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16 中国北部を行く

 空港のモニターは、原発事故のニュース一色いっしょくだった。


 EUで発生した原発群の大規模な爆発事故。

 今現在も、高濃度の放射能が多くの人命を奪っているという。


 出国手続きの列に並びながら憂鬱ゆううつな気分になる。

「なあ……やっぱこれって……」


 分かってる。これは一昨日、ボタンを押したせいだ。


 原発を狙った連続爆破テロなどと言われているが本当の原因は……。


 彼女は考え事をしているみたいに、心ここにあらずといった感じだ。


 アナウンサーが険しい表情で原稿を読み上げる。

『最悪の場合、死者は5万人に達するとの予測もあり……』


 いや、死ぬのは9万人だろう。分かってる。

 

 ボタンの影響で亡くなる人は、必ずしも即死というわけではない。

 この後も長く続く放射能の影響で亡くなる人間もカウントされる。


 改めて、その結果に戦慄する。

 彼女のお腹のボタンを押すと大金が手に入り、それに比例して人が死ぬ。


 約9万人の命の代償が9億円……。


 これ以上の大金が必要になるとは思えないし、欲しくもない。


 しかし、このボタンを押し続けないと、どのみちこの世界は失われる。


 答えを出さない限り、それは避けられない。


「それにしても……この名前、酷くないか?」


 手にしていたパスポートを開く。

 勿論、偽物だ。


 改めて名前の欄を見てゲンナリする。


「中国人というのは分かる。けど、『クー・サイ』って何だよ?」


 すると彼女はました顔で答える。

「汗臭かったから。くさーい、さん」


「な⁉ 仕方ねえじゃん。逃亡中なんだから」


 自分の順番が来てパスポートをチェックされる。


 係員にジロジロ見られて緊張した。

 偽物のパスポートがバレそうで怖い。


 簡単な会話をして「どうぞ」と言われたので、「どうも」と返す。


 係員が、真剣な顔つきで「クーサイさん」と、呼ぶ。


 ―― バレた!?


 だが、係員は笑顔で続ける。

「日本語、お上手ですね」


 ホッとしたことを悟られないように、軽く会釈して先を急いだ。


 彼女が「もっと、堂々としなさいよ」と、無責任に言う。


「無茶いうなよ。誰のせいで中国人のフリをしてると思ってるんだ」


「おどおどしてると逆に怪しまれるわ」


 彼女の姿は誰にも見えないから、そんな気楽なことが言えるのだ。

「まったく。誰のせいでこんな危ない橋を渡ってるんだよ」


 目的地は中国北部の田舎町だという。


 上手くいけば、バチカンの追手からは逃れられるかもしれない。

 だが、この先、分からないことだらけで不安になる。


 ボタンで獲得したお金は外国でも使えるそうだが、9億あっても心もとない。


 一方で、ボタンを押すたびに、この世界は元の世界から一段と大きく剥離はくりされる。

 しかも、滅亡の危機が迫っている。


 そして相棒は、この世のモノではない何か……。

 しかも彼女は、ボタンを押すたびに新たな能力を取り戻し、より現実離れしていく。


 そう考えてみると、今のこの状態は『異世界』そのものだ。


 フィクションの異世界と違って、現状はあまりにも異世界感が無い。


 この世界は、本来あるべき世界線とはへだたった似てなる存在なのだ。


 ―― けど、いまさら、あらがっても仕方ない。


 まぁ、なるようになるだろう……。


     *    *    *


 その都市は、突然、荒野に出現したように見えた。


 農地でも荒地でもない淡々とした平地。

 雨が少ないのだろうか。だいぶ乾燥した土地のように見える。


 初めは、広大さに圧倒されるが、途中で不安になり、最後は心配になってくる。


 ビル群というか、マンションなのか、似たような箱モノの集合体が、大地にポツンと生えたタケノコのように見えた。


「ホントに何も無いところに建ってるんだな……」


 彼女に言われて雇ったガイドのオッサンは、運転中なのに振り返って説明する。


「何も無いところ、無理やり作った。金と実績のため」


「実績?」


「そう。党幹部の実績。自分の管轄。経済、発展。中央からの評価、上がる」


 後部座席の隣で目を閉じていた彼女が補足説明する。


「中国では原則、私的に土地を所有することができないの。その権利は地方の幹部にあるわ。それを貸し出してお金を生む。いかにお金を稼いだかが評価の対象になるから、みんなこぞって不動産投資するのよ。手っ取り早いから」


