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15 強引な脱出

 中国。老師ろうし。この世のことわり


「なんだか、途端とたん胡散臭うさんくさくなるな。カンフーを教わるんじゃないんだから」 


 その言葉に彼女がムッとする。

「そんなことない!」


「この世の理に近づいている老師だと? なんだ、それ?」


「あなたが知らないだけよ」


「いや、だって中国って……いかにもすぎる」


 そこで彼女がドヤ顔を見せる。

「あらゆる言語で世界中のネットワークから検索した結果なんだけど?」


「ああ、それは……」


 遠隔操作で機械を操ることが出来るようになった彼女にとって、それはあり得る話だ。

 インターネット上の広範囲で膨大な情報を探ること。

 それどころか他人の通信も傍受できるっぽい。


 もしかしたら、普通では拾いきれない本物のレア情報に彼女が辿り着いた可能性はゼロではない。


 そんなことを考えていたら、今度こそ本当に眠ってしまった。


     *   *    *


「起きて! 見つかったわ」


「ん? 何が……」


 目を開けて見慣れない室内に戸惑う。


 モヤがかかった頭で記憶を呼び起こす。


 彼女が周囲を警戒する素振りを見せる。

「囲まれてる」


「なんで分かる?」


「連絡を取り合っているわ。車で入口を封鎖してるって」


「マジかよ。どうすんだ? 車が無いと、こんな山の中……」


「そうね。車、動かしてみる」


 窓際に寄って、カーテンの隙間からモーテルの入口方面を確認する。


 確かに黒い大型の外車が3台、入口を塞ぐように並んでいる。


 ここのモーテルは、一階が駐車場で二階が部屋になった箱型の建物がズラリとコの字型に並んでいる。


 出入り口は一ヶ所。モーテルへの出入りは車を前提としている。


 時計を見ると朝の7時を少し過ぎていた。


 彼女が「よし」と、力強く頷く。


「何が?」と、思わず間抜けな質問をしてしまった。


 それには答えずに彼女は、窓の外の光景を指先でなぞるような仕草を見せた。


 そして「えい」と、可愛く掛け声。


 と、次の瞬間、向かいの建物の一階から突如。車が飛び出してきた。


 それも、ほぼ一斉にドンッ、ドン、ドドドッという具合に。


 それは奥の建物も左右の建物も同じ。

 次々と車が走り出して、我先に出口に向かおうと避難しているようにみえる。


 十数台の車が一斉に走り出し、ガコン、ガツンと接触してやかましい。

 結構な騒音だ。


 そして先頭を走る赤い車が、通せんぼをしている黒い外車に『バーン!』と、突撃した。

 そこに後続車が次々と突っこんで玉突き。


 まるでラグビーの押し合いみたいに車の集団が、黒の外車を押し出していく。


 おまけに、どの車も、まるで減速しないものだからタイヤの悲鳴やエンジンが唸る音が凄まじい!


