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12 ハード・モードの君

 なまの銃声なんて生まれて初めて聞いた。


 でも、何が何だか分からない。

 なんでこの電車が攻撃された?


 ―― まさか……俺が狙われた!?


 まるで身に覚えが無い。


「そうだ!」


 彼女! 彼女はどこに行った?


 慌てて立ち上がり、周囲を見回す。


 彼女はすぐに見つかった。

 車両の前の方、運転席の近くに、その姿が認められた。


 ほっとしながらも「何やってんだ?」と、疑問を持つ。


 なんだか揺れが酷い。

 床の下で金属音が悲鳴をあげている。


 なんで電車が暴走しているのかも分からない。


 分からないことばかりで混乱しながら彼女に近づく。


 他の乗客たちは掴まれる物を握りしめながら座席に張り付いている。


 どれぐらい走っただろうか?


 十分近く走った所で急ブレーキがかかった!


 そのせいで前のめりに転んでしまう。

 つり革に指先が引っかかった分、勢いは相殺されたが、ちょっと顔面を打った。


 悲鳴と金属の金切り声が車両内に響く。


 電車が止まったのを確認して立ち上がる。

 そして、ヨレヨレと彼女に近寄る。


「だ、大丈夫か?」


 だが、彼女は真っすぐに立っているし、怯えてもいない。

 まるで、待ち合わせで暇を持て余しているような立ち姿だ。


 呆れながら尋ねる。

「平気なのか?」


 彼女は肩を竦める。

「なんか、これ以上は動かせないみたい」


 その言葉の意味を考える。

 そして驚いた。


「なっ⁉ まさか、電車の暴走は……」


「うん。だって危なかったから」と、何事もないように答える彼女。


「そ、そんなことが出来るのか?」


「だいたいの電子部品だったら動かせるよ」


 そうか。やっぱり彼女は、その存在じたいが機械に近しいのかもしれない。


 スマホを遠隔操作して再生される曲を自分の口から流してみせたのも、彼女にとっては造作もないことなのだろう……。


 その時、彼女が顔を顰めた。

「逃げないと。追ってくるよ」


「追ってくる? 誰が?」


「あなたを狙ってる連中」


「なんで俺が狙われる? 人違いじゃないのか?」


 だが、彼女は冷静だ。

「あの人たちのスマートフォン。あなたの写真が共有されてた」


「ななな、な、な、なんで!? 俺、なんか、やっちゃったの?」


「知らない。でも、逃げないと殺されるかも」

 彼女は他人事のように簡単に言ってくれる。


「逃げるって、どこに……」


 だが、その問いに答えるより先に、彼女は電車を降りてしまった。

 そして無言のまま歩き出す。


 どこに向かうつもりか分からない。


 やむなく彼女を追いかける。


 *   *   *


 車に詳しいわけではないが、ポルシェぐらいは分かる。


 その黄色いポルシェの前で自撮りする男。

 海を見下ろす休憩スポットで、男は得意げに自撮りを続ける。


 高級外車の購入に全振りしたのか、とても金持ちには見えない。


 他には離れたところに停まった車でカップルがいちゃついている。

 停まっている車はこの2台だ。


 ポルシェの持ち主は気付いていないが、さっきから彼女が車に張り付いて何かしようとしている。


 そして、とんでもないことを言い出した。

「ね、この車、買って」


「は? 無理だろ! 売ってくれるわけがない」


「そっか。じゃあ、貰ってくことになるね」


「いやいやいや。車泥棒はまずいだろ!」


「だったら、お金払えばいいじゃない」


「いや、いくらするかも分からないし」


「とりあえず3000万払っておけば? 盗んだことにはならないと思う」


「そんな無茶な……」


 困惑している間にも、彼女はいつのまにかポルシェの運転席に座っていた。


「あれ? 瞬間移動した?」


 まずい。彼女、本気でこの車を奪う気だ。


 勿論、彼女の存在はこの世界では認識されないので、彼女のやらかしたことは、こっちに返ってくる。


 仕方がない。

 ポルシェの持ち主に声を掛ける。


「あ、あの、3000万でいいですか?」


 自撮りに夢中だった男が変な顔をする。

「なに? なんなの? きみ?」


 もたもたしていられない。

 そうこうしている間にも、彼女はエンジンをかけてしまった。


 驚いて振り返る持ち主。

「あれ? あれっ?」


 そりゃ驚くよな。

 誰も乗っていないようにしか見えないんだから。


 彼女が車の窓から顔を出して叫ぶ。

「早く乗って! 追手が来るよ!」


 追手……銃を撃ってきた外国人?


 恐怖に突き動かされてしまった。


「すんません。3000万払いますので」


 無理やり持ち主にお金を払う意思を示して、ポルシェの助手席に乗り込む。


「なんか思ったよりコンパクト……」


 そんな感想を持った瞬間、車が急発進した!


 驚いて横を見る。

 彼女はハンドルに手を乗せているが、ただ手を置いているだけの様子。


 なのに車は急発進して、ケツを振りながら急カーブをドリフトで抜けていった。


「あばばば! あぶ、危ない!」


 とにかく掴めそうなところを握り、膝をドアに押し付けて踏ん張る。


 強烈な慣性、暴力的な遠心力!

 もちろんスピード違反だ。


 しかし彼女はハンドルに手を乗せたまま、飄々とした様子でよそ見している。


「ままま、前を見ろ! 前を!」


「え? なんで?」と、彼女はキョトン顔。


「だから、こっち見んな!」


 車は一般道を爆走する。


 前方に軽トラックが見えた。

 当然、相手は適切なスピードで走行している。


 それに対して、こちらは速度オーバー。

 あっという間に追いつく。

 そして、躊躇することなく、対向車線にはみ出して追い越す。


 対向車線では前方から白い乗用車が向かってくる。


 ぶつかりそうになりながら、元の車線に戻るが、その速度は衰えない。


 一瞬の出来事だけど、一歩間違えれば正面衝突だ。


 座席で縮こまりながら文句を言った。

「な、何してくれてんだ? 殺す気か?」


 すると彼女は後ろをチラ見して、ついにはハンドルから手を離して身体ごと後ろに向き直る。

「そろそろ来るよ」


 良く見ると彼女は運転席に正座している。

 なのでアクセルも踏んでいない。


「なんでこの車、走ってるんだ?」


 暴走した電車といい、このポルシェといい、彼女はそれを操っているのか?


 それに、謎の襲撃者のスマホからも情報を抜いているらしい。

 しかもリアルタイムで。


 この子、いつの間にこんな能力を獲得したんだ?

 なんかマジで引く。


 彼女が「ほら! 来た」と、後方を指さす。


 つられて後方を見る。


 すると先ほど追い越したトラックを押しのけるように、黒い乗用車が接近してくるのが目に入った。


 彼女は気合を入れ直す。

「よぉし! 負けないゾ」


 そこでクンッと速度が上がる。


 前方は赤信号。


 後ろからは明らかに怪しい車が急接近。


 サイドミラーで後ろの車の様子を探る。

 その距離は20メートルぐらいしかない。


「嘘だろ!?」


 なんと、黒い車の窓から誰かが腕を出した。


 そしてその手に銃のようなものが握られているように見えた。

 この距離ではっきり見えるわけだはない。


 だが、そんな予感がした。


 そして、その予感は当たっていた……。



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