最終話 約束のfinale
目を開けると心配そうな彼女の顔が間近にあった。
心の準備が出来ていないので焦る。
「ち、ち、近いって!」
「良かった。目が覚めて」
「ん? ああ。気を失ってたのか」
「爆風で吹き飛ばされて頭を打ったみたい」
「マジか」と、後頭部を手の平で撫でてみるが、血が出ている風ではない。
,
そうだ!
「敵の武装ヘリはどうした? また撃ってくるかも?」
それに対して彼女は、ぽつりと呟く
「落とした」
「へ? あ……また、操ったとか?」
「うん。だから、もうだいじょうぶ」
「そっか……助かっちゃったんだな」
あのまま死んでいた方が楽だったかもしれない。
だが、彼女の悲しそうな顔をみてしまうと、そうも言っていられない。
「約束したもんな」と、無理に立ち上がろうとするが、何かに掴まらないと立てない。
彼女が支えてくれようとする。
だが、その身体は細くて小さくて、危なっかしいように感じられた。
「大丈夫。生き抜いてみせるさ」
たぶん、この先の結果は見えている。
そう遠くない未来に、この世界は終わりを迎える。
だったら、いつ死んでも同じだと一瞬、考えてしまった。
でも……。
「花火を見せるまでは死ねないな」
そして何とか立ち上がった時、人の気配がした。
その方向を見ると、ドラキュラ青年が腕組みして立っていた。
相変わらずマントをまとった貴族風のスタイルだ。
彼は「久しぶりだな」と、口を開いた。
その言葉に対して嫌味で返す。
「もう現れないかと思ってた。サプライズのネタが無くなったから?」
だが、青年は意に介さず、一方的に喋りはじめる。
「なるほど。それが君の答えか」
「答え? 何が?」
「勇気だよ。君の勇気を見せてくれとお願いしたはずだ」
「ああ……マジで忘れてた」
「その様子だと本気で忘れていたようだな。まあ、良い。改めて問う。君の考える『勇気』とは、それで良いのだな?」
「え? まだ何も返事してないんだけど……」
そう言いかけてハッとした。
ついさっき考えたこと。
ひょっとしてそれが答えかも?
ドラキュラ青年とは対照的に彼女は不安そうな上目遣いでこちらを見ている。
軽く深呼吸して考えを口にする。
「勇気なんて大したものじゃない」
「ほお? それで?」
「恐怖を克服するとか、強い相手に立ち向かうとか、それを勇気という人も居るけど、自分は違う。勇気なんてものは、ちょっとしたモチベーションに過ぎないと思う」
ドラキュラ青年も以前、言っていた。
強大な敵に特攻するような『無謀さ』は勇気ではないと。
「たぶん良くない結果になることが分かっていても、前に進もうとする気持ちが本当の『勇気』なんだと思う」
その結論に至ったのは、彼女と過ごした、ここ数日の経験だった。
「逃げないことが勇気ともいえるかもしれない。けど、それは強敵や恐怖みたいな大きな障害じゃなくて良いと思う。些細な出来事。普通の日常。悪い予感がしても、嫌だなぁって気分でも、それを受け入れる覚悟をもって、一歩踏み出すこと。正直、それぐらいしか思いつきません」
ドラキュラ青年は無言でこちらを見てくる。
一方的に喋ってしまったが、それしか答えは浮かばなかった。
「ごめんなさい。だから、そんな大層な『勇気』を、あなたに見せることはできません」
そう謝ってから、ペコリと頭を下げたので青年の表情は分からない。
怒られるだろうなぁ、と覚悟はしている。
ところがドラキュラ青年は「ククク」と、笑う。
驚いて顔を上げると、青年は怒っている風ではなかった。
「面白い答えだ。興味深い」と、彼は言う。
「え……そんなんで良いんですか?」
「フフ。それが君の『勇気』の定義か。これまで幾多の人間に問いかけてきたが、それは新しい解釈だ」
「幾多の人間って……そんなに?」
「そうだ。時代を超えて様々な人種に勇気を示すことを求めてきたが、まあ、ありきたりだったな」
自分の場合は、単に度胸が無いだけもしれない。
おそらく、これまでの人間は、誰もやらないような大胆なチャレンジを試みたのだと思う。
ドラキュラ青年は満足そうに頷く。
「うむ。ご苦労。褒美として、何か望みはあるか?」
ご褒美?
最初に浮かんだのは、彼女と二人きりで花火を上げるという約束だった。
だったら最後の二人になるまで無事に……。
そこで彼女が「時間を戻して!」と、いきなり割り込んできた。
あれ? 願いを叶えてもらうのは自分なんだけど?