 その結果としてのバブル崩壊、ゴーストタウン化、建築中断による廃墟。


 中国経済の危機。

 動画で見たことがある。


 そもそも人が住んでいないところに無理やり作った都市だ。

 道路に車の姿は無く、灰色の建物群には生気せいきがまるで感じられない。


「こんな所に住んでる人間がいるのかな?」


 その質問にオッサンが答える。


「逃げてきた者。暴力をする人? 犯罪することも。悪い人の集団。いくつもある」


「駄目じゃねぇか……そんなトコに居る老師って……」


 そこで彼女が他人事のように言う。

「ギャングや犯罪者の隠れ家なんでしょ。かえってその方が良いかもね」


「は? んなわきゃないだろ」


 正直、そんな怖いところとは予想していなかった。

 だけど、今更、引き返す方が面倒だ。


 ―― なるようになる。


 ヤケクソな気分で大きく息をつく。


    *    *    *


 どの建物も内装が無く、コンクリートがむき出しのビルばかりだった。


 既に壁が崩れている箇所も少なくない。

 倒壊しそうな建物も散見さんけんされる。


 おそらく、電気も水道も来ていない。


 まるで、人類が滅亡して数百年経ったような風景だ。


 チラホラと見かける人間は、勝手に住み着いているのだろうか。

 皆、みすぼらしく、有りもので自らのテリトリーを勝手に広げている。

 その様子はアスファルトに張り付く野草を連想させた。


 車を降りて、ガイドのオッサンの後をついていく。


 廃墟の中をダラダラ歩いて、階段を上ったり下りたりする。


 雨漏りの跡、焚火たきぎの痕跡、土埃つちぼこりの浸食。


 建物の内部とは思えない状況があちこちに見受けられた。


 ようやく、目的地に到着して、問題の老師と対面することになった。


 ガイドのオッサンはそこでお役御免やくごめんだ。


 なんだか騙されているような気がしないでもない。


 それを感じ取ったのか彼女が「大丈夫よ」という。


「本物ってことか?」


「ええ。すぐ分かるわ」


 彼女は確信している様子だ。


 通された部屋には、明らかに拾い集めてきたであろうボロボロの椅子が不揃ふぞろいで用意されていた。


 そして、いよいよ老師とのご対面。


 ところが、現れたのは四十歳前後の男。

 スーツとカジュアルの中間ぐらいの恰好かっこうで見た目は、いたって普通。


 まるで、サラリーマンが独り暮らしの部屋に帰ってきたみたいに、男は自然体で部屋に入ってきた。


 そして、こちらの存在に気付く。


 反射的にお辞儀してしまう。


「あ、どうも……」


 そっか。中国語だと……。

「ニイハオ」と、挨拶し直す。


 相手の男は、きょとんとする。


 そして、こちらの姿を凝視したかと思うと、微笑みながら日本語で言った。


「よく来ましたね。二人とも疲れていませんか?」


 なんで日本語? 

 この人、日本語が出来るんだと一瞬、考えた。


 そして、もっと重大なことに気付いた。


 ―― 二人ともって言ったよな? この人。


 え!? ま、まさか、彼女の姿が見えているのか!?


 こんな普通の中年男性のどこが老師なんだろうと疑問に思っていた。


 しかし、流ちょうな日本語、そして誰にも見えないはずの彼女を認識していること。


 確かに、タダモノではないことが容易に想像できた。


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