2章 むかついてますが、なにか 3
「どうだった」
「喧嘩した」
「えっ」
「多分」
アスランは砦の男たちの部屋に戻ると、落ち込んでいることが明らかにわかる様子で彼らの間に腰を下ろした。
「というか、俺が一方的にヘイゼルを悲しませてるだけなんだけど」
「あーあーあー」
男たちの間からはなんとも言えない声があがる。
「なにやってんだー」
「お前そういうやつだったか?」
「女あしらいなんてこう、もっとうまく……」
男同士ならではの遠慮ない感想があがるなか、アスランは力なく微笑んでみせた。
「あしらう相手じゃないから、ヘイゼルは」
「アスラン……」
「本気だからうまくやれないってことだってあるよ」
アスランはぐんにゃりと首を落とし、下を向いたままでぶつぶつと何かつぶやいた。
男たちが顔を寄せると、冗談の皮を絶妙にかぶせた恨み言が聞こえる。
ヘイゼルが俺を拒否したまんま許してくれなかったらお前らのせい、うそだけど。ヘイゼルを抱きしめられないまんま、この後なにかあってこれっきりだったらお前らのせい、うそだけど。なんか誤解が誤解を呼んでこじれにこじれてヘイゼルが俺のこと嫌いになったらお前らのせい、うそだけど。
──ああ、こいつこういうとこあるよな。
砦の屈強な男たちは目線だけで会話を交わす。
──こいつのこの、普段は明るいリーダーだけど落ち込んだらどこどこまでもいきますよ、みたいなとこ、定期的に出るよな。
知ってる、こいつこういうとこある。
だがまずい。今この感じなのはまずい。
男たちは一瞬でそう判断して、どう励ましたらよいか悩んでから、大きなぶ厚い手でアスランの背中を左右からバシバシと叩いた。
「元気出せ!」
「そうだ!」
「……痛い」
悩んだわりにはおおざっぱな励ましに、アスランは素直な感想を述べる。
うんありがと、気持ちだけもらっとくよ、痛い励ましはもういいからと言いながら、アスランはロンバルド王とのやりとりを思い出していた。
「条件付きで、鉱山の立ち入り許可を出してもよい」
そう言ったのだ、あの狡猾な王は。
条件はふたつあった。
ひとつはヘイゼルをここに呼ぶこと。
もうひとつは、滞在中、ブルーデンス王女の杖となること。
「杖、ですか」
「そうだ。そして王ではなく、今からは人の親として話がしたい」
「伺いましょう」
「王女は生まれつき、足が悪く、社交の場に出る機会が少ない。そのせいでごく限られた女官以外とは話をすることもない。このままではいけないと思っている」
「なるほど」
アスランは相槌を打った。
王はどこまでが演技かわからない真剣みのある表情で、こう言ったのだ。
滞在中だけで構わない、王女の杖替わりになってもらえないか──。
「あのおっさん、腹黒過ぎ」
こうなってみると、すべてが仕組まれていたのだとわかる。
悔しいが、あの老獪な王の思ったとおりになったのだ。
会ってみると、王女は杖を持っておらず、明らかに歩きにくそうだった。
普通の神経を持つ人間ならば、腕を貸す。そしてその状態を長旅直後のヘイゼルに見せる。
(──当然、面白くはない)
しかも、王女の名誉は守られる。
アスランは単に生きた杖であり、対等な立場ですらないからだ。
正直、ヘイゼルを交渉の材料として使われるのは不愉快だった。
彼女を妻にしたときから、こういうこともあるだろうと予測はしていた。してはいたが。
「……多分あの王女殿下、足だけじゃないと思うな……」
「なんだって?」
アスランのつぶやきは男たちの声でかき消された。
「いやなんでもない。それより」
アスランは顔をあげて、左右で色の違う瞳に力を込めた。
「これから入る鉱山では、必ず、いい結果を持ち帰る」
「おう」
「手ぶらでは帰らない」
おう。またも男たちが応じる。
ヘイゼルにつらい思いをさせた以上、必ず、もう二度とこんなことが起こらないようにするとアスランは心に誓った。
(つらいことは一度で終わらせる)
「お前は実際、どう思ってるんだ。レプティマグナ鉱山のこと」
「いや、出ないと思うよ」
アスランは即答する。
レプティマグナというのはロンバルド王国の北に位置する鉱山地帯のことで、そこはかなり前から王家直轄の鉱山になっており、アスランたちはもとより、地元の人間ですら容易に立ち入りができない地域なのだった。
「出ないと思うけど、気になることがあるんだよな」
「お前がそう言うなら、確かめようぜ」
「先に言っておくけど、多分モルフォは出ない。あれは大陸中を探しても、うちの砦直下でだけ出る石だ」
アスランが各地を旅してまわっている理由は、それなのだった。
紫色の稀少な石、モルフォと呼ばれる宝石が砦以外では産出されないと証明すること。
それが現在のアスランの最重要課題であり、それを証明することで、モルフォの価値は今以上に跳ね上がる。
価値が決まれば、外交や交渉の場で足元を見られることも減る。
砦で暮らす全員が今後も平和に生きるために、それは絶対に必要なことだった。
「だけど、気にはなってるんだろう」
「まあね」
アスランは考え込む様子を見せた。
「あの鉱山が稼働してないのは遠目に見てもわかることだ。だけど、鉱床が枯渇してるわけでもないと思うんだよ」
「お前がそう言うなら、そうなんだろう」
「飲んでみてそう思う」
そうか、と男たちはあっさり納得した様子を見せる。
「なら、なぜ掘り出さない?」
「そこなんだよ、気になってるのは。近づいてみたら理由もわかると思うんだけど、今までは近づけなかったから」
「いい機会だ」
「そうだな」
「行きゃわかる」
話すうちに、男たちの気持ちがひとつにまとまっていく気配があった。
ひとつの目的に向かって研ぎ澄まされていく独特の空気だ。
「いつ行く」
「早い方がいいな。いつ発てる?」
「いつでもよ」
誰からともなく、男たちは膝に手をついて立ち上がっていた。
「夜中にここを出よう。俺はそれまでに通行許可証をもらってくる」
「頼んだぜ」
「明日の朝いちには現場に着いていたい」
「おう」
男たちはどことなく楽しそうだ。
ということで、とアスランはドゥンガラを振り返った。
「俺はしばらくここを留守にするから。お前はヘイゼルのことを頼む」
「俺がどこまで力になれるかわからんが、頼まれたよ」
それからとアスランは真顔になった。
「ヘイゼルに頼みごとをしてほしい。この王宮でひとつ、調べてほしいことがあるんだ」
「構わんが……」
「多分これは俺がロンバルド王に頼んでも難しいことだ。でもヘイゼルの立場なら調べられるかもしれない」
ドゥンガラは怪訝な顔をしたが、静かにうなずいてアスランの説明に耳を傾けた。
「ああそれと、ひとり紹介しておくね」
アスランはちょっと扉の外に出ると、誰かを呼ぶような手ぶりをした。
ややして入ってきたのは、まだ背の低い、小姓見習いの少年だった。
「もし俺の留守中になにかあって連絡を取りたい時は、この子を使って」
「タタールと言います。どうぞよろしくお使いください」
肌の色が浅黒い少年は、深々と膝を折って挨拶をした。




