3章 男といってもいろいろある 2
「お知らせに参りました」
「なにかしら」
「王陛下よりご伝言です」
シリンと名乗ったその侍女は慇懃な口調で申し述べた。
数日後に夜会が催されること。ロンバルド王がそれに出席するので、ヘイゼルとの顔合わせをそこでしたいこと。ついてはその夜会にヘイゼルも出席されるようにとのこと。
「招待状は改めて午後にでもお届けするとのことでした」
「わかったわ」
ヘイゼルが答えると、侍女は続けた。
「ドレスはいかがなさいますか?」
「夜会のドレス?」
「さようで」
「持ってきているから大丈夫」
砦のみんなが持たせてくれたドレスを思い出しながら、ヘイゼルは、あまり深く考えることなくそう答えた。
「──で、ございますか」
シリンの口調に妙な間があったことにも、気がつかなかった。
「髪だけお願いしたいの」
「それはもちろん、承ります」
シリンが一礼して立ち去ろうとする間際、ヘイゼルは言った。
「ところであなた、図書室の場所はご存知?」
「わかりかねます」
シリンは顔を伏せたままで即答する。
まただ、とヘイゼルは思った。
彼女に限らず、どの侍女に聞いても同じような答えが返ってくる。
「本が読みたいのだけど」
「……あいすみません」
「この規模の王宮に図書室がないとは考えられないわ。それとも、私がロンバルドの人間ではないから案内してもらえないのかしら」
「申し訳ございません、わたくしにはお答えしかねます」
「……わかったわ」
これ以上聞いても埒があかないと判断して、ヘイゼルは話を切り上げた。
そして間を置かず、さりげなく尋ねてみた。
「ところで、ブルーデンス王女殿下はお元気?」
「お元気でございますが」
今度はシリンは顔をあげて答えた。
「わかったわ、ありがとう」
ヘイゼルが微笑んで、侍女が下がってゆく。
ヘイゼルは頭の中で考えをまとめながら、廊下でたたずんでいるほっそりとした少年小姓に声をかけた。
「タタールだったかしら? ちょっといい?」
はいっ、とまだ声変わりしていない声で少年は応じて、小走りでやってくるとヘイゼルの足元に膝まづいた。
浅黒い肌に黒目がちな瞳がかわいらしい。
「御用ですか」
「あのね、お手紙を書くつもりなの」
彼の目線に合わせてヘイゼルもしゃがみ込むと、少年は気の毒なほど狼狽したので、ヘイゼルは笑って彼を立たせた。
「書き終わったら届けてもらえる?」
「もちろんです……」
「なあに?」
少年がもの言いたげだったので、ヘイゼルは首をかしげた。
「いえ、なんでもないです」
「じゃあもう一度聞きましょうか。なあに、どうしたの?」
少年ははじめのうち、遠慮して話そうとしなかったが、ヘイゼルはこう見えて、代々近衛の一族であるジャジャと10年ほど暮らしていた。
ジャジャも隠しごとが多いタイプだったから、ヘイゼルはそういう人間にものを聞くのに慣れている。
やさしくやさしく、だがしつこく質問を続けていると、やがてタタールのほうが根負けして口をひらいた。
「その……砦にはラプラがいると噂で聞きました」
「ええ、いるわよ」
「本当に!」
少年は黒目がちの瞳をぱっと輝かせた。
「今回は同行していないけど、確かにいるわ。ロンバルド王国はラプラに偏見が強いので、わざと連れてこなかったみたい」
「そうだったのですか……」
信頼されていないからではないのですね、と小さくつぶやく。
「もちろん違うわ、今回は彼はお留守番ね」
「お留守番……」
ラプラというのは大陸全土でアウトカースト扱いされている一族のことだ。
身体能力に秀でており、古くから暗殺に特化した一族とされている。
男も女も美形が多く、髪にも瞳にも色素が薄いのが特徴だ。現に砦の仲間であるサディークも見事なプラチナブロンドの持ち主である。
「会ってみたかったとか?」
ヘイゼルが尋ねると、少年は顔を赤くした。浅黒い肌だが、動揺しているのがわかる。
「いえそんな……ただ僕は」
少年は口ごもり、言葉を選びながら言った。
「偏見のない場所で暮らすというのは……どんな感じなのだろうと思って」
「そうね、実力主義ではあると思うわ」
「えっ」
予想と違う返事が返ってきたらしく、少年は目をぱちくりさせたのでヘイゼルはちょっと笑った。
「砂漠の真ん中で、厳しい自然の中で暮らすというのは、多かれ少なかれそうだと思うの」
「そ、そうですね」
「それで言うなら私は体も弱いし、みんなにあきれられないよう、もっと頑張らないといけないんだけど」
「そんなことは!」
タタールは小刻みに顔を横に振った。
「あなたは砦の女王様ですし……王女殿下でもおありなのですから、当然大切にされてしかるべきで」
「身分や立場に偏見がないということは、身分や立場で優遇もされないということでもあるのよ」
ヘイゼルが言うと、少年ははっとした顔になる。
事実、そうなのだった。
砦の仲間はこれと認めたものには全幅の信頼を寄せ、身内扱いしてくれるが、誰でも認めるかというとそうではない。
(私も……完全に認められた気は全然していないし……)
少年が思いつめた表情をしているので、少々厳しいことを言いすぎたかと、ヘイゼルは口調を柔らかくした。
「けどまあ、少なくとも、肌の色や国籍で態度を変えるような人はうちの砦にはいないし、私自身、そういうふうに育てられてはいないわね」
「そうですか……」
少年はなにか考え込むような表情になり、それからはっと気づいたように再びその場に膝まづいた。
「申し訳ありません、お手紙を書くんでしたのに、お邪魔してしまって」
「いいのよ」
少年は一度部屋から出ていきかけて、どうしても、というように足を止めて振り返った。
「申し訳ありません、もうひとつだけ」
「いいわよ、なあに?」
「ヘイゼル様は、王女としての立場を捨てて今の砦に行かれたのだと聞きました」
「そうね」
「怖くはなかったのですか、これまでの暮らしを捨てることが」
どうなのだろう、とヘイゼルはあの城を出た時のことを思い出してみた。
王家に大切にされた記憶はない。あの城で育った記憶もない。
自分を大切に育ててくれたのはガーヤであり、きょうだい同然に暮らしてくれたジャジャだ。
「怖くなかったといえば嘘になるけど」
よく考えて言葉を選びながらヘイゼルは言った。
「でも、怖いからこそ乗り越える価値があると私は思ったの。怖さと同じぶんだけ、乗り越えたらご褒美があるんだわ」
「ご褒美ですか」
「前に進むことが必ずしも正しいとは思わないし、現状維持が臆病だとも思わない」
城を出て、アスランと生きることを選んだ自分。あの時城に残ったジャジャ。王の愛妾である男爵夫人もそうだ。
誰が正しくて、誰が間違っていたかは誰にも言えない。
「でもね、進むにしても、今いる場所で生きるにしても、どちらにしても自分で決めて選ぶのが大切だって、私はその時学んだのよ。だから」
ヘイゼルはぎゅっと体の前で手を握りしめた。
「アスランが戻ってくるまでの間、私は私で、できることをしようと思うの」
そう──侍女が知りたいことを教えてくれないのなら、確実に知っている人物に聞くまでのことだった。
ヘイゼルは一息に手紙を書き終えてしまうと、タタールに預けた。
宛先は、ブルーデンス王女だ。




