3章 男といってもいろいろある 1
「え」
翌朝、目覚めたヘイゼルは朝一番にドゥンガラからそのことを聞いて、ベッドの上で絶句して固まった。
あのな、姫さんちょっと話がしたいんだがいいか。淑女の寝室にみだりに男が入るもんじゃないとわかってはいるんだが。ちょっとこれは先に話しておいた方がいいと思ったんでな。
そう言っておずおずと入ってきたドゥンガラは、なるべく彼女がショックを受けないように静かにゆっくりと事情を話した。
アスランが鉱山に向けて夜中出発したこと。必ず戻ってくるから何も心配しなくていいこと。そして、留守の間ヘイゼルに頼みたいことがあることなどを。
「アスラン……いないの?」
朝起きたら、何を置いても一番に仲直りをしようと思っていた。
長旅の疲れもあって、もうこれはなにを話しても喧嘩になりそうだと判断して、昨日は早く寝てしまったのだ。
(それがよくなかったのかしら……)
夜着のままだということも忘れて、ヘイゼルは放心してしまう。
「ほら姫さん、これ着ろ。ガーヤが編んでくれたやつ」
ドゥンガラのほうが彼女を気にして、毛糸の肩掛けを後ろからかけてやったりしている。
「あんたが今風邪を引くのが一番よくない。アスランも心配する」
「うん……」
返事はするものの、ヘイゼルは明らかに心ここにあらずだ。
ドゥンガラはベッドの脇にしゃがみ込んで、そっと彼女の様子をうかがう。
男同士なら簡単なのだがとドゥンガラは思った。
腹減ってんじゃないのか、メシ食いに行くか!
大抵の男はこれで励ませるからだ。
メシで足りなければ飲みに行くかになり、最終的には馬でひとっ走りその辺を駆ければ大抵の悩みは晴らせるものだし、ついでに親しくもなれる。相手が砂漠の男なら。
だがヘイゼルに対しては、どうしてやればいいか皆目見当もつかず、ドゥンガラは静かに彼女の様子を見守っていた。
「私……けんかしたままなの……」
やがてその唇から心細げなつぶやきが漏れた。
「心配ない。あいつはそんなこと思ってない」
「そうかなあ……」
「そうだとも」
昨日アスランが、彼女を傷つけたといってどれだけ落ち込んでいたか話して聞かせてやりたかった。
だがアスランにも男としての対面があるだろうし、なんでも言えばいいというわけでもない。
ドゥンガラはなるべく言葉を選びながら不器用にヘイゼルを励ました。
「ほんとだ。信じてやってくれ」
「うん……」
「あいつは俺に、あんたのことを頼むと言っていた」
だから自分のことは護衛だと思ってくれていいし、もしもムカつきがおさまらないならあいつの代わりに気が済むまでぶっ叩いてくれても構わないんだぞ、というとヘイゼルがちょっと笑ったので、ドゥンガラは安心する。
「そんなことしない」
「しない方がいいな、俺はなんとも思わないが、あんたの手が痛むだろう」
「そういうことじゃなくて」
ヘイゼルはくすくす笑ってから、ふとドゥンガラを見やった。
がっしりした輪郭で、髪も短く刈っており、ぱっと見は怖いくらいにいかつい男だが、細い目の奥はやさしかった。
「ありがとう。元気づけてくれたのね」
「さてな、うまくできてるといいんだが」
ヘイゼルが落ち込んでいるのは、そのことだけではなかった。
アスランが鉱山へ向かったということは、山の中に入り、坑道の奥に入るということだ。
気をつけていても、坑道の中ではいつ何が起こるかわからない。突然天井が崩れ、生き埋めになったり大けがをすることだってありうるのだ。
(しかも、慣れた砦の中じゃなくて、初めて入る山の中なのに……)
そんな場所に向かうアスランのことを、笑顔で見送ってあげられなかった。これから難しい仕事に向かう夫に対して、行ってらっしゃいも気をつけてねもヘイゼルは言えなかったのだ。
(今さら悔やんでもどうしようもないけれど……)
なあ姫さん、と声をかけられてヘイゼルははっと我に返る。
元気を出さなくてはと思ってはいるのだが、気がつけばつい意識がそちらに引っ張られてしまうのをどうしようもない。
「なあに」
「あいつが急いで出発したこと、わかってやってくれ」
窓を見れば、すでに日は昇っている。
アスランたちはもう鉱山地区に入っているはずだとドゥンガラは言った。
「あいつなりに考えてのことなんだ。少なくとも鉱山の中までは、足が悪い王女さんはついてこられねえ」
「ええ、わかる……」
「出発するのを朝まで待っていたら、またあんたにいやなものを見せなくちゃいけなかっただろう」
「うん……」
彼なりに励まそうとしてくれているのが痛いほどわかり、ヘイゼルは頑張って笑った。
「わかったわ、やってみる」
