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10.代償

 朝起きて1階におりると父親と母親がテレビを見ながら朝ごはんを食べていた。


 父親が、あくびをしながら呟く。

「そんなに被害が出るのか。火山の噴火なんかで」


 母親がお茶を飲みながら頷く。

「そうね。インドネシアは火山が多い国だけど。確かに酷いわね」


 どうやらインドネシアの何トカ火山というのが一昨日、噴火して多くの人が亡くなったというのだ。


 日本では外国のニュースを、しつこく流すことが少ない。

 たいていの場合、マスコミが流したい話題に押し流されてしまう。

 彼等が言う『報道の自由』ってやつだ。


 だが、流石に1万人を超す犠牲者を出した災害となると報道の扱いも大きい。


 寝起きのぼんやりした頭でアナウンサーの言葉を聞く。


『1万人を超える方が亡くなったものと見られています。また、未だ五千人ほどの行方不明者がおり、生存は絶望的と……』


 その時、はっとした。

 得体の知れない恐怖が込み上げてきた。


「うっ!」


 吐きそうになって口を押える。

 まるで不安と後悔を圧縮したかたまりで胸が詰まる感覚だ。


 そして二階に駆け上がってスマホを開く。


 検索しなきゃ……確かめないと。


 記憶を辿りながら、手掛かりとなるキーワードでニュースと照合する。


 ボタンの持ち主である彼女は、藤川さんの妹からもらったお古の寝間着ねまきを着てベッドで寝ている。


 50万円

 南米の炭鉱で48人死亡の爆発事故。その後、重体の2名も死亡。


 300万円。

 インドで列車の脱線事故。294人死亡。重体8名の生死は続報なし。


 2400万円。

 アフリカの内戦で約2400人が犠牲。


 そして今回の1億5000万円。

 火山の噴火で1万5000人が犠牲となる見込み……。


 膝がガクガク震えだして、それが全身に広がった。


「嘘だろ……まさか……俺のせい?」


 そこでドラキュラ青年が現れた。

「勿論、偶然ではない。因果関係いんがかんけいがある」


「インガカンケイ……」


「君が手にした金銭価値の代償として誰かの命が失われる。つまり、交換だ」


 以前、学校で林や久保たちがふざけていた話。


 押すと大金が手に入る代わりに誰かが酷い目にってしまうボタン。


 知らないオッサンがハダカで南極に飛ばされるとか、一生、豚肉が食えなくなるとか、大金を得る代償は様々だ。


 だが、これは流石に……酷い。


 一応、計算してみる。

「1人の命が1万円。そういう計算、ですか?」


「うむ。今の相場だと、そんなものだ」


「なんで……こんなものを自分に?」


「前にも言ったはずだ。勇気を見せてもらうと」


「勇気? 勇気……」


 ドラキュラ青年は、意地悪そうな笑みを漏らしながら言う。

「怖さを我慢して強敵に立ち向かうとか、無謀な挑戦をするとか、そんな安っぽい『勇気』など求めていない」


 まったく理解できない。

 勇気? 人を殺して金を得るボタンを持つことの勇気って何?


「だったら、なおさら何で俺なんかに彼女をたくしたの、ですか?」


「託した? ああ、その装置のことか。確かに預けはしたが、好きなように使って差し支えない。なんなら、壊れても問題ない」


 本当に彼女を物のように言う。


「か、彼女は、物じゃない! です」


「フン。そう思うなら勝手にすればよかろう。君達は、モノや道具に愛着以上の感情を持つこともあるようだからな」


 それは何とかフェチの話なのだろう。良く知ってるな。


 スヤスヤと気持ちよさそうに眠る彼女に目を向ける。


 ―― これがモノであってたまるか……。


 その思いもドラキュラ青年には心を読まれてしまうだろう。


 むしろ、このいきどおりを知って欲しいぐらいだ。


 でも、そういう時に限って、もう居ない。


 大きなため息が出た。


 なんてものを託されてしまったのか……。


   *    *    *


 どうしても学校に行く気がしない。


 母親に、半ば追い立てられるように家を出たが足が重い。


 自分がボタンを押したせいで、多くの人間が死んだ。


 それはあのドラキュラ青年がそう言っているだけで、本当は無関係なのかもしれない。


 そう信じたかった。


 どうしても駅に向かいたくなくて、近所の公園で休んだ。


 この時間帯の公園は、通勤通学の人々の流れから取り残されているせいで、やけに寂しい。

 小さい子が来るには、まだ早い。


 この世界の中にあって、時間の流れとは無縁な存在。

 ぽつんと残された公園の虚しさが今の自分に重なった。


「マジで最悪な気分だ……」


 このまま学校を、さぼろうかと考えた時だった。

 誰かに目隠しをされた。


「ん?」


 手のひらなのか? 視界を遮る柔らかい遮蔽物しゃへいぶつ


 それをどかせながら誰だろうと振り向く。


「なんだよ……」


 すると、そこには彼女が居た。


 一瞬、何が起こったか理解できなくて思考が停止した。

 と、いうか何でここに居る?


「ちょ、勝手に出てきちゃ駄目だろ!」


 すると彼女は「なんで?」と、こっちを見る。


「い、いや……それは」


 最初の頃ならともかく、自我が芽生えた彼女を部屋に閉じ込めておくことはできない。


 それに今は、ちゃんと服を着ている。


 なので、部屋を出てはならない理由が浮かばない。

 君は、異世界の存在だから外出禁止、というのは無理があるか。


 すると彼女は、すっと手を握ってきた。

「行こ」


「へ? 行くってどこに?」


「海。海がみてみたい」


「なんで海?」


「だって、落ち込んでるんでしょ?」


 その指摘は合っている。だが納得がいかない。

「は? なんだ、それ。どうして落ち込んだら海なんだよ」


 すると彼女は、澄まし顔で答える。

「だって、お約束じゃない?」


「お約束って……どこで覚えたんだか」


「本とアニメ」


 コンテンツの知識かよ。

「呆れたもんだ。まあ、それも悪くないけど」


 彼女の知識の大半は、自分の部屋の本棚からもたらされたものだ。

 だったら、反論は出来ない。持ち主の責任だ。


 彼女は、にっこり笑う。

「海って青いんでしょ? この空みたいに」


「空? 今日は晴れてないけどな」


「ふふ。楽しみ。青って、どんなものか分かるようになったから」


「変なこと言うなぁ……まあ、いいけど」


 服を着ているとはいえ、彼女の姿は誰にも見えないはず。

 ということは、海まで一人旅するようなものだ。


 ため息をつきながらスマホを取り出す。

「海か……どこが良いんだろ?」


 勿論、レジャーで行くわけではないので、行くとしたら今の気分にマッチした場所を選ぶべきだろう。


 そう考えて『寂しい海』で検索する。


 なるべく遠くの海に行こうと思いついた。


 ただ、物理的な距離が、現実逃避の助けになるかは未知数だった。 


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