸る。

『うーん。工藤が手伝っているらしいけど、俺等みたいなガキじゃ金も借りられないしなぁ』


「マジか。工藤、やるな」


 イケメン工藤は本当に面倒見の良い奴だ。

 俺等の中では交友関係も広い。

 それでも、高校生が一日で50万を搔き集めるのは困難だろう。


 ふと、物知りな久保ならと思って相談してみた。

「なあ、ある人間には認知できて、他の人間には見えないってことあるのかな?」


『なんだそれ? 霊が見えるとか、オカルト的な話か?』


「まあ、それに近い。それと、その逆もあるんかな? みんな認知してるのに俺だけ見えない、感じられないってこと」


 久保は『うーん』と、唸って『シャクシャク』と何かを噛んだ。

 たぶん、ポテトチップスだ。


 そこで久保が画像を送ってきた。


「なんの画像?」


『まあ、開いてみ。で、その服、何色に見えるか言ってみ?』


 開いた画像は、横縞の柄のドレスだった。

「青地に黒のラインじゃねえの?」


『なるほど。白地に金、とは見えないか?』


「え? 嘘だろ。うう……そういわれてみれば……見えなくもないけど」


 続いて久保はGIF画像を送ってきた。


 そして聞いてくる。

『どっちの方向に回転してるように見える?』


 それはポニーテイルの裸っぽい女性のシルエットがバレリーナのように回転している画像だった。

 片足を軸に両手を下げたポーズで回転している。

 真っ黒なシルエットなので顔は分からない。


 素直に「右回転」と、即答する。


『なるほど。時計回りか。じゃあさ、目をパチパチさせながら、逆回転しているようにイメージしてみな』


「なんだよ。変こと言うなぁ。どれ……」


 言われた通りに画像を凝視する。

 しばらくして気付いた!


「あ! 左回転に変わった!」


『だろ? それ、どっちにも見えるんだよ』


「え……そうなのか」


『その画像は何も変わっちゃいない。それを見る側のコンディションで回転する方向が変わるんだ』


「見る側の……錯覚?」


『そうだね。別な見方をすると、時計回りにしか見えない人もいれば反対の人もいる。さっきの答えになってないか?』


「なるほど。確かに」


 久保は続ける。

『ある物体というか目の前の実体は、観測者が観測した時点でその存在が確定する。観測されるまでは、あるか無いか、どっちでもない』


 そういう話は聞いたことがある。

「シュレーディンガーの猫か。箱の中の猫は死んでるか生きてるかわからない。というか両方の状態で存在してて、観測された時点で生死が決定する」


『量子力学。やっぱ知ってたか。けど、現実世界ではピンと来ない話だけどな』


 だいぶ話が逸れた。

 だが、当面の課題は、手に入れたはずの見えない50万円が明日使えるのか? だった。


 久保との通話を終えて溜息をつく。


「信じていいのか? このチート能力……」


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