アスランから頼まれたことを、とりあえず、やってみようと思った。
◇◇◇
アスランが出発してから、三日が過ぎ、五日が過ぎ、一週間が過ぎた。
ヘイゼルはアスランに頼まれたことを調べるべく、図書館の場所を教えてもらおうとしたのだが、侍女に聞いても、「さあ」とか、「わたくしは無学なもので……」などとごまかされて聞き出すことができない。
かといって、ロンバルド王宮はそれ自体がひとつの街かと思うほどに広大なので、ひとりで探しても見つけられる気がまったくしないのだった。
それに、ひとりで歩きまわるのはドゥンガラに固く止められている。
今やヘイゼルはアスランの妻であり、彼女を罠にはめようとする人間は予想以上にたくさんいるはずだからと彼は言うのだ。
(困った……)
とヘイゼルは思う。
(どうしよう。私、ぜんぜん役に立ててない)
ドゥンガラはヘイゼルの隣に部屋を与えられており、一日一度は用がなくても彼女の様子を見に来てくれていた。
やることがなく退屈なのは彼も同じだろうに、嫌な顔ひとつ見せない。
「ドゥンガラは冷静ね……」
手ごたえがないことの焦りもあって、ヘイゼルはぽつりとこぼしてしまった。
「どういうこった」
「私、ダメなの。調べごとに手をつけることすらできてない」
「そういうこともあるだろう」
ドゥンガラはそう言ってくれたけれど、ヘイゼルは大きなため息をついた。
「そうこうしている間にアスランが戻ってきたらどうしよう……」
「そりゃ、ねえな」
「そうなの?」
そうだよと彼はあっさり言った。
「姫さん、あいつが戻ってくるのはけっこうかかるぜ」
「けっこうって?」
「早くてひと月」
「……え」
そんなに? と思ったことがそのまま表情に出てしまったらしく、ドゥンガラはちょっと笑った。
「少なくとも、一週間や十日で戻ってこられねえのは確かだ」
「あのう……アスランって、どこまで行ったの?」
今さらだとは思ったがおそるおそる尋ねてみると、ドゥンガラは、レプティマグナ鉱山地区だと教えてくれた。
(ええと……)
それってどこだったかしらとヘイゼルが記憶を探っていると、ドゥンガラは文机から紙とペンを持ってきて、さらさらと近辺の地図を書いてくれた。
「今おれたちがいるのが、ここ。レプティマグナはこの辺」
ちなみに砦はこの辺な、ともうひとつ点を書いてもらってようやくヘイゼルは納得した。
こうしてみると、アスランが向かった鉱山は王都よりだいぶ北のほうにある。
「私の足だと、どれくらい?」
「姫さんなら、三日」
「あなただったら?」
「ゆっくりいけば一日、強行軍なら半日」
「そっか……」
ヘイゼルは目に見えてしょぼんとした。
大陸近辺の大まかな地図や地名は頭に入っていると思っていたから、レプティマグナを知らなかったことも軽くショックだったのだ。
「私って、ほんとになにも知らないのね……」
「違う違う、姫さん」
「ガーヤにも言われてたの。頭でっかちなところがあるって。……こういうところなのよね」
「いやいや、違うんだって」
レプティマグナはもともと王家直轄の鉱山で、場所も地図に載っていないし民間人の立ち入りも禁止してる。だから知らなくて当たり前なんだとドゥンガラは言った。
「それに、知らないことは知ればいい。それだけだ」
「ありがとう……」
「俺でわかることならなんでも聞いてくれ」
とりあえずだな、と彼は太い指をゆっくり折りながら日数を計算してみせてくれた。
現場に着くまでに一日。すでにある坑道に入ってみて、様子を見るのに数日。そこから新しい鉱脈があるかどうか調べるのに、早くて一週間、長ければ十日。
「そこから実際に掘ってみて、自分たちの仮説が正しかったか確かめるんだ。まぁ早く見積もってもざっと一カ月はかかる」
「そうなの……」
「うちの砦は、掘れば掘っただけ出るっていう超一流の鉱脈だが、よそのヤマはそういうわけにもいかん。掘ってみたはいいが出るはずの鉱脈が出ないとか、そういうことはざらに起きる」
「そうよね……」
ただ、とドゥンガラはヘイゼルを励ますように付け足した。
「あいつは鉱脈を見つけるのがバカうまいのも確かなことだ。こうなったら、俺もあんたも、あいつを信じて待つしかねえ」
「そうね……ほんとに、そうね」
「じゃあ、俺は隣の部屋にいるから。なにかあったら、呼んでくれ」
そう言ってドゥンガラがいなくなると、部屋は心細いほど静かになった。
やけに広い部屋の一角でヘイゼルが考え事をしていると、ややして、コツコツとノックの音が響く。
扉を開けてみると、お仕着せの服に身を包んだ侍女がひとり立っていた。




