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1.全裸とベルト、そしてボタン

 その裸同然はだかどうぜんの少女は、チャンピオンベルトを巻いて気を失っていた。


 無防備にさらされた白い肌は、まるで落し物のスマホが夜道で発光しているように見えた。

 地面に投げ出された長い黒髪は、地表で根を広げる植物を連想させる。


「なんだ……これ?」


 人通りが少ない住宅街の路地。

 とはいえ、まだ夜の十時を回ったところだ。

 ほぼ全裸の少女が、自宅の前に放置されていて良いわけがない。


 『性被害』という単語がよぎった。


「俺にどうしろと?」


 見てはならないもの。

 眼のやり場に困る。

 でも、やっぱり見てしまう。


「けど、なんでベルト?」


 全裸なのにチャンピオンベルトを腰に巻いている。

 ヒーローものの変身ベルトより、はるかに太い。

 それは絶妙にへそから下の部分を覆っているが、下腹部を隠すには程遠い。


 警察か救急車! 


 その選択肢はあった。

 しかし、「捕まったら退学!」という恐怖心が判断を狂わせる。


 とりあえず、死んでないから大丈夫!


 なので、彼女をこの場から移動させることを優先した。


 『お姫様抱っこ』ではなく、『おんぶ』で運んだのは、せめてもの良心だ。


 幸い、家族に見られることなく、二階の自室に運搬することに成功した。


「やれやれ……」

「これは大変なことだよ?」

「やっぱ、悪手あくしゅなのでは?」

「いや、やむを得ない。うん。不可抗力」


 独りごとがはかどる。


 なるべく、ベッドの上は見ないようにする。


 チラ見するのが精一杯。

 ガン見する『勇気』はない。


 と、そこでカーテンがふわりと浮いた。

 窓が開いていたらしい。


「その通りだ」と、良い声が響いた。

 いわゆる『イケボイス』だ。


 声の出所でどころを探ろうとして勉強机に目が留まった。


 ドラキュラみたいにマントをまとった青年が机に腰かけている。

 その姿は、まるでアニメのOPで尖った表情をみせるキャラクターのようだ。


 彼は足を組み替えながら言う。

「勇気という概念はもっと高尚こうしょうなものでなければならない」


「ア、アナタ……誰デスカ……」と、ロボットのような声が出た。


「それは、いずれ分かる」

 そう言って青年は、微かな笑みを見せた。


 まるで作り物のように整った美しい顔。

 彼の髪の毛と目の色は薄いグレー。

 辛うじて日本人に分類できるギリギリの線だ。


 だが、まったく見覚えのない人物。

 ゲーム、アニメ、漫画……もちろん現実においても記憶にない。


 なんで、そんな赤の他人が自分の部屋に?

「えっと……いつの間に? というか、まさか窓から?」


「いや、そのように原始的な移動方法は用いていない」


「原始的……移動方法?」


「君が言っているのは、座標を連続的に辿ることで空間の位置を変えることだろう? そんな面倒なことはしない」

 彼はそう断言した。


 いやいや、これって不法侵入とかという犯罪なのでは?

 そもそもこの人、何が目的なんだろう?


 ドラキュラのような青年は、こちらの疑問を見透かしたかのように答える。

「必要なものは、真の『勇気』だけだ。それを観測させて欲しい」


「いえ、話が全く見えてこないんですけど……」


 青年はベッドの上に視線を向ける。

「そのために、ソレの使い方を教えよう」


 つられて見てしまった。

 が、速攻で沸騰ふっとうした。


 ドギマギしながらも視線は、ソレにくぎ付けだ。

「つつ、つ、使い方?」


 全裸少女の使い方……。


「フム。使い方は簡単だ。望む金額を3回、口にしてからボタンを押せ」


 説明されてもピンと来ない。

「金額? ボタン? ボタンなんて……あ!」


 気付いてしまった。

 ボタンのに!


 青年は意味深な笑みを浮かべる。

「そうだ。ソレの腹についているものを押す」


 仰向けで気絶したままの全裸少女が腰に巻いているベルト。


 ボクサーかプロレスのチャンピオンが巻くような大げさな物。

 全体的にピカピカしていて、大きなバックルには飾りの代わりに、クイズ番組の早押しで使うような赤いボタンが付いている。


 素朴な疑問。

「なんで、そんな所にボタンを?」


 だが、青年は、なんでそんなこと聞くのかといった風に呆れる。

「その機能が、ソレの存在意義だからに決まっているだろう?」


 もうひとつ疑問。

「望む金額……ボタンを押すとそれが貰えるということ?」


 青年は「罠ではないぞ」と、即答する。

 まだ、口にしていない疑念を先回りして答えられてしまった。


 もしかして、心の中を読まれている?

 そうとしか思えない。


 とにかく早く帰ってもらいたかった。

「考えさせてください……今日はそれで勘弁してください」


 裸の女の子のボタンを押したらお金が貰える?


 そんな、うまい話が……。

 どうせ、何かカラクリがあるのだろう。


 すると、心の中を見透かしたように青年が冷たく笑う。

「試してみるといい。心配するな。金額に上限は無い」


「マジ……デスカ……」

 やはり現実感が無い。


「ただし、途中から金額を減らすことはできない。後戻りはできないということだ」


「そんなの……高校生だし、そんなに大金、要らないと思います」


「それはどうかな? そのボタンを押すには、真の『勇気』を要する」


「押さなかったら? 何かペナルティが?」


「そのうち分かる。じっくり観測させてもらうぞ」


 青年はそう言い残して、ふいに消え失せた。

 瞬きをした瞬間に。残像すら残らない。


 しばらく、茫然としていた。


 考えようとしたが、直ぐに諦めた。

 理解することは不可能だと直感した。


「ン……ンンゥ」


 今度は甘ったるい声に、ぎょっとする。


 ベッドの上に顔を向けた瞬間、彼女と目が合った。


 裸よりも先にきつけられたのは、その目だった。

 深い青。その瞳には強烈な眼力がんりきが宿っていた。


「あ、ごめん。何か着る?」


「キュ?」と、子猫が鳴くように彼女が音を発する。


「いや、裸だと何かとマズイんじゃない?」


「キュワ?」と、首を傾げる仕草が可愛い。


「どうしてうちの前に倒れてたの? てか、どこから来た? 名前は?」


 幾つか質問してみたが、まったく通じている気配がない。

 彼女は、きょとんとして、簡単な反応をみせるだけだ。


「日本語が分からないのかな? それとも何か……」


 意思疎通いしそつうが出来ないことには対処のしようが無い。


「参ったなぁ……これは本気でマズイぞ」


 途方とほうに暮れかけた時、『ガチャッ』と、勢いよくドアが開いた。


 そして、聞き慣れた母親の台詞。

「いつ帰ってきたのよ! ごはんどうすんの?」


 だめだ。隠す前にやられた。


 ああ……終わった……。


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