緋衣草を身に着けて。
10月4日の誕生花は緋衣草。
普段は誕生花なんて全く意識しない私がそんな無駄に思える知識を持っているのは、私の誕生日の花だから、ではない。そもそも、自分の誕生日の花だって知らない。
私が知っているのは、印象深い思い出として、話が胸に刻まれているから。
その話を聞いたのは小学校五年生のころだった。
まだ若い女性の担任は花が好きで、よく花のことを話題に出していた。見た目や香り、観賞、贈り物、様々な要素で楽しめる花は心を富ませる最高のものなのだ――そんな持論を繰り返す先生だった。
彼女は緋衣草の字面から連想して、緋衣草で花染めをしたのだという。確かに、緋色の衣ということで、服にしたくなる和名だと思う。
なんとなくその日の話は耳に残って、休みの時間に先生に緋衣草の花染めについて話を聞きに行った。
その時の先生の驚きと興奮具合は、今でも覚えている。
正直、引いた。まあ、それくらいに熱く語る先生の姿は今でも忘れられない。
彼女はスマホで撮影した花染めの写真を見せてくれた。
そうして、どこか熱を帯びた声で、楽しげに語っていた。
鮮やかなピンクの花染めの服を身にまとえば気分も上向きになる――
そんな話を思い出しながら、私もまた桃色の衣服を身に着ける。
勝負服。
中学三年生、もう残された中学生活は少なく、今日からの文化祭が最後のチャンス。
だから今日、私は彼に告白をする。
思い始めてからもう早一年、胸で温めた思いは花開き、私の心を満たしている。
中学二年生の五月。体力テストで転んでケガをした私のところに一番早く駆けつけてくれたのが彼だった。
そのころから淡い思いが芽を出し、彼を視線で追うようになった。
クラスの中で埋没するような、運動も勉強も平均的なあたりにいた彼は、けれどその快活さで多くの異性の視線を集めていた。
クラスの中心ではないけれど、中心人物の一人。クラス長を支え、発言によって皆をさりげなくまとめることが得意な人。
彼のことが好きだと公言する女子も多くて、その波に乗り遅れた私は言い出せずにずるずると時間を過ごした。
その転機は、三年生の春。クラス分けの掲示を見上げていた時だった。
自分の名前よりも早く彼の名前を見つけて、それからその列の後半に自分の名前があって。
私は気づけば「やった!」と小さく歓声を上げていた。
そして、そんな私の隣に彼がいた。
少し不思議そうに首をひねってもう一度掲示へと視線を戻した彼は、「また同じクラスだね」と言って笑った。
ただ一人、私に向けられた笑みだった。
あの笑みは、今も目を閉じれば瞼の裏に鮮明に思い出せる。
ああ、彼が好きだな、と思った。どうしようもなく、私は恋をしていた。
浮つく気持ちは修学旅行を経て膨らみ、けれどクラスは徐々に高校受験の空気に代わっていた。
これが、最後のチャンス。
違う高校への進学を考えている彼に今、声をかけないと一生後悔する。
そう思いながらもまだ振られたらどうしようと、意気地なしの私は後ろ向きの思考をしていた。
でも、違うのだ。たとえ告白しなければよかったと後悔するかもしれなくても、それは告白しないよりはずっといいと思うから。
せめて彼に思いを伝えたい。彼の好きなところを、教えてあげたい。
それはきっと、彼にとっても、自分という人間を形作るパズルの一ピースになって。彼の中で、私が好きなところというよりどころが生まれるんじゃないか、なんて期待をしている。
告白の言葉は、もう何十回推敲したかわからない。新たに書き直した言葉はいつだって、その時、その瞬間の、過去の私の言葉。
今の私はその時よりずっと彼のことが好きで、その時よりもずっと、彼の心に届く言葉を口にできるはず。
躊躇いを捨て去るべく身に着けたワンピースは、どこからかパイナップルを想起させる甘酸っぱい緋衣草の香りを運んできた気がした。
外に出れば秋晴れの晴天がどこまでも広がっている。
青空の下に咲く一凛の緋衣草になった気持ちで、私はまっすぐに学校へと歩いていく。
どうか、この想いが実りますように。