7章 わたしあなたの友達になれるかしら 3
王と大臣は一瞬遅れてそれに気がつき、ひったくるように誰かがそれをとっていった。
大臣たちは頭を突き合わせて議論を続けていたが、その彼らを手でふたつに割るようにして、ロンバルド国王が一番先に平静さを取り戻した。
「よく見つけてくれた。礼を言う」
「いいえ」
「今後とも、よろしく頼む」
それには答えず、アスランは軽やかに一礼してから王の前を離れた。
さりげなく、つないでいたヘイゼルの手を腕にかけさせる。
「ねぇアスラン」
「うん?」
「教えてよかったの?」
小声で耳打ちするヘイゼルに、アスランはずるそうに笑った。
「かまわないよ。おそらくこの国の技術では、あれ以上掘り進められないだろうと思うから」
「……どういうこと」
「優良鉱山ってわかるよね」
わかる、とヘイゼルはうなずいた。
有益かつ上質な鉱物がより多く含まれている鉱山をそう呼ぶのだ。高品位というのもそうで、含有割合が高いことを指す。
「レプティマグナが優良鉱山であることは俺が保証できるけど、あの一帯の地層は第三期黒色頁岩だ。要するに、泥が固まってできた細粒の堆積岩だから、層に沿ってもろく割れやすい。そうそう掘れる人間がいるとは思えないから教えてもたぶんこの国の人間には、出せない」
「……ということは、あなたたちも結構な無理をしたのね?」
そんなことないよ、とアスランはこれまたどこまで本当か判じかねる受け答えをした。
目を細めて疑うヘイゼルに、ほんとだって、とアスランは付け加える。
「俺たちは石を掘るプロ集団だから、引くべき状況は心得てるよ。ただ少しだけ、他の人間より技術が高いだけ」
「……危険なことは」
「ないから帰ってきたんでしょ」
なんだか、上手に言いくるめられているような気がしないでもない。
「データは本物で、騙してるわけでもないからね。ただ、この国の技術者たちとも多少は話したけど、彼らにあれが掘れるかと言ったら、疑問だな」
「じゃあ、重四面銅鉱は王に見せたあれだけ……?」
「さすがにもうちょっと掘ってはきたけど」
あの深さまで掘れたのは俺たちだからだってことに、この国が気づくのはいつかなあ、と言ってアスランは楽しそうに笑った。
「顧問料でも貰えば指導しないこともないけどね。でもまぁここの国王は俺たちに頭なんて下げないだろうね」
「私もそう思う」
価値ある情報はただで得られると思ったら大間違いなのだ、とヘイゼルは思った。
「アスランが無事で、本当によかったわ」
「無事じゃないとでも思ってたの? この俺が?」
そうじゃないけど、とヘイゼルは言いなおす。
「こんなに早く帰ってこられるとは思ってなくて」
「そう? どうして?」
「新しい鉱脈を見つけるのには、すごく時間がかかるってガラが教えてくれたから」
「まあ、普通ならね」
アスランは少し迷ってから、ヘイゼルならいいか、と言ってさらに小声になった。
「あるだろうとは思ってたんだ。川を調べてたから」
「川?」
「うちの砦の水がおいしいの、覚えてる?」
覚えてるけど、とヘイゼルはけげんな顔になった。
「もしかして水に秘密があるの?」
「半分あたり。あのね、俺は水の味で、近隣の土壌状態やどんな鉱脈が眠っているかあたりをつけられる」
多分、幼い頃に患った鱗病のせいだと思うけど、とアスランは説明した。
舌の感覚が人よりも鋭敏であるらしい。
「ちなみに指先も人より鋭敏」
(あっ、だからあんなにやさしく私にさわれるんだ……)
そんなことを考えてしまってから、ヘイゼルは慌ててそれを打ち消す。
(だから今はそんなことを考えている場合じゃないのに……)
なぜだろう、アスランが隣にきてくれてからというもの、ヘイゼルはふわふわと彼のことばかり考えている。
まだ敵国だというのに、彼がそばにいてくれるというだけで、安心しきっているようなのだった。
そんなヘイゼルの内心を知ってか知らずか、アスランは先を続ける。
「うちほどではないにせよ、この国の水もそこそこおいしかったでしょ?」