 さすがに2階の窓から一斉に人々が顔を出して、外の様子を伺う。


 どの部屋の窓にも人影が目に付くということは……。


「もしかして、あの車ぜんぶ勝手に動かしてる?」


 その質問に彼女は肩をすくめる。

「そうよ。自動運転ってやつ?」


「いやいや。マジかよ!」


 暴走車の群れは、まるで集団意思を持っているかのように、唯一の出入り口を封鎖する黒い外車を押しのけ、モーテルの敷地外に飛び出して行った。


 外の動きが慌しい。

 おそらくは、ここを包囲していたであろう敵勢力の面々が出入り口にワラワラとパニック気味に集合して、車に便乗し、追走する。


 彼女が腕を掴んでくる。

「今のうちに逃げるわよ」


「逃げるったって、どうやって? 俺達の車もあの中に……」


「バイクがあったわ」


「え? パクるのか?」


「借りるのよ」


 そう言って彼女は、いたずらっ子のようなウィンクをした。


     *   *    *


 公園で友人の原付を運転させてもらったことはあるが、外を走るのは初めてだ。


 しかも、道路ではなく、舗装もされていない道なき道を爆走する。


 山を下っているのは分かるが、前方からなだれ込んでくる木々を避けるのが精一杯だ。


「あばばばば! ぜってぇ死ぬ!」


 木に正面衝突しそうになるのは一度や二度ではない。

 この数分間の間で何度も死を覚悟した。


 背中で彼女は「大丈夫よ」と、呑気に言う。


「ななな、何を根拠に!?」


「調整してるから」


「は? そもそも、前、見えてないだろ!」


 原付のハンドルを握っているのは自分。

 彼女は後部座席で俺の背中にくっついているだけだ。


 いくら機械を操るスキルを持っているとはいえ、前を見て自動運転させているとは思えない。


 もっと文句を言いたかったが、ガタガタと悪路を行く振動で舌を噛みそうになった。


 そしていきなり目の前にパノラマが出現した。


 視界が『パアッ』と開けた爽快感と解放感。


 だが、このままだと道路を突っ切って崖。

 下手したら、その先の川にダイブしてしまう!


 右方向の坂道は大きく左旋回して下りながら、その先の大橋に続いている。


 それを見下ろしながら状況判断する。


 この山間の川を越えるには、あの橋を渡るしかない……。


 選択する間もなくバイクは道路に沿って大橋ルートに乗ってしまう。


 ガードレールのギリギリにラインを取り、下り坂なのにスピードは落とさない。


「あれ!? なんか事故ってないか?」


 大橋に近づくにつれ、緊張感が高まる。

 黒い煙と炎、複数の車が道を塞いでいる。


 マジか!


 あれはさっきモーテルを脱走した車の群れだ。


 それに追手の車が入り混じって事故っているように見える。


「ちょっ、完全に道が塞がってる!?」


 もう、Uターンできる距離ではない!


 背中で彼女が囁く。

「そのまま」


「は? と、止めろって!」


 だが、このバイクを操っているのは彼女だ。


 彼女は冷静に告げる。

「しっかりハンドルを握ってね」


 既に手前の事故車が目前に迫っている。


「あばばば! ぶつかる!」


 次の瞬間、バイクの前輪が浮いた!


 後輪だけで走るウィリー走法?


「うえっ!?」


 前輪が事故車のボンネットを駆け上がり、フロントガラスを踏み台にしてジャンプする。


 目の前に立ち昇る煙を宙で突っ切ると、次の車体が現れる。


 車体の屋根でバウンド&小走りで勢いをつけて再ジャンプ!


「む、無理ゲー!」


 まるで走馬灯そうまとうのように、時の流れが遅く感じられる。


 自分は運転していない。

 ハンドルを握って固まっていただけだ。


 しかし、バイクは車列の天井を縫い、炎の群れを器用に避けて、小刻みに軽快に駆けていく。

 まるで羽根が生えているみたいに、宙を舞いながら前へ、前へ!


 『あわあわ』しているうちに橋の上、いや正確には車列のてっぺんを駆け抜けて、橋を渡り切った。


 着地した時、急に音が蘇った。


 通ってきた道から結構な爆発音が聞こえる。

 わりと派手な事故、というか二十台近い車が入り乱れる玉突き事故だった。


 乗ってるバイクにも結構なダメージがあったようだ。

 タイヤの回転がおかしい。

 走っていると少しガクガクする。それにスピードがあまり出ない。


 脱力しながら背中の彼女に文句を言う。

「勘弁してくれ……死ぬかと思った」


 だが、彼女は冷静な口調で答える。

「でも、生きてる。今のところは」


「……今のところはって」


 嫌な言い方だ。


 だが、それが的外れでないことは十分に予測できてしまうところが恐ろしい。


 この調子で、いつまで逃げ続けなくてはならないんだろう?


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