ドラキュラ青年が、冷たい目つきで彼女を見る。
「それはできんな。第一、お前はモノでしかない」
その言葉にカチンときた。
「彼女はモノなんかじゃない!」
そう反論しながらチラリと彼女の顔を見る。
満更でもなさそうな表情に少し気持ちが和らいだ。
ドラキュラ青年は、やれやれといった風に首を振る。
「時間を巻き戻すだと? そんなことをしてどうする?」
すると彼女は迷わずに答えた。
「この人が、わたしのスイッチを押す前に戻りたい。できるでしょ? 観測する方向を反対に誘導すれば」
青年は頭を掻く。
「道具のくせに、どこでそんな知恵を……。この状態なら、それは可能だが……」
勝手に話を決められても困るので口を挟む。
「げ、現状維持は? スイッチの機能だけ無くす。ボタンを押さなくても爆発しないように! そんでもって彼女を普通の人間に……」
「無理よ!」
自分の主張は彼女の悲鳴にも似た一言で遮られた。
彼女は続ける。
「あなたは、生きるべきなのよ。せっかく、自分の勇気を見つけたんだもの」
「な、なにを……だって約束したじゃないか」
「それは分かってる。でも、わたし抜きでも、だいじょうぶ」
「嫌だよ。だったら、このまま滅亡していい。この世界に残る!」
「だめだよ。ここは異世界なの。あなたは、自分の世界で生きて……」
そこでドラキュラ青年が「ふう」と、溜息をついた。
「それでは何時までも話がまとまらないではないか。もう、こちらで決めさせてもらう」
「嫌よ! やめて!」
「それはちょっと横暴!」
「ええい! やかましい!」
そして目の前がグルンと一回転した。
* * *
老師の言葉を思い出していた。
―― 時間なんて概念は無い。
なぜ、それを思い出したのか分からない。
目を覚ました場所に見覚えは無く、あたりが暗いことだけは分かった。
そうだ! 彼女は?
がばっと起き上がって彼女の姿を探す。
彼女はすぐ近くにいた。
ホッとしながら手を伸ばす。
それと同時に彼女が目を覚ます。
今気づいたが、下は床ではなく金属で、自分たちは高い位置にいる。
周囲を観察して、ここが建物の屋上、それも貯水槽の上であることが分かる。
彼女が言う。
「良かった。願いが叶ったみたいね」
「願い? てことは……まさか!」
その時、左方向で鮮やかな光が炸裂して、瞬いた。
続けて『ドーン』という音が届けられた。
「あ……」と、その方向に目を向けると、今度は時間差の三連発で、光の輪が弾けて広がった。
連れてくる音も三連続。
赤、緑、青、黄色……。
彼女の白い頬に様々な色が映え、一瞬で消えていく。
彼女の頬をキャンパスにした光の円舞曲は、刹那的に美しく、儚く散っていく花ビラの群れを連想させた。
―― 物体の最小単位は、出現したと同時に消滅する。
またしても老師の言葉が思い出された。
彼女が呟く。
「これが花火……」
「ああ。そうだね」
よく見ると、他の建物の屋上に人の姿が見られる。
こんな時期に花火?
ということは……まさか!
ハッとして彼女を見る。
それに気付いて彼女もこちらを見る。
そしてか細い声で謝る。
「ごめんね……お別れだよ」
その言葉で理解した。
採用されたのは彼女の願い。
ボタンを押す前の時間に巻き戻すこと。
花火の季節まで戻ってしまったのは、行き過ぎだけど。
だが、同時にそれは彼女との出会いを無かったことにしてしまう。
「くそっ!」と、強く彼女を抱きしめる。
心なしか、その存在が薄くなったように感じられる。
「こんなの! こんなのって!」
しかし、彼女は腕の中で呟く。
「これで良かったんだよ……ありがと。楽しかったよ」
「駄目だ! 駄目だって! そうだ! 約束!」
そして、満開の花火の下で、消え失せそうな彼女と……最初で最後のキスをした。
唇の感触は、あまりに淡くて間に合ったかどうか自信はなった。
ただ、これ以上、ひとりで花火を見ることはできなかった。
なのに、花火の音だけは、やけに腹の底に響き続けた。
* * *
何もかもが、彼女と出会う前の時間に巻き戻ってしまった。
唯一、あの世界での記憶だけ残った。
それは残酷な仕打ちだとも思えるが、今はこれで良かったと思う。
変わったことといえば、以前ほど異世界ものに、のめり込むことは無くなった。
もちろん、それを否定する必要はないし、読むのをやめるつもりもない。
ただ、それに依存して現実逃避することが無いようにしよう、とは考えている。
それは自分が少し大人になったことと無関係ではないだろうし、あの世界で生きる勇気を認識したことが大きい。
こうして自分は平凡な人生を送ることになるが、それも悪くない。
そして、おへそにボタンのような痣をもつ愛娘が自分に生まれるのは、ちょっと先の話だ。
『さよなら、異世界ボタン』終わり
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
できればブックマーク&高評価、感想などを頂ければ幸いです。
ちなみに、最終話の花火のシーンは、他のアニメ映画のテーマソングではありますが、eillさんの「フィナーレ。」にインスパイアされて書きました。
良かったらそれを聞きながら、もう一度読んで頂けるとイメージが広がると思います。