「おいしかった。特にお茶のおいしかったこと」
「王宮の水は、レプティマグナ水系の水を使ってる。もう一本先の別の川は、また違う水質のようだった。それをふまえて、あの鉱山では多分、重四面銅鉱が出るんじゃないかと思ってたんだ。当たりだったね」
そう言った時のアスランは静かな自信に満ちていて、ヘイゼルが惚れ直すくらいかっこよかった。
「味のほかにも重四面銅鉱が出る条件として、銅、亜鉛など数種の金属と、あと石英なんかも絡むから、そんなのも細かくみる。マンガンもそのひとつで、川から上流に歩くと、川岸の露出した部分がマンガンを含んで暗紅色をしてたから。経験上、これは出るだろうなと思って」
「ねえ、アスラン……」
「ちなみに俺があちこち旅してまわってるのは、別に遊んでるわけじゃなくて。自分の仮説が正しいことを検証してるからでね。……なに?」
「あなたって、どうしてそんなにかっこいいの」
思ったことをそのまま言うと、アスランはちょっと得意げに目を細めてから、ヘイゼルの耳元でささやいた。
「お前の男だから」
「──ッッ!!」
思いもよらない反撃にヘイゼルが言葉をなくす。
その動揺が冷め切らぬうちに、アスランはヘイゼルの手にふれて続けた。
「でも、ヘイゼルは無理してたみたいだね」
「え?」
「この手の傷。これはどうしてついたの?」
会えたことが嬉しくて、ヘイゼルはすっかり忘れていた。自分の手の平は両方とも、包帯だらけだったことを。
大げさだからいいと言ったのだが、ドゥンガラもシリンも許してはくれなかったのだ。
「これはね、かすり傷で」
「俺が教えた知識はヘイゼルの役に立ったんだね?」
「……はい」
「それは良かったけど、ガラも連れずになにやってたの」
なんだか知らないけど全部バレてる気がする……とヘイゼルは肩をすぼめて小さくなった。
「……お、怒ってるの?」
「怒ってはいない。心配してる。あと愛してる」
「ごめんなさい……」
こんなの反則だわとヘイゼルはしょんぼりする。
こんな怒り方をされたら、もう口ごたえなんてできない。
「そばにいられなかった俺が言える筋合いではないけどね」
言いながら、アスランは胸元からなにかを取り出した。
「あと、これはなに?」
「!!」
アスランが手にしているのは、例の、紫色の封筒だった。
どうしてアスランがそれを。それがどうして今ここに。
ヘイゼルが頭の中でぐるぐる考えていると、アスランはゆっくり中の四つ折りの紙をひらいた。
「素直じゃないほうが、楽しみが──」
「いやああぁぁあ!」
別に隠すことではないのだが、とっさに悲鳴をあげてしまう。
奪い取ろうとしたら、素早くさっと遠ざけられた。
「それはね違うの! 大事にとっておいたわけじゃなくて、捨てたりしたらそれはそれでよくないかと思って!」
「うん。で、誰からなの?」
アスランはにこーっと笑いながら言う。
「わかった、ガラでしょ!」
遅ればせながら、ヘイゼルは気がついた。ドゥンガラは自分のお目付け役でもあったのだと。そりゃなんでもアスランに筒抜けのはずである。
「そうだね。……で、もう一回だけ聞くね。宛名がないけどこれはどこのどなたから?」
聞かなくても全部知っている気がしないでもないが、そんなことを言える雰囲気でもない。
さあどうしよう、とヘイゼルは視線をさまよわせた。
ここでアスランとカルマ王子を衝突させるのは、できれば避けたい。
(……避けたい、のに)
目をあげた先に、当のカルマ王子がいた。
今日は女装はしておらず、尋常に男の服を着ている。金茶の髪を肩に垂らして、ヘイゼルをじっと見ている。
ヘイゼルが彼を探したから目が合ったというよりも、向こうがこちらを見ていたから視線が合ったという感じだった。
この状況をどうしようとヘイゼルが思っていると、なんと、カルマ王子がゆっくりこちらへ歩いてくるではないか。
やめて、やめて。なにを言うつもりか知らないけど本当にやめて。
全力で拒否したかったが、カルマはヘイゼルの前まで来るとぴたりと足を止める。




